ずれる会話
「っつぅ・・・な・・・なんだ・・・?」
「おはようございます。いい夢は見れたか?」
「・・・き、君は・・・!?」
「聞きたいことは山ほどあるだろうけど、とりあえず今は自分の記憶を整理するところから始めたほうがいい。いろいろといじって正常な状態に戻したから混乱するだろうとは思うけども」
背後に先ほどまで対峙していた魔術師がいるという状況に男性は驚いているようだが、康太に言われ自分の記憶を思い返すと頭を抱えてわずかに震えだす。
そんな・・・そんな・・・とうめくようにつぶやきを繰り返しながら頭の中にある自分の記憶を否定し始めている。
その顔からは大量の汗が吹き出し、再びあの魔術が発動するのではないかと思えるほどに動揺し始めていた。
情緒不安定な人だなと思いながらも康太はその男性の目の前に腰を下ろす。
「いったいどこまでの記憶を修正したんだ?」
「すべてだ。生まれてから今まで、ありとあらゆる意味で改竄されていた記憶を正常なものに戻した。歪みを正すだけなのだからそこまで苦労はない」
アリスにしか聞こえないような小さな声でつぶやくとアリスは得意げな表情をしているであろう声でそう告げる。
つまり自分の妻にも記憶を改ざんされていたということを理解してしまったのだ。良くも悪くもこの男性は気の毒である。
少なくともこの男性は自分の妻と子を愛していただろう。何せ殺したものを一人で追い続けたのだから。
だがそんな中、家族の中で自分だけがのけ者扱いされていたことに強い衝撃を受けているようだった。
もっとも彼の場合、それでも妻と子を愛していることに変わりはないようだった、動揺は徐々に収まっていき、ゆっくりと息をついて目の前にいる康太に視線を向ける。
「・・・君は、何をしたんだ?」
「ゆがめられてたあんたの記憶を修正した。あんたの妻と子がどんな存在だったのかはわからないが・・・多少いじくられていたみたいだな」
「・・・あぁ・・・どうやらそうらしい・・・そして・・・私の妻と子を殺した男の姿も・・・ようやく・・・!」
ようやく思い出したとでも言いたいのか、それともようやく追うことができるとでも言いたいのか、男性はやる気をみなぎらせている。
とはいえ康太からすればこの反応は危うくもある。何せ記憶を修正されたと口で言われてすぐに疑うということをしないようではいつまた同じようなことをされるか分かったものではない。
また記憶をいじられ別の人間を追い始めるのではないかと不安でならない。もっとも今回のこれは改竄された記憶の修正だ。記憶の操作は記憶した時から一定時間でなければできないがその解除は時間制限がないらしい。
定着する前にいじくることで新たな定着を促す操作や改竄と違い、実際にあったことを思い出させる修正はそこまで難しくはないのだろう。
もっともそれはアリスが使った場合の話だ。他の人間が扱った場合どのような難易度であるのかは不明である。
とはいえ、この男性が今後どのような行動をとるのかは目に見えていた。
「一応聞いておくけど、これからどうするつもりだ?」
「決まっている・・・あの男を追う・・・!たとえ妻と子が・・・私とは違う人種だったとしても・・・それでも・・・!」
その言葉に康太は一瞬目を細める。魔術師を全く違う人種であるととらえているこの男性は、おそらく良くも悪くも一般人の感性を持ち合わせているのだろう。
もっとも、本人も特殊な状況下であれば魔術師として行動できるということに気付いていないらしい。
自覚のない魔術師というのは厄介なものだ。
「それは構わないけどどう探すつもりだ?特徴らしい特徴をまた聞いて歩くのか?俺の知り合いらしき人物に迷惑かけておいて」
「あ・・・そういえば・・・君の名前を聞いていなかった・・・教えてくれないだろうか?この礼をしたい」
話をしているのにもかかわらずどうにも話がずれる。なんというかマイペースな人だなと思いながら康太はため息をつく。
「人の名前を聞くにはまず自分からだろう。俺はあんたの名前も知らないんだぞ?」
「おっと失礼・・・私は堤博という。知っての通り妻と子を殺したものを追っている。君たちが言うところの魔法使いではない」
「正確には魔術師な・・・どっちにしろあんたもほぼ同類になってるんだ・・・ってそんなことはどうでもいいや・・・堤さん、あんたこれからどうするんだ?」
「待ってくれ、私が自己紹介したのだから君もするべきだ。そうだろう?」
本当に会話がかみ合わないなと康太はため息をつきながら自分の胸に手を当てて名を名乗ることにした。
「俺の名前はブライトビー。魔術協会に所属する魔術師だ。これでいいか?それじゃ話の続きを・・・」
「ちょっと待ってくれ!私がほぼ同類になっているというのはどういうことだい!?私は魔法なんてものは使えないぞ」
この人は実はわざとやっているのではないかと思えるほどに自分本位で話を始めるのだなと康太は苛立ちさえ覚えながらとりあえず説明してやることにした。
アリスの仮説も含め、堤博に起こっていたであろう状況のほとんどを。