決定権は誰に
『ふむ・・・要するに私はとばっちりか。まったくいい迷惑だ』
「まだ全くと言っていいほど迷惑はかけられてないように思いますけどね。それで、これからどうするんですか?」
康太が何を言わんとしているかということは小百合も理解しているのだろう。多少返答に悩みながら何やら電話の向こうで唸り始めていた。
『お前自身はどうするべきだと思っている?今回の一件について』
珍しく康太に意見を求める小百合に、康太は目を丸くしてしまっていた。
自分のことなのだから自分の気の向くままに発言すると思っていただけに、このように康太に意見を求めてくるということは何かしら悩むだけの理由があるのではないかと思えてしまったのだ。
「正直に言えばこのまま手を引きたいですね。人殺しとかには全く関係ないですし、あとは本人の気分次第では?」
『ここでいう本人というのは私のことか』
「そうです。名前・・・っていうか姿を使われて放置できるのかどうか。いつもなら叩き潰せとかいうかと思いましたけど」
『正直に言えばそういう不愉快なことをする奴は叩き潰してやりたいところだが、今回それをやるのは私ではなくその・・・何といったか?』
「堤です、堤博」
『そうそいつだ。そいつがやるべきことではないのか?私やお前が出張るようなことではないように思うぞ』
思っていたよりも淡白な反応だなと康太は眉をひそめていた。まだ実害がないというだけでそこまで腹は立てていないのだろうかと康太は考える。
だがここで手を引けるのであればありがたいことだ。わざわざ面倒ごとに首を突っ込むということもしなくて済む。
最悪このままこの堤という男性と別れても何ら問題ないわけだ。
「ではこのまま俺は介入する必要はないと、そういうことですね?」
『私の意見はな・・・というかそもそも今回お前が動いていた理由は私ではないだろう。私に報告するのはいいが意見を求めるのは間違っているぞ』
その言葉に康太はなぜ小百合が今回消極的なのか何となく納得してしまった。要するに自分が直接不利益を被ったわけでもなく、さらに言えば自分から行動を起こしたわけでもなく自分の兄弟子が心配して勝手に行動を起こしたからその流れに乗りたくないのだろう。
何というか本当にこの人は兄弟子が苦手なんだなと康太はあきれてしまう。
公私混同とはまた少し違うだろうが、兄弟子が関わってくるとどうにも機嫌が悪くなるのが小百合の大きな欠点だ。
いや小百合の場合欠点だらけなのだがそのあたりは置いておいたほうがいいだろう。
だが小百合の言うことももっともだ。今回康太が動いていたのはあくまで奏の頼みだったからこそ、それならば奏に今後の行動を考えてもらうのもいいだろう。
だが小百合はそういった後にまだいうことがあるのか康太を呼び止めた。
『お前が行動するきっかけになったのが何なのかはあえて追及はせんが、誰かに言われたからではなくお前がどうしたいのか、そういう行動基準で物事を考えてみろ。依頼ではないのなら自分のやりたいようにやるのが一番いい』
「・・・なんか妙にそれっぽいことを・・・なんか変なものでも食べましたか?」
『たまに師匠らしいことを言うとこれだ・・・お前たちはもう少し私を敬え』
いうことだけ言って小百合はさっさと通話を切ってしまった。何というか相変わらずだなと思いながら康太は小百合の言葉を頭の中で反芻していた。
自分がどうしたいのか。
誰かに言われたから、今回に関していえば奏に頼まれたからこうして行動している。では奏が言わなければ康太は何もしていなかっただろうか。
そのあたりは正直微妙なところだ。普通に考えればかかわろうとは思っていなかったかもしれないが、興味本位で調べていたかもわからない。
その結果この堤と出会っていたかはさておき、少なくとも小百合らしき魔術師を探している人物を探っていた可能性は高い。
そうなったら結局誰に伺いを立てるのでもなく自分で行動を決めることになる。
いや、これは魔術師として当たり前のことなのだと康太は逆に考えることにした。
自分のやりたいことをやる。自分がやろうと思ったことをやる。いつまでも康太は小百合のもとにいるわけではないのだ。
いつか小百合のもとを巣立ち、自分のやりたいこと、自分のやるべきことをこつこつとこなしていくようになる。
これは魔術師として一人前になるための一種の訓練になるのではないかと康太は意気込んでいた。
おそらく小百合はそのことを言いたかったのではないかと康太は思ったが、小百合のことだからそこまでは考えていないなと自分の考えを即座に否定すると同時にとりあえず今回の顛末に関する奏の意見を聞こうと携帯を見る。
するとこんな深夜近くの時間であるにもかかわらず普通に返信が返ってきていた。
まだあの人働いているのかと康太はあきれつつも心配になりながら今回の顛末についての奏の意見を読み上げる。
大まかに言えば、今回のことが小百合が引き起こした事件が原因ではなくて安心したとのこと。
そして偶然かそれとも必然か小百合がスケープゴートにされていたことが少々不愉快であるということ。
そしてこの後の対処は康太に任せるということだった。もとより依頼ではないのだから無理をする必要はないという一文も付け足されていた。
小百合も奏も今回の件に関しては康太に一任するという。面倒ごとを押し付けたというよりは、康太の意思を尊重したと考えるべきだろう。
どうするべきかなと康太は頭を悩ませていた。




