一章 最終話
◇◇◇◇◇
遥か頭上で、竜が嘶いた。
「冬……ですか」
途端冷え込む黒の国。
口から漏れる白息。
冬だというのに、眼前にそびえ立つ巨大な緑の樹。
カレハナはその樹に跪くと、手と手を合わせて目を閉じた。
まぶたの裏側では……たくさんの思い出が浮かびあがり。
ーーどれくらいそうしていたのか、カレハナはたった一雫だけの涙を拭いて立ち上がった。
その直後、上から何かが降ってくる。
黒色のマフラーだった。
カレハナはありがたくマフラーを首に巻きながら、それを寄越した者を横目で見る。
その人間は、マフラーもいい勝負をする黒の服装だ。
しかし、前よりはマシな黒さになったと言えるだろう。最近は周り(主にアースンやマホンなどの女性陣)からの忠告によって、何よりウサギの言葉によって、まっくろ黒だった服はかなり改善されていた。
グレイだけは勿体無いと最後まで言っていたが……案外、それが決め手となったのかもしれない。
「あれがウィンタードラゴンか……なるほど、ファンタジーだ」
その男は、アリスは空を見てそう言うと、今度はカレハナの側の樹を見つめる。
樹には、今年最初の雪が積もろうとしていた。
「その樹は何の木なんだ?」
「そうですね……元は桜という種でしたが、私の力によって今は全くの別物です。だから今は、名前も知らない木、ですかね」
「ほぉ」
アリスは何が気に入ったのか、嬉しそうにしている。
「それは……気になるな木だな! 誰も見たことのない木。つまり、誰も見たことのない花が咲くんだろうな!」
やけにテンションが高い。
誰だこいつ。
冷静沈着かと思えば、このように子供そっくりの一面もある。天才天才と自分で豪語するわりには、すぐに落ち込む脆弱なメンタル。
きっと他にも、まだまだ自分の知らないところがあるのだろう。
これからが楽しみだと思う反面、少し、憂いる気持ちもあるカレハナであった。
「ビックリ箱です。私の兄さんは」
「っ……おいカレハナ、お前は本当に俺を兄呼ばわりするのか? 悪い事は言わない。考え直せ。今ならまだ戻れるぞ」
「何でそんなに嫌がるんです。不満はないんじゃなかったんですか?」
「だから、その、なぁ……」
アリスは困ったように頭をかき、ひとしきり唸るが、やがて諦めたらしく、何かを思い浮かべるように虚空を見つめながら話しだした。
「実はな、俺、妹がいるんだ」
「ついに私を認めたんですね!」
「おい。血の繋がった妹だ。……仲は良くなかった。それでも、家族だからな。一生会えないとなると、やはり悲しいものがある。だからあまり考えないようにしていたんだが」
「一生、会えない?」
「ん? ああ、そうか。カレハナは知らなかったか。
戦士として召喚されるのは、適性がある者だ。そして俺は、別の世界から来た。何も珍しい事ではないが、お前には言ってなかったな」
カレハナやマンカイーノのように、その国から戦士として選ばれる者もいれば、アリスのように別世界から召喚される例もある。
しかし……
カレハナが気にしているのはそこではない。アリスの一生会えないという言葉が腑に落ちなかった。
そして思い当たる。
「もしかしてアリス……サクヤから聞かされていないんです?」
「ん?」
◇◇◇◇◇
ーー場所は変わり、銀の国。
今や金と黒の戦争の結果は、全国に知らされている。どちらが勝ったのか負けたのか、勝者は敗者に何を望んだのか。
そして、その少女も結果を知った。
名をリオン。
いつも獅子に乗っている。今日も今日とて獅子に跨り、とんでもないスピードで駆けていた。
更に言うと、とんでもないのはスピードだけではなく、その嗅覚。僅かな匂いの残滓を嗅ぎ分け、おかげであっという間にリオンの探し人は見つかった。
「ギンギ〜ン!」
バルコニーにいたその女性も、リオンの存在に気づくと、栞を挟んで読みかけの本を閉じた。
「とーーうっ!」
リオンと獅子は、地面を僅かに擦りあげながら、女性の前で止まる。
いつもの事だった。
「相変わらず貴女は慌ただしいですね」
「なんのなんの。私とレオがいれば、例えどこにいたってすぐに駆けつけるよ!」
「いえ、褒め言葉じゃありませんからね?」
「まあ別にいいんだよそんな事! それよりとびっきりの情報を伝えに来たんだからね。心して聞いてよね」
「とびっきりの情報?」
女性の反応に気を良くしたのか、さも愉快そうに含み笑いをすると、溜めに溜めて元気に言い放った。
獅子は下で欠伸をしている。
「例の戦争は黒の国の大勝利! なんと情けない金の国は、自分達を負かした黒の国にじょりょくをもとめる結果となったのでした!
それでね、黒の戦士は圧倒的だったらしいよ。烏情報だから間違いないって。黒の戦士が勝ったんだよ!」
……
「そうですか」
女性は再び、本を読み始めた。
獅子は眠りこけている。
「あ、あれー?」
リオンは、女性が想像していた反応と違って困惑した。
「驚かないの? 悲しまないの?」
「ええ。驚く事でもないですし、悲しむ事でもないですよ」
「で、でもーーギンギンのお兄さんでしょ!?」
女性は……アリスの妹は……銀の戦士は、一瞬だけ眉をひそめると、器用に本を読みながら喋る。
その行為は、本当に驚く事でもないし、本当に悲しむ事でもないという、銀の戦士なりのアピールでもあった。
「はい。私の兄ですよ」
「だったら、どうして?」
「……兄が負けるはずがないですから」
「ほえっ」
またまた想像していた反応と違った。
獅子は眠っている。
「……もしかして、もしかしてかな。もしかしてギンギンは、お兄さんの事、別にそんなに嫌って」
「いいえ好きじゃありません。前にも言ったように、私があの人を倒します。他の誰でもない。誰でも出来ない。
私が、やるんです」
「うわぁ」
今度は想像通りだった。
銀の戦士の、鋭い気迫。近くにいるだけで火傷してしまいそうな熱意は、その言葉が嘘でない事を何よりも証明していた。
「うんうん、私はギンギンのそういうところ好きだよ」
「私も私は、嫌いじゃないです」
「えへへ、同じだね……それじゃあ私は、デレデレにも教えにいくよ! あの人も気になってたから!
じゃーね。行くよレオッ!」
「ッ……」
獅子は目覚めた。一つ景気良く吠えると、瞬く間に立ち去ってしまう。
同時に、竜が遥か空を通り過ぎた。程なくして、この銀の国も雪が積もるだろう。
「……寒いのは、キライです」
銀の戦士はそれだけ言うと、本を持って、城に入っていく。
同時刻、黒の戦士は妹の存在に驚きつつも、すぐに現実を受け入れた。春、咲き乱れる満開の花が、勝負の幕開けだろうと確信して……
fin 一章 完結
◆オマケ◆
アリス 「あったかいか?俺が作ったんだぞ、そのマフラー」
カレハナ 「え、これを?」
アリス「優秀な俺は、実は手袋もマスターしている。凄いと思ったら思う存分天才と褒めてもいいんだぞ」
カレハナ 「私でもこんなの作れない……負けた……女である私がアリスに……
なんか面白くないです」
アリス「何故!」
その日から、カレハナの女子力修行が始まった。




