協会としての意見
「と、いうわけです。何かご存知のことがあれば教えていただければと」
「うーん・・・相変わらず直球だね・・・どうしたらいいものか・・・」
幸彦と別れたあと康太は支部長のもとを訪れていた。現段階では支部長もこのことについていろいろと思うところがあるようなのだ。ここはうまく話を誘導するなりして協力を仰ぎたいところである。
とはいっても相手は支部の長、個人的な協力ならまだしも組織的な協力を取り付けるのは難しいだろう。
康太も支部長もそのあたりはよく理解している。だからこそどのような話にもっていくか互いに悩んでいた。
「とりあえず知っていることを話そう・・・件の人物の目撃情報から描き上げた人相書きがこれだ」
「・・・これだって・・・あぁ、そういえば気になっていたんですけど、その人仮面は付けていなかったんですか?無精髭って時点で変だなって思ってたんですけど」
渡された人相書きを見ながら康太は眉を顰める。魔術師であるならば仮面をつけるのが半ば常識になっているが、つけていないということはつまり魔術師ではないということなのだろうか。
あるいは魔術師ではあるが魔術的な組織に所属していないからそういった常識が欠如しているのか。
どちらにしろ探すのが面倒になりそうな状況ではあるのだが情報が少しでも増えたことは喜ぶべきことである。
人相書きに記されているのは康太が知っている情報もいくつかあった。無精髭に手入れもしていないと思われる無造作に伸びた髪、やや痩せこけた頬に垂れ目、そして目の下には隈ができている。
何というか、幸の薄そうな男性という印象が強い。その時の服装までは書かれていなかったが、人相書きのすぐそばにいくつか文章が添えられている。
声は低め、身長百七十代、細身。黒いコートを身に着けていたなどの情報が書き記されていた。
そしてその情報の中には相変わらず『ひび割れた仮面をつけた女』を探しているという一文が存在している。
この文章が妙に不穏なのだ。外見的に仮面をつけていないというのもそうなのだが、小百合を探していると思われるのにもかかわらず独特の不安を煽る。
そして康太は一つ気になることがあった。
「確認しますけど、この人物は魔術師なんですか?」
「それは確認した。魔術を使うところも魔力があるところも確認している。ただ少々特殊ではあるらしいが・・・」
「特殊・・・というと?」
「どうやらまだ練度が低いらしい。魔術師になって日が浅いというべきなのだろうか、魔術の存在は知っているし使用も不可能ではないらしいのだがたどたどしさを感じたらしい」
記載されていないところを見るとあくまで客観的な意見としてではなく主観が入り込んでしまっていると考えていいだろう。
こういった情報は主観性を排除したものが好まれる。客観的であればあるほど公平なデータとなるし、誰が見てもわかるものとなる。
だが少なくとも魔術師であるということが確認できたのだ。それはある意味ちょうどよかったと思うべきだろう。
相手の練度の低さは頭の片隅に入れる程度にしておくとして、少なくとも無所属、あるいは別組織の魔術師であることは間違いなさそうだった。
「ちなみに、支部としてはこれに対してどう反応するんですか?一応所属していない人間が探りを入れているって感じですけど」
「・・・実害がない以上こちらから何かをするということはしない予定だよ。最低限情報を仕入れることはするけどね」
実害、つまり協会支部に何らかの不利益が生じない限りは支部としては動くつもりはないということだ。
逆に言えば不利益があるということがわかれば、あるいは不利益があるように感じられれば動く用意はあるということである。
「この情報だけを見れば師匠を探しているように思えますが・・・それだけじゃまだ弱そうですね」
「そうだね・・・クラリスも一応協会の一員ではあるし、一種の台風の目ではあるけれど探されている程度では特に問題はないように思えるよ」
もうひと押し。もうひと押しで支部長も協力してくれるとは思うのだが、いかんせん情報が少なすぎる。
相手が何を目的としているのかもわからない状態では説得するための材料が不足しすぎている。
せめてもう少し情報があれば話は別なのだが、そううまくはいきそうにない。
「これ以外に主観を混ぜているもので構いませんから情報はありますか?目撃情報の時系列や相手の目的、今後の動向なども可能なら知りたいのですが」
「んー・・・今こちらで確認しているのはこの程度だね・・・そもそもこの情報を寄せてきてくれた魔術師たちもあまり話はしなかったようだし」
「・・・あぁ・・・まぁそうでしょうね」
小百合に関わろうとしている人間に関わったらどうなるか。少なくとも良い流れになるとは思えない。
だからこそほとんどの魔術師は話を聞かれた段階ではまだ会話しようとはするのだが、小百合につながるキーワードを聞いたところで関わりたくないと考えてしまうのだ。
無理のない話ではあるのだがこういう時になると小百合の危険人物っぷりが疎ましく感じられてしまう。