閑話 召喚術士の悩み
◇◇◇◇◇
サーシャです。召喚術士です。
ある日ひょんな事から、不死迷宮のボス、デスオーバーを仲間にしてしまったラッキーガールです。
……いえ、それは本当に幸運だったのか。
いまいち判断がつきません。
だって、私の実力でデスオーバーを仲間にした訳ではないのです。だからでしょうか、デスオーバーは私の言う事を、あまり聞いてくれません。
「お、お願いです。もう少し手加減をば」
「グウ?」
「ミンチにしちゃうと、その、目的のものが手に入らないんです。だからデスオーバーさんは気持ち相手に優しくーー」
「グァア!」
「あー」
目の前でぇ、強靭な爪を持つ魔物がぁ、木っ端微塵。
あの爪が依頼に必要な素材なんですけどね。頑丈だからって理由で。
まあ目の前で粉々になったけど。
とにかくこんな風に、本来ならすぐに終わるはずの依頼は長丁場。しかし、本来なら達成できないであろう高難易度が上手くいく事もあり、デスオーバーが来て前より儲かってしまっているのもまた事実。
お陰さまで周りからの勧誘が凄い。
もっぱらデスオーバー目当ての方達なので、私は所詮オマケ。
前より人間不信に陥り、私のひとりぼっちがひどくなっている気がします。
「ゥゥ……ガアァ!!」
こちらの苦労を知ってかしらずか。
目の前で魔物を、デスオーバーが細切れな物体へと変えていく。
もう、好きにしておくれ。
◇◇◇◇◇
今日は喫茶店で、唯一無二のお友達と楽しくお喋りをします。
心の癒しです。
相手はメグミという名前で、私はめぐめぐと呼んでいます。冒険者ギルドの人気受付嬢で、偶にしかお休みをとれず、こうして一緒に居られるのも久しぶりの事です。
「ーー贅沢な話ね」
私がデスオーバーの事を話すと、冷徹受付嬢はお気に入りの六十階産チョコレートケーキを食べながらそう言いました。
「そうかなぁ。いや、そうなんだけどぉ! うぉうぉ」
「あんたが苦労してるっていうのも、そのテンションでよーく分かった」
悪いと思ったところは悪いと言い、良いと思ったところはちゃんと褒める。めぐめぐのそういう素直な性格が大好きです。
見習いたくはない。
でも憧れます。
「あんたは棚ぼた気味に最強の仲間を手に入れて、お陰で懐事情も潤い、優秀なクランからの勧誘は引っ張りだこ。
こうすると一見、幸せ盛りだくさんってところなんだけど」
「その仲間は私の言う事を聞いてくれず、懐事情は……まあその通りなんだけど、勧誘もデスオーバーだけでいいっていう下心が見え見えでこっちは萎えるといいますか」
私もお気に入りのデザートを食べます。美味しいです。どんな時でも、プリンは至高です。いない神よりそこのプリン、というのは私が今さっき考えた名言です。
「二つ、私から言いたい事がある」
「何でしょう」
「下心ありきの勧誘、何が悪い? 強いから誘う、これは当然の事なんだよ。体目当てでない限り、むしろ健康的で良心的ともいえる」
「それは……そうなんだけど。でも」
「でもそういう現金なところは考えずに、心と心が通い合ってる、背中で語り合えるような本当の仲間が欲しい!
とか思ってるんでしょ」
一字一句違わない。
冒険者ギルドの敏腕受付嬢メグミ。
やはり……天才か。
「甘い。あんたの望む本当の仲間っていうのは、待っていれば現れる様なものじゃないの。つまり、全ての勧誘を頭ごなしに否定してる現状じゃあ、スタート地点にすら立っていないのと同じなのよ!」
「お、おっしゃる通りです」
「もう一つ! デスオーバーが全て悪いみたいな言い方してるけど、あんた自身はどうなの? 言う事を聞いてくれないって言うけれど、自分はデスオーバーの言う事を聞いてあげた時はある? 私は無能な上司がいたらもちろん言う事なんて聞かないもの」
ビビッと体に電気が走りました。
そうです。私がデスオーバーに命令出来る権利なんて、そもそもありません。勝手に期待して、勝手に失望している、私はそんな、身勝手な人間だったのかもしれません。
本当の主であるアリスさんは何て言ってましたっけ。
確かデスオーバーに……
世界を、見てみたくはないか、と。
それなのに私は、自分の都合の為にずっと迷宮に足を運んでいます。
アリスさんとデスオーバーの望んだものは、もっと別のものじゃないでしょうか。血生臭い戦闘とはかけ離れた、例えば今わたしが過ごしているような時間を望んだんじゃないでしょうか。
めぐめぐの言う通り、私はダメな召喚術士でした。魔物と心を通わせられる、召喚術士ってそういうものなのに。
ーーぷるん
膝でじっとしていたスライムが、私を慰めるように震える。
「うんそうだね! スイスイちゃんがいるもんね! 私頑張るよ」
……そういえば私、このプリン大好きだけど。こうしてスイスイちゃんを触ってみると…….プリンに似ている?
