アリス・イン・ワンダーランド
◇◇◇◇◇
もうすぐ冬も終わり、季節が緑へと変わる節目に。俺は一つのけじめとして、自らの疑問を解決するべく、召喚術士サーシャからデスオを借りた。
「……グウゥ」
目的はダンジョンの最上階。なのだが、どうもさっきからデスオの機嫌が悪い。階段をのぼる間ずっと、唸り声をあげている。
「どうした、協力すると言ったじゃないか」
「……グウゥ」
「グゥじゃ分からんぞ」
まあ俺が今日デスオを誘った時の返事も「グウゥ」だったが……細かい事はいいのである。
問題はどうしてデスオが不機嫌なのか。戦闘の師匠でもあり弟子でもあり敵でもあるデスオに悩みがあるのなら、俺はそれを取り除いてやりたかった。
しかし待てよ。
よーく考えてみると。
何だ意外。答えはあっさり見つかった。
「サーシャといたかったんだな」
返事の代わりに拳が飛んできて、俺たちは常人ならひき肉になってしまう軽いジャブを交わした。
「何だ何だ、やっぱりそうだったか。サーシャの前じゃノリノリだったから気づかなかったよ。いや悪いな」
今度は蹴りもふってくる。
何て事はない。デスオはただの構ってちゃんだった。
好きな子にちょっかいをかける。きっと、そんな風な心境と似ているのだろう。だからサーシャの前ではわざと平気なふりをして、今になって後悔しているのだ。
「気持ちは分かったが今だけは我慢してくれ。ほら、着いたぞ」
また拳をふりかざそうとしたデスオが、懐かしの部屋の扉の前で動きを止める。
思うところがあるのだろうか。
そのつぶらな瞳と凶悪な牙からは確かな感情を読み取れない。
……俺もあの日の事を思い出す。
“気付かぬうちに這い上がり、気付けばお前を見下ろした”
死闘の末に手に入れた力と得た友情。これかも大事にしていきたい。
「よし、入るぞ」
中に入ると……記憶の中のそれと変わらない、全く変わらないあの日のままの部屋。
俺の、第一の疑問はこれだ。
全くの自己中心的な考えで悪いが、ダンジョンのボスを倒すと普通、ダンジョンというものは機能が停止すると思っていた。
停止、とまではいかずとも、デスオがいなくなることで何らかの不具合が発生する事を期待したのは、“蟲”だろう。
しかし結果、赤子のうぶ毛ほどもダンジョンは変わらないでいる。
そりゃあデスオは生きているが、既にダンジョンのボスという肩書きは意味をなさないはずだ。
……まるで、ダンジョンのボスというのは、初めから見かけだけ。一応の体裁として用意されていた、みたいな。
そんな、上手く言葉に表せない疑問を感じたから、今日ここへやってきた。
ダンジョン誕生の秘密を知る為に。
「今からお前の力を模倣して、時を戻す。だが戻す時間が膨大すぎるので、あくまでも戻す対象はその場の映像だけだ。
それでも負担は大きい。そこで、お前の力を借りたい」
「……グァ」
「さんきゅー」
多分、オッケーと言ってくれたのだ。そうに違いない。
そういう事に、しておこう。
そして俺はこの場の時を戻していく。
流石にデスオが手伝ってくれるとそのスピードも半端ではない。
あっという間に召喚術士達のやってきた日へと戻りーー
俺とデスオとの死闘に戻りーー
戻り戻りーー
誰かがデスオを倒そうとして倒しきれない時まで戻り戻り戻りーー
……
「止めてくれ!」
デスオに声をかけた。
あまりに不安定な場となっているのだろう。電池の切れかけたラジオのように、ノイズが走った映像が見えた。
男……女……?
性別は分からないが、きっと男だった。どこかで見たことのあるかもしれない男だった。
『ーーれでーー少しはマシにーー』
よく、聞き取れない。
近づいてみる。
『全くーーリスも無茶を言ってくれる』
もう少しで。
あともう少しで声が聞き取れそうになったその時だった。
ぐるんっと目の前の人間の首が回り、こちらに顔を向けた。だが、顔は分からずじまい。何とも奇妙な事に、目の前のそいつにはモザイクがかかっていたのだ。
ーー何処からともなく声が聞こえる。
『In Winter when the fields are white...』
In Winter……野の白くなる冬に……?
『……鏡の中の私を探して』
それはどういう意味かと。
問いただす前に、戻した時が強制的に元の世界へと正された。
干渉されたらしい。
俺とデスオの力を?
それはつまり、相当な力の持ち主という事だが、幾ら何でも遠くからではーーああダンジョンを使ったのか。
恐らく声の主こそ、このダンジョン誕生の秘密に大きく関わっていたのだろう。
気になる。
好奇心は猫をも殺すと言うが、こちとら不死身のデスオである。
もう一度時を戻して……って、あれ。
デスオ?
「ちょ、おい!」
あろう事かデスオは、何事もなく立ち去ろうとしていた。俺が止めなければ、とっくに部屋を出ていた。
「何だ、もう終わりなのか?」
「……」
「まさかお前、声の主を知っているのか」
いや、考えてみれば当然。ダンジョンのボスであるデスオが知らないはずがない。
「……」
唸りさえしないデスオ。
こいつにも何か、事情があるのか。
「……分かった。お前を尊重しよう我が友よ。何か、思い出したくないものでも思い出させてしまったらしいしな」
「グゥ?」
「ん?」
デスオのシリアス。
そんなものなかった。
目の前で首を傾げていたデスオが、はたと気づき、わざとらしく大げさなジェスチャーをとりだした。
「グゥルルル!」
「そう、その通りなんだよ」
「グゥゥグッ」
「だから早くこの場から離れよう……っておいお前、そんな事言って、実はただ早く帰りたかっただけなんじゃないだろうな」
ここで召喚術士サーシャの事を持ち出しても、こいつは思春期特有の一部バカ男子みたいに、「は、はぁ? ちげえし! 別にそんなつもり毛頭ねえし!」みたいな態度をとるに違いない。後でゆっくりじっくり、巧みな話術でこいつの心は尋問してやろう。
まあ……そこまでデスオが帰りたいのなら、仕方がない。
声の主の怒りをかって、ダンジョンがおかしくなってもいけないしな。
今日のところは、これで十分だろう。
……収穫はあった。
ーー『野の白くなる冬に』
今は春といっていいので、今度の冬を指す。それにしてもこの言葉のチョイスと完璧な発音だったので、声の主は直接的、あるいは間接的に俺のいた地球に関わっていると推測できる。
ーー『鏡の中の私を探して』
特別な扉があるのだろう。
猫と妄想を語り合えばいいのか、こちらは全く見当がつかないが。
試されている事だけは分かった。
「……いいだろう。このアリス、野の白くなる冬に、貴様と相見える事を誓ってやろう」
どこか遠くで、少女のクスクスとした笑い事を聞いた気がした。




