ブラックorホワイト
「奏さん、とりあえず須藤さんの家に行きたいので、何かしらの用件を用意してもらえますか?手紙を渡すとか、あるいは何か別のものを用意するとか」
「・・・ん・・・わかった。ちょうど今度の話で渡そうと思っていたものがあるからそれを届けさせよう・・・必ず直接須藤歩さんに渡すようにと言付けたという形にすれば中に入るか本人に会うことも可能だろう」
「ちなみにその須藤・・・歩さんは今会社をお休みしていらっしゃるんですか?」
「んん・・・さすがにこれからずっとというわけにはいかないだろうが、少なくとも誘拐されてからは基本休んでいるらしい。電話しても不在といわれたからな」
「一人娘が誘拐されたとはいえ・・・社長が休めるってすごいですね・・・なんか社長って休めないイメージありますけど」
「それは奏さんを見てるからじゃない?世の中の会社の全社長が全員休めないわけじゃないでしょ」
「それは何か、わが社がブラック企業だとでもいうつもりか。社員は必ず休ませているし残業代はしっかり出させているし必ず週休二日は義務付けているぞ」
「社員はホワイトかもしれませんけど社長だけブラックなにおいがプンプンしてるんですよね・・・」
会社というものは全体的に労働の形というものが決まってくる。社長がいくら働き続けていても社員がしっかり休めていればそれはホワイト企業認定されるだろう。
康太たちの場合徹底して働き続ける奏の姿を見ているからこそ、社長=休めないという認識が出来上がっているのだ。
奏の私生活を見ていれば無理のない話である。何せ奏が休んでいる姿を去年一年で一日しか見ていないのだ。
さすがに倒れてもおかしくないのではないかと思ってしまうが、そのあたりは魔術や医学で何とかしているのだろう。
「話がそれたな・・・とにかくちょっと待て、今その書類を出す。ついでに私の手紙も書いておこう。お前たちのことも書いておけばある程度信用はされるだろう」
「ありがたいですけど、なんて書くんですか?さすがに弟弟子の弟子とその相方とは言えませんよね?」
「親戚の子供ということにしておく。会社のことも関係なく、何より対処が楽だ。あながち間違っていないし、場合によっては暗示をかけろ。ついでにうちの弟子に目立たない程度に挨拶しておけ」
「わかりました。ちなみに奏さんのお弟子さんの名前はなんていうんですか?」
「長谷部英輔だ。いまは刑事だったか警部だったかになっていた気がする。詳しくは本人に聞け」
弟子のことなのだからもう少し把握してあげていてもいいのではないかと思ってしまうが、奏の現状を見る限り弟子のことに目を配っているだけの余裕はないのだろう。
すでに弟子が全員独り立ちしてしまっている奏としては、康太のような若者がいることはなかなか刺激的なのかもわからない。
「そういえば今回の件、章晴さんには頼まないんですか?手伝ってくれそうですけど」
章晴は奏の親戚であり弟子でもある。そういう意味では康太たち以上に適任なのではないかと思ってしまうが、奏は手紙を書きながら渋い顔をしていた。
「いや、ダメだ。あいつには任せられん」
「えっと・・・実力的には章晴さんのほうが私たちよりも上だと思うんですけど・・・それでもですか?」
「ダメだ。あいつに頼むくらいなら協会の魔術師に依頼する」
どれだけ章晴に対する信頼度が低いのだろうかと康太と文は互いに顔を見合わせてしまう。もう少し信頼してあげてもよいのではないかと思ったが、文としては章晴の行動に少々思うところがあったために強く否定はしなかった。
「まぁ・・・奏さんがそういうのならいいですけど・・・情報をうまく得られないと詰むよなこれ・・・あぁ、マウ・フォウの力を借りられたら最高なんだけど・・・」
康太の中で最も高い調査能力を有しているのがマウ・フォウという印象があるため、彼の力を借りたいというのが康太の正直な気持ちだった。
彼の力を借りられればかなりこの状況を楽に進めることができるだろうと考えていたが、以前支部長にこの話をした時、確か彼は中国に向かっていたと康太は記憶していた。
そう簡単に彼の力は借りられないだろうと考え、康太はとりあえず奏が書き終わった紹介状のような内容の手紙と、同封された書類を手に地図で須藤の家を確認していた。
「えっと・・・駅から・・・ちょっとあるな・・・バスで移動するか」
「近くに教会は・・・たぶんないわね・・・ていうかここからなら門を使って協会経由するよりも直接電車で行ったほうが早いかもしれないわよ?」
場所が東京都内ということもあって多少の電車移動ならば気にすることはない。たまには電車で移動するのもいいだろうと思いながら康太と文は立ち上がる。
「行くか・・・それでは後を頼んだぞ。私はもう少し仕事がある」
「・・・あの・・・いい加減休まないと倒れますよ?」
「そうですよ・・・この件が終わったらお手伝いしに来ますからね」
「あぁ・・・ありがたい・・・子供が余計な気を回すなと言いたいところなんだが・・・正直今は猫の手も借りたいくらいでな・・・感謝する」
奏がここまで弱音を吐くのは珍しいなと康太と文は不安そうに顔を見合わせながら社長室から出ていく。
社長室からは未だにパソコンと格闘する奏の気配が漂っている。この状況では奏はきっと今日も徹夜をするだろう。
これは頑張って早く依頼を終わらせて手伝わないと本当に奏が倒れるなと、二人は互いに意気込んでいた。