プリンは美味しくて、プリンはスイスイちゃんと似ている。 つまり結論、スイスイちゃんも美味しい?
ーーぷ、ぷるるるゥゥ
何かを感じ取ったのか、スイスイちゃんが震えだしました。
「だ、大丈夫だって。食べないから」
そんな、私とスイスイちゃんのやり取りを、めぐめぐは感心したように見つめます。
「本当に、仲がいいのね。他のみんなは別の空間にいるの?」
戦闘の際に、私はスイスイちゃん達をここではない別の場所から召喚させます。めぐめぐはその事を言ったんでしょう。
「あ、デスオーバーは今日の朝、アリスさんが連れてっちゃいました。何だか気になる事があるから、1日貸してくれと」
「そんな物みたいに」
「あはは……いいんじゃないのかな。2人通じ合ってるし。ほら、心なしかデスオーバーも嬉しそうだったし」
「自虐しない自虐」
「うん……それと、ヤミヤミ君とイワイワ君はずっといるよ」
「え?」
私が道端を指すと、そこにあった岩がゴロゴロと動き出しました。
私が空を指すと、そこでは鳥が同じところをクルクルと回っていました。
「本当に、仲がいいのね」
今度は少し呆れ気味に、めぐめぐは私たちを見つめます。
机の上では空になった皿達。
コップの中も同様空っぽになって、めぐめぐは席を立ちました。
「それじゃあ、私はこれからお仕事があるから、またね」
「うわ、やっぱり受付嬢ってキツイ」
「こっちは楽しくやってるからいいの。それより、頑張らなくちゃいけないのはあんただからね。大丈夫。上手くいくよ」
「何ですかその自信はー」
彼女にしては夢見がちな一言だったと思いましたが。
めぐめぐは、同性であるこちらがドキリとしてしまうような、とてもとても見惚れてしまう表情をして言いました。
「自信あるよ。だってあんたは、私が認めた、私の友達なんだから」
……
「……頑張ります」
「よし、その意気を祝して、そして朗報を期待して、今日のお代は私が持とう」
何が何でも頑張らなくちゃと思いました。めぐめぐみたいな友達がいて、私は、幸せ者です。
◇◇◇◇◇
受付の仕事に戻ったメグミは、その日、夜遅くまで業務をこなしていた。
やれと言われればやるが、愛想笑いは苦手である。まあ、逆に仏頂面の方が需要があるということは知っており、いつもの態度で冒険者の相手をするのだ。
そして……
ボロボロになってギルドに入ってきた友達、サーシャを見てギョッとする。
仕事という事も忘れて、慌てて駆け寄った程だ。
「怪我は、大丈夫!?」
「だ、大丈夫だよ! 服とかボロボロになってるかもしれないけどそれだけだから!」
「本当?」
「嘘ついたってしょうがないよ」
「そりゃあ、そうだけど」
もう一度、ボロボロのサーシャを見る。確かに傷はあってもかすり傷だけ。
しかし、普段は安全マージンをしっかり取っているサーシャ。悪く言えば向上心が足りず臆病。良く言えば賢く身の程をわきまえた行動を取っていたはずだが……
「無茶したのね」
「無茶じゃないよ!? 私が死んじゃったらスイスイちゃん達に申し訳ないし、無茶じゃないよ! 全然!」
「……その袋の中身は?」
「これっ……は、まあ、爪だよ」
サーシャを冷たく見据えて、メグミは再び業務に戻る。
換金だ。
もちろん相手はサーシャ。その爪とやらを、一つ一つ調べていく。
数は20はくだらない。これだけあれば、三日間程度は豪遊出来る。それは同時に、如何にサーシャが危険な狩りをしていたかを明らかにしていた。
「私は確かに頑張れと言ったけど、でも、無茶をしろと言った覚えはないわ」
「だから無茶じゃないよ。ちゃんと自分が出来るだけの事をしたよ」
「その姿だとギリギリだったみたいね」
「うー……まあ……自分の限界を見極めつつ、みたいな?」
「物は言いようね」
メグミは、金貨の入った袋を取り出し、「とにかく」と続けた。
「あまり目に余るような行動を取ったら、受付嬢権限でカード取り上げるから」
「そんな権限ないはずだよ!? 横暴だ!」
「ふふふっ、何とでも言いなさい。ここでは私が神よ!」
普段、澄ました態度しか見せないメグミの、サーシャと関わるときだけ見せる無邪気さはレアである。
「あんなメグミちゃんもいいな」
「ありだな」
「メグミ教出来たなこりゃ」
「崇め奉りたいな」
周りの反応に気づいたのだろう。メグミはほんの少し顔を赤らめ、誤魔化すように咳払いをすると、真面目な表情に戻してサーシャを睨んだ。
