その鼓動
「よし!すっきりした!」
「・・・いや・・・いやいやいや、勝手にすっきりするなっての・・・!こっちはめちゃくちゃもやもやしてるんだけど!?」
「それは私が今まで抱えてたもやもやなのよ。今度はあんたの番。せいぜいもやもやしなさい、返事楽しみにしてるわよ?」
圧倒的なもやもやを抱えてしまった康太と違い文は非常にすっきりしていた。自分がなすべきことはすべてなした、自分が伝えたいことはすべて伝えた。
あとは康太がどのような返答をするのか待つだけ、とはいえ勝算は悪くはない。康太に嫌われているような節はなく、好かれている自信もある。
問題なのは康太があの死の連鎖を見続けたことによる考えを覆せるかどうかという点と、文を女としてみることができるかという二点に限られる。
この二つをクリアすることができるかどうか、それは康太にしか答えを出すことができない。
つまり文はやるべきことはすべてやったのだ。あとは康太がどのような答えを出すか、期待と不安を胸に待つだけ。
文は康太より先に滑走を始め、康太を置き去りにしようとするも康太も必死に追いすがろうとする。
まだ聞きたいことがあるのだろう、まだ言いたいことがあるのだろう。だがここでその問いに対し、その言葉に対し反応をしてしまってはつまらない。
何せ文は長い間この悩みを抱え続けたのだ。少しでも長く、康太にも同じような悩みを覚えてほしい。
そして気付いてほしい、康太がどうするか、それは誰かに遠慮するとかそういうことではなく自分がそうしたいからそうするのだと。
文が今まさにそうしたように、康太にも他人の目や遠慮などを感じずに行動してほしかった。
康太が文のことを女としてみることができないと純粋に考えたのであればあきらめもつくが、もしその決定が誰かのためを想ってだとかそんなことだったら絶対にあきらめられるはずもない。
どうにかして康太の考えを覆して見せると躍起になるだろう。
まずは康太にしっかりと考えさせることが必要だ。康太はバカではない。文がこうして真摯に感情を向けているということがわかればどうすればいいかわかるはずだ。
結局自分で考えるしかないということを。そして自分の中で秤にかけるはずだ。
幸せになることへの遠慮と、文が向けたまっすぐな感情に対して同じようにまっすぐ向き合うか否かを。
「おい文!待ってくれよ!」
「康太、何度も何度も同じことを言わせないで。待ってるから、しっかりと考えて頂戴。あんたがどんな答えを出しても私は受け止めるから。ダメでもあきらめるかどうかは別問題だけどね」
そういって文はゆっくりと減速する。すでに滑ることができる坂を終えようとしていた。夜の一滑りはこれで終わり。文はスキー板を外して歩き始める。
勢いあまって文を追い抜いてしまい、少し先で同じように身をかがめてスキー板を外している康太の近くに歩みよると大きく息をついてから覚悟を決めてその頭を思いきり抱きしめる。
ちょうど康太の頭が文の胸に埋められる形である。
康太は一瞬混乱したが、服越しでもわかるほど文の鼓動が強く脈打っているのがわかる。心臓がはじけてしまうのではないかと思えるほどに強く、そして早く文の脈は打ち続けている。
「めちゃくちゃドキドキしてるでしょ?嘘なんかじゃないのよ?緊張してるし、怖くて足は震えるし、たぶん顔なんか真っ赤になってるわ」
文の言葉を聞いて、その声を聴いて、文の声も震えているということに気付いた康太は徐々に冷静になってきたのか、その言葉を黙って聞いていた。
「でも後悔はしてないの。私は言いたいことを言った。伝えたいことを伝えた。ずっと考えて、伝えるかどうかも迷って、この気持ちが本物なのかどうかも悩んで・・・結局こうすることにしたの・・・今までの関係も嫌いじゃなかったけど・・・でもこのままじゃいやだなって思っちゃったのよ」
それは康太と一緒に暮らすことを想像した時に思ったことだった。こうなりたい、いつかこういう風に康太と過ごしたい。
そしてこんな風になれたらどれだけ幸せだろうかと何度も考えた。だがそうするためには告白しなければいけない、そして告白すれば今のような関係には戻れない。
現在と未来を秤にかけて、文は未来を勝ち取るほうを取ったのだ。
「だから康太・・・お願いよ・・・康太の言葉で聞かせて。それが今じゃなくても構わないから、誰でもなくあんたの言葉で聞かせて。そうするまで私待ってるから」
文の言葉に、康太は目を細めてしまう。文がいったい何を言わんとしているか理解できてしまったからだ。
文に何度も言われたことだ。抱えられないものを抱えすぎてどうするのだと。自分自身のことを気にもしないのに誰かの、それももう死んでしまっている者たちのことを気にしてどうするのだと。
全くその通りだと頭の中では理解できていても、康太はその人々を捨てきれない。だが今、おそらく今周りにいる中で一番大切に思っている人物からの本心からの告白を受けた。
その幸福に自分が向かっていいのか。今まで捨てられなかった人々に、幸せになれなかった人々が近くに感じられるというのに自分が幸せになってもいいものか。
筋違いでも見当違いでも、康太が抱えてしまったものだ。康太自身が折り合いをつける以外に解決の方法はないのである。




