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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十一話「新しい生活」

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満身創痍

「へぇ・・・何のつもり?てっきり遠隔動作でちまちま攻撃してくるかと思ったのに」


窓を割りながら三階に突入してくる康太に、文は防御していた手を抑えながらため息をついていた。


どうやら鉄球の一撃はそれなりに痛かったらしい。仮面の下ではおそらく顔をしかめていることだろう。


だがそれでも致命傷には至っていない。当然だ、あざが残る程度の傷でギブアップするほど文は根性なしではないのだ。


「なめんなよ、お前がそういう行動に出ることくらいお見通しだっての」


「ふぅん・・・じゃあ対抗策があるってことね?」


「当たり前だ。お前だけが対策を練ってたわけじゃないんだよ」


文が康太に対しての対策を練っていたように、康太だって文の対策を練っていたのだ。可能な限り使いたくない手段ではあったが、相手が文であれば使うのも致し方がないというもの。


文は雷のエンチャントを発動させたまま、康太は姿勢を低くした状態で拳を構える。


文は眉をひそめてた。自分の今の状態を誤認しているとも思えない。だが目の前の康太は明らかに徒手空拳による接近戦をやろうとしているように見えたのだ。


拡大動作で拳の届かない場所から殴りつけるつもりか、それとも遠隔動作を混ぜて攪乱しながら攻勢に回るつもりか。


そのどちらをやられても面倒、そしてそれらをやられると文の反応速度で康太を捕まえられるかは怪しいところだった。


そこで文は自分の周囲に引き寄せるような形で磁力を発生させる。康太の体に特製の電撃を浴びせれば康太は文に近づかざるを得なくなる。


何かを合図にしたわけでもなく、康太は文に一気に接近してきていた。


馬鹿正直に真正面からやってきた康太に対して、文がやることはシンプル。康太に触れるだけでいい。そうすれば電撃によって康太の体は硬直し、その瞬間が文の反撃のチャンスだ。