「私が強く言えることじゃないかもしれないけどさ、でも、心配なんだよ。そんな姿で戻ってこられたら、気にかけるのは当たり前でしょ」
「……そうだね、ごめんなさい。でも私、頑張りたくて」
「それも分かってる……良くやったね」
「っ、メグメグ!」
勢いよく、その場のノリでサーシャはメグミに抱きついた。
召喚術士と使役魔物の心は繋がっている。サーシャの喜びを、別の空間では、スライムと鳥と岩が、自分の事のように喜んでいた。
因みに、この後しばらくサーシャは悶えていた。勢いって怖いと、この日彼女は身を以て知ったのだった。
「何でも1人でやる事はないんだから、安心して無茶をして頑張る事も出来る場所くらい、受付嬢の私が教えてあげるんだから」
「それもうよく分かんないね」
「命と成果が釣り合う時なんてないからいいの。とりあえずあんたは、まず仲間を探す事から始めないとね」
メグミの何気ない一言。
反応した、若い男がいた。
「それ、本当ですか!?」
全身、それなりに赤い鎧をした男剣士。男というだけで、若干気分が下方向に下がるサーシャは、いつもの様なつっけんどんな態度でその男剣士と向き合った。
「ええっと、何がですか」
「仲間を探している、という部分です!」
「いやそれ私が言ったわけじゃないんですけどーー」
「良かったら僕のクランはどうでしょう!?」
「え」
固まるサーシャに、メグミが肘で小突く。耳障りな口笛は余計だった。
「私を、ですか」
「はい!」
「……期待させてしまっているようで悪いんですけど、今の私に、不死身のデスオーバーはいないんです」
「デスオーバー? ……えっと、ちょっとよく分からないな」
「じゃあ何で私を誘ったんです? 私を、召喚術士と知って誘ったんですよね」
「ああ、それはもちろんですよ!」
ここで男剣士は、照れ臭そうに後ろ髪をかいた。どうにも、サーシャの想像していた反応と違う。
それもそうだろう。この男はサーシャの危惧とは裏腹に、デスオーバーの事など一切頭になかった。
「実は、仲間に1人、貴女のスライムがとても可愛いと褒める人がいるんです」
「スイスイちゃんを?」
実際この時点で、サーシャの機嫌は絶好調であった。スライム好きに悪い奴などいないのである。
「だったら一緒のクランになろうって思ったんですけど、何せ貴女はみんなの人気者で、とっくに誰か他のところに入っているだろうと勘違いしていました。
……それで、どうでしょうか? もちろん無理強いなんて出来ないんですけど、うちのクランにいる子はみんないい人ですよ! ガンツは頼りになるし、ネールはガサツだけど優しいし、マールは……ああ貴女のスライムが可愛いと言っている子ですけど、誰に対しても強気で、こっちも勇気でるっていうか……その……」
「ほら、サーシャ。何か返事をしてやらないと、困ってるよ」
「ああ、うん……そうですね。私なんかでよければ、良いのかも、しれません?」
「本当ですか!? やった。実は仲間もすぐそこにいるんですよ。おーい!」
「え、え、え」
サーシャの嫌う急展開は止まる事を知らない。男剣士の元気、恐ろしいものである。
さっき紹介された面々が、矢継ぎ早に話しかけてきた。
「俺がガンツだ。喋るのは苦手だ。良ければ、拳と拳で語り合おう」
「絶対にイヤですけど」
「実に良い! 決まったぞ。お前のストレートな直球ジャブ」
「それもよく分かんないです」
ガタイの良い男の次は、発育の良いグラマーさん。
「あたいがネールだよ。ガサツらしいね」
「うぐっ、聞こえての」
「優しいってところだけ覚えておくよ……んで、あんたが仲間になる召喚術士ね。うん、大歓迎さ。最初は気が乗らなかったんだけど、やっぱ実際に会ってみないと分からんもんさねー。こりゃ仲良く出来そうだよ」
「ど、どうも」
初めて出会うタイプの女性にしどろもどろになりながら、最後の1人、スライムを褒めたらしい少女の番になった。
「……スライム」
「え?」
「スライムはどこなのよ!」
「ああ、スイスイちゃんね。ちょっと待ってて」
若干気にくわない態度だったが、スライム好きである。それだけでサーシャにとって、好感度は今の所最も高い。
期待に応えられるよう、スライムを召喚する事にした。
[おいで、スイスイちゃん!]
