彼女なりのやり方
「ていうか・・・それどうやって説明すれば・・・私の親許してくれるかな・・・?」
「必要とあれば私が説明に伺おう。一応未成年を一緒に住まわせようとしているんだ。その程度のことは私がする」
その程度のことと言ってはいるが今回の同棲に関してのほとんどを奏が請け負うといっているようなものだ。
いくら不動産系の悪いうわさがあるとはいえそこまで奏がするだけの意味があるとは思えない。
明らかに康太と文のためにそのあたりを割り振ったとしか考えられなかった。
「あの奏さん・・・その依頼って今適当に作ったものじゃありませんよね?心霊現象も全部嘘で私たちのために一つ部屋を用意したとかそんなことありませんよね?」
「なんだ?妙に疑っているようだな」
「だって都合よすぎるじゃないですかそんなの。明らかにタイミング良すぎますし・・・今までいろいろお世話になっただけに奏さんなら部屋一つくらい簡単に用意しそうですし・・・」
文の言葉に康太も同意していた。もし奏が康太たちのために開いている部屋をひとつ用意しようとしているのであれば二人はこの依頼を受けるわけにはいかなくなる。
奏の厚意は素直にありがたく思うが、そこまでさせては康太と文としても申し訳なさすぎる。
だが奏は首を横に振ってからファイルの中にあるいくつかの報告書を二人に見せてきた。
「これがその部屋における心霊現象に関する報告書・・・いや苦情だな。そしてその始まりの事件がこれだ」
ファイルの最も奥、おそらく最初に閉じられたであろう書類を康太たちに見せるとそこにはその部屋で起きた事件について書かれていた。
対象となっているマンションの三階の二号室。他の部屋と何ら変わりのないその部屋で事件は起きた。
およそ四年前、そこに住んでいた一家が心中自殺したというものである。
父親が母親を、そして子供二人を殺したという痛ましい事件。そのうちの子供一人はまだ赤子であったという。
発覚が遅れてしまったが既に部屋そのものはきれいに片づけられているらしいが、その後の報告でいるはずのない何かの声が聞こえるそうだ。
特に事件が起きた二十時三十分ごろになると、赤ん坊の泣き声が聞こえてくるという報告も上がっている。
隣接する部屋には赤子ほどの子供がいる家庭はなく、赤ん坊の泣き声が聞こえるということそのものがあり得ないらしい。
四年前に起きた事件ということで発生した一年は入居者はおらず、次の年に事故物件であるにもかかわらず交通の便や周囲環境などの良さから居住者が現れる。
だが三カ月ほどしてその家族もその部屋を引き払うことになる。この段階ですでに心霊現象の話が上がっていたのだという。
奏がこの物件をマンションごと購入したのが二年前、事故物件のあるマンションということで非常に安かったのが印象的で購入したはいいものの、やはり一度ついたレッテルというのはなかなか剥がれない。
だが立地の良さからその事故物件のある階以外の部屋には人がそれなりに入っている。
これを機に心霊現象を解決し、このマンションそのものの価値を引き上げようというのが奏の狙いらしい。
「どうだ?何なら当時の新聞記事もとってあるから確認するか?悪いが今回の件に関しては本当に偶然だぞ?」
「いえ・・・この話聞いてるとさすがに嘘とは思えませんし・・・」
「こちらとしては部屋を貸すというよりもその部屋の問題を解決するために一カ月お前たちを派遣するという考えなんだ。無論康太の意識改革と文の経験づくりのためと言うのもあるんだがな・・・あくまで私的な流用ではないのは理解しろ」
奏のことだから部屋一つ簡単に貸すくらいやるかと思っていたが、奏は常に一石二鳥、いや三鳥くらいのことは考えているようだった。
さすがというべきか相変わらずというべきか、どちらにせよやることができているのであれば康太と文としてもそれを断るわけにはいかない。
何せ年末の時にホテルを融通してもらった貸しがあるのだ。それを今のうちに清算しておくのも悪くない。
「わかりました・・・でもとりあえずうちの親に確認してみますね。一応魔術師としての依頼って形で出していただけるとありがたいです。そうすれば説得もしやすいんで」
「わかった、協会から経由してお前たちに依頼を出そう。わかっていると思うが依頼料は限りなく低いと思え?気持ち程度だ」
「わかってますよ。年末の時のお返しですし、何より今回は事情が事情ですから。経費が全部奏さんもちじゃこれ以上贅沢言うのはさすがに・・・」
康太と文としても奏に生活費まで出してもらってそれ以上をもらおうとするのはさすがに良心が許さなかった。
そもそもいつもかなり世話になっているのだ。その分無償で働くくらいのことはするつもりだった。
とはいえ一カ月間寝食を共にするという時点でなかなかにハードルが高い。特に二人のように思春期真っ盛りな高校生にはなかなか難しいところである。
「気を付けるべきところは各々わかっていると思うが、きちんと食事だけはとるんだぞ?あと戸締りと火の元には注意しろ。さすがにそこまで面倒は見きれん。可能な限り自炊すること。必要なものはあらかじめ用意しておく」
本当に一種の同棲生活になるのだなと康太と文は奏から資料を受け取りながらこれからの新しい生活に少しだけ不安を覚えながらもこの同棲生活が楽しみでもあった。
親元離れての生活というのは二人にとっても初めてなのだ。これはいい経験になるかもしれないなと康太と文は互いに頷いていた。