目の前で襲い掛かってくる康太の拳さえ防げば問題はない。


文はそう確信しながらまっすぐに自分の顔面めがけて襲い掛かってくる康太の拳を自分の両腕で受け流す。


拳の勢いまでは殺しきることはできなかったが、両腕を防御にしたことで受け流すことには成功していた。


そして康太は文の体に触れたことによって電撃をその体で受けてしまい、体が硬直する。


ここで警戒するべきは再現の魔術だ。康太の体が止まっても意識が残っている限り康太は攻撃してくる。文はそれを知っていた。


康太から離れてそれから追撃すればいいと、文がバックステップし康太と距離を取ろうとした瞬間、康太の体が勢いよく文めがけて接近してくる。


いったい何が起きたのか、それを理解するよりも早く文の腹部に康太の回し蹴りが襲い掛かる。


体ごと回転したたきつけられるように放たれた蹴りに、文は防ぐことも回避することもできなかった。


文字通り体ごとたたきつけられた蹴りは、文の体を大きく後方へと運ぶ。


腹部に鈍い痛みが走る中、文は目の前で悠々と動いている康太を信じられないという目で見ていた。


雷のエンチャントの魔術はいまだ解いていない。つまり康太は文に触れるたびに電撃を受け、なおかつ痺れ、体の自由が利かなくなるはずなのだ。


なのに勢いよく動いている康太に驚き、なおかつ初めてまともに攻撃を受けたことで動揺したのだろう、康太の動きが今までのそれではないことに気付くのが遅れてしまった。


文の体めがけて今度は掌底を繰り出す康太。鈍い痛みを体に残しながらも文はそれを防ごうとする。


だが先ほど受け流した拳よりも明らかに勢いがある。両腕で何とか強引に防いだが、康太は掌底の勢いのまま文の頭めがけて踵落としを繰り出す。


体ごと回転させながら放つ攻撃、康太は普段ここまで強引な攻撃はしなかった。幸彦から教わった確実かつ隙の少ない攻撃を康太は好んでいたのだ。


なのに今は打って変わって隙だらけ、だが勢いよく強烈な攻撃を放ってきている。


違和感を覚えた文は康太の行動のその原理に遅れながら気づく。康太の体が動く瞬間、康太の体の一部が発光しているのだ。


いや、正確には康太の体から何かが噴出されている。それが炎であると気付いたとき、文は自分の間抜けさに苛立ちさえ覚えていた。


「あんた・・・!自滅覚悟なわけ・・・!?」


そう、康太は文の電撃が効かなかったわけではない。実際康太は自分の体を自分の意志で動かすことはできていなかった。


だから、康太は自分の体を魔術で動かすことにしたのだ。


ウィルがこの場にいればウィルに体を動かしてもらうことができたのだろうが、あいにくとウィルはこの場にいない。そこで康太は噴出の魔術を使って強引にその体を動かしたのである。


普段のような綺麗な攻撃はできないが、殴る蹴るといった動作は半ば雑ながら不可能ではない。


いや、殴る蹴るというより、手や足を相手に当てるというほうが表現としては正しいだろうか。


何せ康太は自分の体に何の力も入れていない。噴出の魔術で体を動かし、文に対して当てているだけだ。


だがその速度は単なる打撃のそれを超える。力こそこもっていないかもしれないが全体重を乗せた攻撃を繰り返しているのだ。それも速い。近接戦を苦手としている文では捌くのに限度がある。


「この・・・!」


文が何とかして康太から離れようとするのだが、噴出の魔術を使い体を強引に動かしている康太から逃れるには文は機動力不足だった。


というより康太の猛攻が文を逃がすことを許さなかった。


少しでも距離を空ければ体をたたきつけるように康太の攻撃が襲い掛かる。いや実際体をたたきつけている。


今の康太の攻撃は自滅覚悟の特攻に近い。


いくら普段の訓練で文の電撃を受けているため、電撃に対して耐性ができ始めているとはいえ限度がある。


このままでは康太にいいようにやられるだけだと、文は逃げることをやめ逆に迎え撃つことにした。


今の康太には電撃はほぼ意味がない。ダメージを受ける覚悟で突っ込んできている相手に対してダメージを重ねても意味がない。


やるならば意識を奪わないとだめだ。そこで文は覚悟を決めていた。


康太が勢いよく突っ込んできてくれているのであれば文の体格でも康太を気絶させるのは不可能ではない。


接触するその一瞬、康太の顔面めがけて拳を全力で振りぬく、所謂カウンターを文は狙っていた。


普段の康太であればカウンターなど当たるはずがない。見切られたうえでカウンターを返されるだけだ。


だが今の康太は自分の体の動きを魔術で操っている。普段のような精密かつ機敏な反応はできない。


勝機はあると、文は自分を追って接近してきている康太をにらみ、身体能力強化を発動しながら踏み込む。


康太は掌底を、文が全力で拳を振りぬく瞬間、康太の顔に文の拳が届こうとすると拳の前に小さな障壁が作り出される。


それは文が作り出したものではなかった。文がしまったと思った時にはもう遅かった。


文の拳がわざと脆く作られた障壁に亀裂を入れ、砕いた瞬間に、その障壁は刃と化しその拳を傷つけていく。とっさに文もその体を守ろうとしたが遅かった。


その肌を切り裂きながら、文の拳は康太の顔に命中した。だがその威力を削られ、なおかつ康太の掌底は文の体に命中しその体を後方へと弾き飛ばしていく。


「ど・・・うだよ・・・!びっく、り、させてや・・・ったぜ・・・!」


「・・・あぁ・・・!もう・・・!本当に度肝を抜かれたわよ・・・完全にしてやられたわ・・・!むかつく!」


康太の体を止めても動くとなれば意識を刈り取りに来る。康太はそれを読んだうえで炸裂障壁の魔術を自らの顔の前に作り出した。


文の拳でも壊れるほどのもろさの障壁だったためか、その障壁の威力自体はさしたるものではない。あるいは康太が意図的に威力を抑えたのかもしれないが、それでも文の右拳は血を滴らせていた。


