向こうの都合こちらの都合
「ベル、一応向こうの双子に話は通しておいたぞ」
康太は書庫の中で先ほど話に出ていた報告書を読んでいた文を見つけると即座に電話の話をしていた。
書庫特有の紙のにおいが満ちる中、彼女はその報告書に目を通し続けている。
「そう、それでいつになるの?」
「向こうの反応次第だな。そういうのを知ってそうな人の都合を待つことになるけど・・・たぶんそれなりに早く返事返してくれると思うぞ?」
「なんで?西の人間ってすごく頭が固いイメージがあるんだけど」
完全に文のイメージの中の話でしかないが、協会に所属せずに地元の組織のみに所属し続けている西の重鎮たちは彼女の中では頭が固いということになってしまっているらしい。
それが正しいかどうかは置いておいて、少なくとも悪い反応はしないだろうと康太は考えていた。
「ほら、前に師匠たちと一緒に京都で面倒ごと解決しただろ?それに対して恩を感じていてくれたらさ」
「そういうことね。でもどうなのかしら・・・あの一件で活躍したのってあんただけじゃないわけでしょ?」
文はようやくここで顔を上げ小さくため息をつきながらその時に聞いた話を思い出していた。
京都で活躍したのは小百合と真理と康太の三人。当時のデブリス・クラリス一派全員での攻略戦だったと聞く。
そう考えると康太だけが恩を与えているというのは少々違うように思えた。
「そうだけど、話を聞くとかちょっと指導するくらいならいいんじゃないのか?仮にも向こうの秘蔵っ子にもかかわってるわけだしさ」
秘蔵っ子というのは晴と明、土御門の天才双子のことである。土御門にとってかつての名君の名前を付けるほどに才に恵まれた二人と知り合いなのだ、土御門の上層部も悪い反応はしないだろうと考えていた。
「まぁでも行くとしたら土日よね」
「向こうも社会人だろうからなぁ・・・こっちも学生だからそのほうがありがたいだろ」
「そうね・・・ちなみに私たちだけで行くの?」
「あぁ。アリスとかは何となく連れて行かないほうがいい気がするんだよなぁ・・・」
「どうして?」
「何となく。勘なんだけどあいつを連れていくと多分面倒なことになる」
勘というなんとも曖昧な言葉に文は眉を顰めるが、アリスが原因で面倒ごとが起きるというのは割と簡単に想像できる。
小百合のように面倒ごとが寄ってくるのではなく、アリスは自ら動いて面倒ごとを起こすようなタイプに思えたのだ。
無論アリスの力を求めて有象無象が寄ってこないわけではないが、面倒ごとの場合どちらでも結局は同じこと。
「あんたの兄弟弟子は?連れて行かないの?」
「姉さんは連れていけそうだけどさ、シノの場合はちょっと難しいぞ?っていうかシノを連れていくとアリスと同じかそれ以上に面倒ごとが起きる気がする」
「まぁ・・・確かにそうかもね」
京都の魔術師がどのようなものなのか、文はまだ双子しか見ていないためにわからないが、西の人間が神加を見た時どのような反応をするのか大まかながら想像できる。
まず神加の体内に大量に精霊がいるような状態を見たらなぜそのようなことが可能なのかを調べようとするだろう。
そして調べようとしてそれを康太が止め、京都の重鎮たちとにらみ合い、あるいは交換条件を出しての交渉になりかねない。
とはいえ康太は絶対にそれに対して首を縦には振らないだろう。そのため最悪戦闘にもなりかねない。
考えれば考えるほど、神加を連れていくのは悪手なように思えてならなかった。
「ってことは私と二人の小旅行ね。良かったわねビー。京都ぶらり旅よ」
「わーい嬉しいな。そういうのはさておいて・・・まぁ向こうの出方次第だけど、場合によっては向こうに泊りもありかなって思うんだけどどうする?」
「そうなりそうね。どうせだからちょっといろいろ見ていく?」
「見ていくっていったってなぁ・・・京都での行動ってあんまりいい思い出ないんだよなぁ・・・なんかギスギスしてて・・・」
康太は京都の中に入って少ししたらすぐに監視されていたことを思い出す。当時はすぐに感じ取ることはできなかったが、今ならきっと監視されていることをすぐに実感できてしまうのだろう。
そう考えると複雑な気分だった。少なくとも向こうに行ってすぐに楽しめるという空気には絶対にならないだろう。
監視が気になって遊びどころではない。魔術師として行動するとそういうことがあるから嫌なものだ。
しかも四法都連盟には土御門以外にも派閥があるのだ。土御門と接触するにあたって第三勢力の介入がないとは言い切れない。
「ふぅん・・・まぁなるようになるんじゃない?あんたのことも向こうの人間には知れ渡ってるでしょ?」
「そうだなぁ・・・たぶんな。師匠の弟子ってことでそれなりに名前は知られてると思う・・・思いたい」
ブライトビーの名前が知られていればわざわざ喧嘩を売ってくる魔術師も少なくなるはずだ。安全な京都旅行を手にできるのかと康太が不安に思っているとポケットの中に入れていた携帯が震えだす。着信相手は京都の双子の片割れだった。




