先輩として
一年生三人が帰った後、康太たちは体育館に残ったまま話し合いを行っていた。
「いや助かったよブライトビー。あのような血気盛んな一年生を早々に抑え込めたのは運がよかった」
「話を持っていったのは先輩じゃないですか・・・まぁあぁいうタイプは珍しかったんでちょっと楽しかったですけど」
今まで康太が戦った魔術師たちは良くも悪くも油断の少ないタイプだった。
戦い慣れているとでもいえばいいだろうか、戦いに対して相手を低く見積もれば自分が痛い目に遭うのは理解している者たちばかりだった。
そのため油断することは少なく、困難を極める戦いが多かったのだが、あそこまで油断してくれたのは初めてだったのだ。
康太からすれば貴重な経験ができたと感謝すらしていた。
「実際手合わせをしてみて、どう思った?彼は強いのか?君と比べるというのは少々あれなんだが・・・」
比較対象が康太ではトール・オールの強さを正確に判断することが難しいということは三年生たちもわかっているのだろう。
特に先ほどの戦い、彼が見せた魔術は見えただけでも二つだけ。そして康太はそれをほぼ瞬殺してしまったのだ。
正確な判断などできるはずもない。
「体はずいぶんと出来上がっていましたね。なんかのスポーツでもやってたんでしょうけど、魔術師としての活動ではそれを活かしてはいないように思えました。反応が遅すぎるのと体の動き方が変だったから格闘技ではないですね」
「・・・では実力は未知数であると?」
「鍛えればそれなりに強くなると思いますよ?あれだけ筋力があればそれなりに動けそうですし、魔術と連携すれば強引な戦法もとれるでしょうし、何より相手への威圧感は半端ないです」
自分よりも大きな相手に挑むというのは、いろいろな意味で恐怖を誘う。それは単なる身長的な話ではなく、筋力量、体の分厚さなども関係してくる。
視覚的にもそうだが、空間的にも、そして体重的にも強く圧迫感を受けるのだ。それだけで気圧されてしまう。
魔術師戦においてもそれは同様である。魔術師が武器を持って挑んでいるという時点で相手に威圧感を与えられているのと同様に、その体につかまれ、殴られでもしたらという想像をしてしまう時点で威圧感を与えられる。
康太はそこまで身長も筋力もないほうであるために魔術による強化をせざるを得ないが、トール・オールほどの体格をもってすればそのようなものがなくても十分に戦うことができるだろう。
「現時点では、とるに足らないと?」
「現時点ではそうですね。あれが演技で俺らを油断させてるっていうならなかなかの演技派ですよ。それでも負けるつもりはないですが」
あえて初戦では大敗し相手の油断を誘うというやり方は実戦においても有効だ。もしトール・オールがそのような方法を用いてリベンジマッチを画策しているのであれば万が一もあり得るかもしれない。
もっとも、相手が本当の実力を隠していようといまいと康太は油断するつもりはないが。
「あとは一年生たちがどんな形で派閥を作るかですね・・・ぱっと見た感じ・・・ベルはどう思ったよ」
「あの男の子が二人の女の子を付き従えてるって感じね。強さにものを言わせたのかなんか取引したのかは知らないけど、あの状態じゃちょっとね・・・」
この同盟でのそれぞれの派閥の役割はほかの派閥の牽制だ。その牽制能力がないのであれば派閥として成り立たない。
今の状態ではトール・オール一人で事足りてしまう。とはいえトール・オールを除いた女子魔術師二人が自分たちで派閥を作ってもこれまた意味がない。
やはりここはあの三人でしっかりと話し合いをさせるしかないのである。
「上級生を交えてって言ってましたけど、それは誰がやるんですか?先輩方ですか?」
「んー・・・可能ならばブライトビー、君に任せたい」
「は?提案しておいて丸投げですか?」
「そうは言うがな、あれだけ我の強い奴だ、一度打ち負かした君くらいじゃないと手綱は握れないと思うぞ?」
提案をそのまますべて康太に任せるというのは少々不満があったが、三年生の言い分も間違いではないように思える。
いきなり先輩に対して喧嘩を売るほどの人間だ、人として生きてきた年数ではなく自分より強いか強くないかで物事を判断しているのかもしれない。
そう考えるとまだ戦っていない三年生たちではあの一年生の手綱を握ることはできないかもわからない。
「ビー、これも先輩になったうえでの義務だと思いなさい。仕方ないわよ、あのまま放っては置けないわ」
「ベルが放っておけないのはあっちの女子の方だろ?トール君はどっちでもよさそうな感じだったじゃんか」
「そりゃそうよ。あんなのを気にするだけの価値はないわ。あの子たちに戦う術がないのなら助けてあげるくらいはしないと」
文の世話焼きがこんなところで炸裂するとは思っていなかっただけに、康太はため息をつく。
後輩関係を築くというのは別に嫌いではないのだが、あそこまで面倒そうな後輩だと目をかけるのも嫌になるというものである。
いやだなぁと心底思いながら康太は再度ため息をつく。