未だ体のしびれが取れず、しゃべることもままならない康太を見て、文はそれだけ康太が本気になっているということに少しだけうれしさを覚えていた。


康太は今拳を握ることさえできていない。だから先ほどの攻撃は掌底になっていたのだ。そしてその肌は文に触れ続けたせいで何度も電撃を浴び、火傷を負っている。


あそこまでして自分に勝ちたいのかと、文は大きく息を吸って自分の右手から滴っている血を眺め、即座に外套の一部を巻き付けて止血する。


「覚悟しなさいよ、乙女の血を流させた罪は重いわよ!」


「じょ・・・うとう!こ、いやぁ!」


未だ痺れながら、康太は右手を握りしめる。おそらくその仮面の下はひきつらせながらも笑みを作っていることだろう。


文は康太が再び近づいてきているのを確認すると向かってきている康太の体に電撃の弾丸を放つ。


康太は最初こそそれをよけようとしていたが、文が弾丸の数を増やすともはや避けることは不可能だと判断したのか、一直線に文めがけて襲い掛かる。


そして文は先ほど展開していた磁力を操作する。康太の体は文が放った電撃の弾丸によって磁力の影響を受け、より一層加速する。


文は教室の中に逃げることで康太の攻撃を躱し、そのまま康太から離れようとする。


噴出の魔術に加え文の磁力の魔術によって強引に加速させられた康太は着地しようとするも文の電撃でまだ体がしびれてしまっており、廊下を転がるような形で何とか停止していた。


「ちょ・・・!待、てこら!にげ、んのかよ!」


「当たり前よ!戦略的撤退!ゾンビ状態のあんたとやってられるもんですか!」


覚悟しろと言っておきながら、てっきり何か仕掛けてくるのかと思いきや何もしてこずそのまま距離を作ろうとする文に、康太は憤慨していた。


噴出の魔術を使って文に接近しようとするも、磁力の魔術が干渉して思うように体が文のほうへと進まない。


せっかく近づいて追い込んだと思ったのにまた逃げられてしまった。康太は歯噛みしながらいうことを聞かない自分の体を少しずつ動かせるようにしていた。


指先、手足の先、そして腕や足、肩、腰、徐々に体を動かせるようになってくるといつの間にかその体にかかっていた磁力は解けていた。


索敵を発動すると文は屋上にいるようだった。あそこならばどこに行っても自由に逃げられる。そして先ほどのような康太の無謀な突貫にも竜巻などの魔術を使って対応できると踏んだのだろう。


ようやく体が自由を取り戻したところで康太は自分の体の負傷具合を確認していた。


体にはややしびれが残っている。手や足の末端、そして電撃をより受けたであろう部分などはやや火傷が多いように思える。


とはいえ文も電撃の威力を調整していたのか、火傷はそこまで重度ではないようだった。


喜ぶべきなのか情けないと思うべきなのか迷うところではあったが、あの戦い方も悪くはないなと自分の体を軽く動かしながら次にどうしようかと悩んでいた。


噴出の魔術を使って強引に体を動かす、次もその手が使えるとは限らない。特に文は屋上に位置しその場から動くつもりはないようだった。


遠距離からの打ち合いでは勝ち目はない。康太からすれば直接出向く以外に取れる手段はない。


広い空間で戦ってくれるというのは康太からもありがたいことではあるが、文が広い空間に出たということは、おそらく勝負を決めるつもりでやってきているということは容易に想像できる。