「ということで、一時的に住まいが変わるのでその報告です。いつも通り師匠のところによってからかえるようにするので」
「そうか・・・また難儀なことだな、せいぜい衝動に駆られて妙なことをしないようにしろよ?さすがに高校生で子持ちというのは笑えんぞ?」
奏によって出された依頼の内容を理解していてなお小百合の反応はこんな感じだった。
小百合も薄々と康太と文の関係について把握していたのだろう。いやあれだけの声で話し合っていて把握しないほうが無理というところだろうか。
一緒に暮らすという時点である程度のことが起きると考えているのか、特に強く康太には注意するつもりのようだった。
もっとも声にやる気がないために一種のアピールでしかないのだろうが。
「あのですね・・・まだ俺と文はそういう関係じゃないんですよ?いきなりそういう関係になるはずがないでしょうに」
「甘いな、お前は奏姉さんを甘く見ている。あの人はその気になったら何でもやるぞ?あの人が日用品のすべてを用意するという時点で警戒して然るべきだ」
「警戒って・・・例えばどんな?」
「とりあえず寝室となる部屋を調べてみることだな。あの人のことだ、いろいろ仕込んでくるに違いない。あと幸彦兄さんが部屋に訪れた時も気をつけろ。基本的にあの二人は結託して何かしてくるはずだ」
珍しく助言をしてくる小百合にきっと昔いろいろあったのだろうなと察しながら康太はとりあえず小百合の言葉を頭の中にしっかりと刻み込んでいた。
奏が本気で康太と文をバックアップしたらどのようなことになるのか、康太としてはあまり想像したくない。
奏には普段からすでにかなり世話になっているのだ、これ以上世話になってしまっては恩を返すことが難しくなってしまう。
「だがひとまず、学生としてせいぜい清い関係を築いておけ。後々後悔しないようにすることだ」
「・・・なんか今日の師匠は妙に師匠っぽいことを言いますね。なんかありましたか?」
「・・・一応未成年の弟子を持つものとしてはこの程度は言っておかないといけないんだ。もし何かあったときに私が師匠からどやされる。ぶっちゃけお前らが付き合おうが子供を作ろうがどうでもいいんだがな」
康太と文の間に子供ができれば、当然だがその話は奏や幸彦から智代の耳にも届くことだろう。
そんなことになれば一応康太の師匠である小百合は監督不行き届きとして智代から強く叱られることになる。
要するに今小百合が師匠っぽいことを言っているのはひとえに智代に叱られたくないがゆえなのだ。
なんとも情けない師匠の押し売りである。
「というかあれだ、お前が文に欲情しようが劣情を催そうが勝手なんだが、一応奏姉さんの依頼だけは完遂することだ。あの人の依頼はこなしておいて損はない」
「それはそうなんですけど・・・幽霊ですよ?正直どう対処したものか・・・」
「何をいまさら。幽霊みたいな存在と毎日のように暮らしているお前が何とかできないはずがないだろう」
「いや、こいつ一応幽霊ではないんですけど」
小百合がデビットのことを言っているのはすぐにわかったが、一応デビットは幽霊ではないのだ。
幽霊のような存在であることは認めるが、康太の中に宿っているのは魔術の中に残されたデビットの残滓のようなものである。
本質的に幽霊というものがそもそもどのようなものかわからないため比較が難しいが、少なくともデビットとは違うものだと思いたい。
「ちなみに師匠は幽霊とかそういうのにあったことはありますか?心霊現象とかでもいいんですけど」
康太の問いに小百合は自分の記憶の中に該当する事象があるかを探し始めるが、なかなか思い出せないのか渋い顔をする。
魔術にかかわってきた人間ではあるが心霊現象などにはかかわったことがないらしい。
少なくとも小百合の記憶の中では幽霊に出会ったということはないようだった。
「一番幽霊っぽいのはやはりお前の中にいるそいつだな。少なくとも姿まではっきりと見えたのはそいつが初めてだ」
「姿までってことは、似たような現象はあったんですか?」
「あったぞ。あれは師匠のところに来た依頼だったんだが私に任されてな、ポルターガイスト的な・・・こう、いきなり物が落ちてきたりとかそういう話だった」
「おぉ、それっぽいじゃないですか」
ポルターガイストとは物理的に物事に干渉する心霊現象のことである。
いきなり物などが揺れだしたり落ちてきたりと、いろいろと例はあるがその詳細は不明とされている。
そもそも霊の存在が科学的に証明されていないのだから無理もない話なのだが、そういった事象に小百合が立ち会ったことがあるのは間違いないようだった。
「それで、師匠はどうしたんですか?」
「どうしたって、私が解決においてどのような行動をするかはわかりきっているだろう?とりあえず壊した」
とりあえず壊したというなんとも端的、かつ残念な行動に康太は眉間にしわを寄せてしまう。
おそらくポルターガイストの影響を受けそうなもの、そしておそらくはその部屋、あるいは家そのものを破壊したのだろう。
幽霊がその場所に固執していたのか、それともその場所そのものに何か別の問題があったのかはさておき、そういった現象が起きている場所そのものを破壊する。なんともわかりやすい解決方法である。
誤字報告を五件分受けたので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです。




