奏のお願い
文も魔術協会以外の組織というと四法都連盟を一番に思い出したのだろう。その考え自体は間違っていないのだが今回の条件には当てはまらない。
小百合は昔から智代について回って京都で活動することが多かったはずだ。そのため小百合の名前は京都ではある程度売れている。
小百合のそれと似た仮面をつけるその意味も分かっているはずだし、仮に探している方だとしても小百合に行きつくのはそう難しくない。
探す方、探される方どちらだったとしても京都の人間ではないと思われる。だがこれはあくまで予想だ、実際にどうなのかは先ほど奏が言ったようにわからない。
もしかしたら小百合の悪評を利用して何かしら行動を起こしたのかもわからないが、そのようなことをすればリスクだけが残る。やるのならもっと別の魔術師の仮面をつけて行動する方がずっと楽だ。
「康太の言うように京都の線は薄いな・・・その探している無精ひげの人間が目撃されているのは関東近辺だ。西の方では今のところ確認されていないらしい」
「目撃情報まで調べてるんですか?ひょっとして気になってます?」
「かわいい弟弟子のことだ、気にならんはずがないだろう・・・あれはいろんな意味で誤解を受ける人種だからな」
相変わらず奏と幸彦は小百合に甘いなと思いながらも、実際のところ康太も気になっているのは事実だ。
小百合を探そうという人間などよほど珍しい人間だ。いや、今まで得られた証言からして小百合のことをよく知らない人間なのだろうが、どちらにしろ珍しいタイプであることに間違いはない。
だからこそなのか、奏はこの件に強い関心があるようだった。
「康太、時間があるときでも構わない。今回の件を調べては見てくれないか?必要であれば経費はこちらでもとう」
「依頼ってことですか?」
「そこまで大げさなものではない。気にかけておいてくれというだけの話だ。一応協会の上層部でも話題になるくらいだからな」
上層部というのが支部長のことを指していることは何となく予想ができた。
小百合に関することで事態が好転することはまずないと支部長の面倒ごとセンサーが見事に働いたのだろう。
あらかじめある程度の対応策を練っておかなければ面倒ごとの規模が大きくなると予想してすでに動いているようだった。
ただのうわさ話に敏感になるあたり小百合がどれだけ厄介な存在であるかがわかる瞬間である。
さすがは支部長だと康太は心の中でその危機察知能力を称賛しながらも、自分がそれに関わるのかと思うと少し気が重かった。
「調べるのは構いませんけど・・・藪をつついて蛇を出す結果になりませんかね?俺師匠の直接の関係者なんですよ?」
「だからこそということもある。お前が直接話を聞いてそれなりに収穫があればよし、もしなくても小百合の弟子がその人物を探しているという話になればまた状況は変わってくるだろう」
「要するに釣り餌になれと?」
「そこまで言うつもりはない。というかお前なら相手が喰いつくよりも先に喰らいつくだろう?」
そこまで好戦的じゃないですよと言いながら、康太は実際に今回の件でどのように動くべきか考えていた。
得られている情報が少なすぎる上にその人物がどこを活動拠点にしているのかもわからないのだ。
そもそも協会の人間ではないということを考えると康太が調べることはほぼ不可能に近いかもしれない。
実際に遭遇した人物に話を聞いて時系列順にその場所を並べ、次の移動先を想定して動く程度しかできることがなさそうだ。
あるいは全魔術師に対して布告でも出すという手もある。もし小百合のことを、ひび割れた仮面をつけた女を探している魔術師を見かけたら康太に報告を入れてくれるように。
考えておきながら康太は現実的ではないなと内心失笑してしまっていた。探している人間を探している、何の目的があるかもわからないのにそんな人間に関わることはない。
おそらくほとんど、というか康太の知り合いではない魔術師全員が布告を無視することだろう。
やらないほうがましなレベルだ。今後そういった情報が得られなくなる可能性も考えればやる方がデメリットが多い。
「奏さん、この件は私は関わらなくてもいいんですか?」
「ん・・・康太の手に余るということであれば手伝ってやってくれ。康太よりも文の方がいろいろと融通が利くこともあるだろう。直接関係がない人間がいたほうがうわさなどは集めやすいかもしれないしな」
「そうですね・・・一応康太の師匠の関係ですから、私は興味程度に感じているということにすればいろいろと話は聞けるかと」
康太と文が同盟を組んでいるというのは魔術協会では有名な話だ。
一見直接のかかわりがないように見える文と小百合だが、実際はかなり密接な関係にある。そのため近すぎず遠すぎず、ある程度興味を引いてもおかしくない情報であるために他者への聞き込み自体は容易になるだろう。
直接の弟子に話をするよりもワンクッション入れたほうがいろいろと面倒に巻き込まれない可能性が高いというのも情けない話だなと康太はため息をついてしまっていた。