康太もそうだが文も広い空間での戦いを得意としている。特に文が持つ魔術の中で最大の威力を持つ雷雲の魔術は広い空間、特に上方向に広さが必要な魔術だ。


雲を作り出しその中で電撃を増大させ落とす。単純な仕掛けではあるがその分強力だ。


範囲も広く、文がその気になれば屋上全体に雷を落とし続けることができるだろう。


そのような状態となればさすがの康太も避けきることは難しい。


ウィルなどがいれば不可能ではないのだろうが、今ウィルは康太の近くにいない。


康太が悩んでいる間、文は屋上の中心に位置しながら康太と同じように自らの負傷具合を確認していた。


康太の攻撃をその身で受けたせいで、わずかに体に鈍い痛みが残っている。腹部に強い一撃を受けたのもあってわずかに手足が痙攣していた。


あらかじめ展開していた磁力が良い意味で効果を発揮した結果だ。もっとも文が想定していた使い方とは少し違うが、結果オーライという奴である。


体は問題なく動く。魔力も練れる。足の動きが鈍いこと以外は何の問題もない。


機動力の面で少し不安材料を抱えたことになる。だからこそ文は廊下ではなく屋上に位置したのだ。


一直線に伸びる廊下では逃げ場がほとんどないが、屋上であれば上下左右どこにでも逃げられる。


何より竜巻に康太を捕まえることもできるし、広い空間で康太に対して攻撃が可能になる。大規模な魔術を得意とする文からすればこの場で戦うことは大きな優位性を秘めているのだ。


だがそれは康太も同じこと。康太は広い空間を使った多角的な攻撃を得意としている。あれを発動させないようにさせるのが文の勝利に必要な条件だった。


「いった・・・ったくあいつ・・・思い切りやってくれたわね・・・」


自分に対して向けられた攻撃がどれも本気であったということを再確認しながら、文は蹴られた腹をなでるように擦っていた。


噴出の魔術を利用した強制的な駆動。あれは確かに脅威だ。一瞬ではあるが康太の動きを急激に加速させる。


反応が遅れるのもそうだが、康太の動きに変化が生まれるのが脅威だ。


普段の康太の動きは極力無駄を省いた幸彦仕込みの徒手空拳、だがあれを利用することにより本来なかった無駄が生まれている。


その無駄は文のような未熟な人間からすれば相手の行動が読みにくくなる。相手の動きを読んだうえで回避しなければいけない近接戦、それに不慣れな文からすれば読みにくくなり攻撃が避けにくくなる。


当然急激に体を動かしているのだから康太にもそれ相応の負担があるはずなのだ。あれだけ無茶苦茶な動きをして何の弊害もないということはないだろうと文は考えていた。


とはいえその無茶を承知で康太は動いている。何せエンチャントの魔術を発動した状態の自分に対して平然と肉弾戦を行ってきたのだ。


この戦いが終わったら叱らないとなと思いながら、文は大きく深呼吸しつついつでも康太がやってきていいように索敵を発動しながら魔術の発動準備を整えていた。


康太は必ず来る。


示し合わせなくてもわかる。康太は必ずここにやってくる。その確信が文にはあった。


何度も手合わせをしたのだ、何度も訓練をしたのだ、何度も一緒に戦ったのだ。


いつも一緒にいたのだ、いつも康太のことを考えていたのだ、いつも康太の姿を見ていたのだ。


この程度のことわからないはずがなかった。


そしてそれを証明するがごとく、康太は窓から外へ出て、噴出の魔術を使って一気に屋上へと姿を現した。


フェンスの上に乗り文を見下ろす。すでに覚悟が終了しているのか、康太が放つ威圧感は強い。


ブライトビー、戦闘特化の魔術師。


戦いのときに見せる胆力を、その威圧感を文は知っている。だからこそ全力でやって、なおかつ勝ちたいと心から思っていた。


「雷雲だしておかなくてよかったのか?前は出してたろ」


「あれはあんた向きの魔術じゃないわ。やるならもっと別の魔術ね」


「へぇ・・・そりゃ楽しみだ」


話していると康太には全くダメージはないように思える。痛みに耐え、冷や汗にも似たものが垂れている文とは大きな違いだ。


康太を迎撃する準備はすでにできている、いつでも来いと文はわずかに身をかがめながら康太をにらみつける。


康太の威圧感がより一層強くなるのを感じて文は即座に魔術を発動できる態勢を整えた。


誤字報告を十件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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