手のひらに小さな魔法陣が浮かび上がると、プルルンと揺れながら、澄んだ青色をしたスライムが現れた。現れてすぐ、サーシャの頬に飛び込んだ。
くすぐったくてじゃれあって、それを見たマールは目をキラキラさせた。
だが、すぐにツンっとした態度に戻ると、サーシャを指差して言った。
「ふんっ、スゴイじゃない!」
「……褒めてくれたの?」
「は、はぁ!? 勘違いしないで! スゴイからスゴイと言っただけよ! スライム可愛いじゃない!」
「あ、ありがとう」
性格に難がありそうだが……
仲良く出来そうと、心の底から思ったサーシャであった。
今日は結構頑張った。
頑張った結果、もしかしたら自分に本当の仲間が出来たのかもしれない。
そう喜んでいると……
「おーいたいた」
急展開は終わらなかった。
冒険者ギルドに入ってきたのは、黒もくろくろ真っ黒黒。前の時より幾分かマシになっているが、それでも、目立つ。
生粋の黒の服装をするという事は、それほど自分に自信があるという事だ。
しかも、その男の傍には今話題のデスオーバー。中には男の正体に勘づく者もいた。
その男がーー黒の戦士だと。
「アリスさん!」
「いやー助かったサーシャ。礼を言おう。用事も終わったので、デスオをこうして連れてきた」
「ありがとうございます」
確かに、デスオーバーはいた。
アリスの側にいた。
こちらへ来る気配がない。
サーシャは思い切って、自分の考えを口にした。
「あの、アリスさん。デスオーバーの事なんですけど、私よりも貴方の側にいる方が、デスオーバーも喜ぶと思います」
「俺の、側にか」
「はい。その、私はもしかしたら、デスオーバーに嫌われているのかもしれませんし」
「ふむ……」
アリスは考え込んだ。
デスオーバーはじっとしている。が、何だか睨まれている気がして、サーシャは目をそらす。
笑い声がした。
なんと、笑い出したのはアリスであった。サーシャは不思議に思いながら言葉を待つ。
「いや、すまんすまん。可笑しくてな」
「可笑しい、ですか?」
「これが可笑しくなくて何だというんだ。いや実はな、俺の用事だが納得のいく終わりではなかった。その理由の一端は、デスオがお前のところに帰りたいという我儘をーー痛っ」
「グウゥ」
言葉は途中で遮られたが。
伝わった。
「俺の心配はやっぱりいらなかったな。良い召喚術士じゃないか。あーそれと、こいつは自分1人だけあだ名じゃない事にイラついていたらしーー痛っ。おいデスオ、やるなら外でやるぞ。いいだろう喧嘩は買ってやる」
拳を構えるアリスと、そしてデスオーバー。ふと、デスオーバーがサーシャを見る。今度先に目を逸らしたのは、デスオーバーであった。
絡まった糸が解けた感覚である。
無意識に、自分がデスオーバーと距離を置いていた事に今更ながら気づいた。
だったら今日からはせめて……
「デ、デスオ!」
「……」
「……さん」
「グウッ」「おいおい」
アリスが面白そうに眺める中、サーシャはデスオに近づいた。
まるで告白の時。
「デスオ、さん。よろしければ、明日一緒にお茶しましょう」
違った。ナンパだった。
吹き出したのはアリスとメグミだけではない。冒険者ギルドに、笑いがこだました。
◆オマケ◆
次の日。
「あっ、お皿は」
「グルルァ?」パキンッ
「……うんわかるよ。手加減が難しんだよね。でもコップはせめて」
ーーパキッ。
まだまだ彼女の苦労は、終わらない。




