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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十八話「張り付いた素顔と仮面の表情」
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奏の杞憂

奏の槍の動きはとにかく速い。康太の槍の動きの二倍近い速さがあるように体感してしまうほどだ。


緩急をつけて襲い掛かる動きであるために余計にそう感じる部分もあるのかもしれない。リズムとは少し違うが、一定の法則を持って動いているのは康太も徐々にわかるようになってきた。


だがまだまだその動きを行えるだけの実力が備わっていない。真似事はできるがどうしても遅れが生じてしまう。


反応して何とか回避か防御を行えるようにはなってきたが、それも運の要素が強い。何せ反射的に攻撃が来るだろう場所から逃げようと体を動かすか、防ごうと槍を置くことしかできないのだから。


体の動作を見て動きを見切るにはまだまだ時間がかかる。康太の実力も徐々に上がってきてはいるが、なかなか奏の強さには近づけずにいた。


「どうだ康太、最近何か困ったことはあるか?」


「困ったこと・・・ですか?」


槍を振り回しながら話し掛ける奏に、康太は何とか反応しながらも会話をすることができていた。


「あぁ、どうにも伸び悩んでいるように見えてな・・・正月に師匠のところに行ったのだろう?あの時に何かもらったのではないか?」


「はい、魔術を・・・一つ、教わりました・・・けどあれは、補助的な魔術でっ・・・!攻撃面ではあまり進展は・・・!」


話をしながらもきわどい場所に槍の攻撃が襲い掛かってくる中、康太は何とか防御と回避を行い時には反撃もしようと試みているがやはり話をしている最中に反撃などできるはずもない、完全に防戦一方になってしまっていた。


康太が今覚えようとしている魔術はどれも補助系の魔術だ。正月に智代にもらった術式も、旋風の魔術も、そして小百合から教わった魔術も一応は補助系の魔術である。


小百合から教わった魔術の場合、破壊に関係しているのは確かだが一応は補助の役割が強い魔術なのである。


「ふむ・・・戦闘面でやや不安があると」


「はい・・・特に狭い空間で戦うとなると・・・槍も扱いにくくなりますし、何より俺の攻撃力を最大限発揮できなくて」


康太の攻撃力が最大まで高められるのは屋内ではなく屋外だ。さらに言えば広い空間であればなおよい。


相手との距離はあまり関係ないが、周囲が広い空間であれば康太の扱う射撃系魔術の集中攻撃に接近しての攻撃も行えるために康太が有している攻撃のすべてを発動することができるといっても過言ではない。


以前戦った時の廊下や地下通路のような相手との対峙している方向が一直線になっており他に攻撃のしようがない場合だと多角的な攻撃ができないためどうしても相手の防御力を突破できないことがあるのだ。


何せ相手も真正面から攻撃が来るとわかっているのだからその対策をすればいいだけなのである。


遠隔動作のような定点攻撃を仕掛ければそういった考えの裏をかくこともできるだろうが、槍の斬撃などを遠隔動作で発動する場合下手をすれば殺してしまうため可能な限り使いたくない手段だった。


「なるほど・・・康太は正面突破が苦手か」


「お恥ずかしながら・・・師匠の弟子なのに正面突破が苦手っていうのはちょっと、思うところがありますが・・・」


小百合の弟子だからといって正面突破が苦手であることを恥じる理由にはならないように奏は感じたが、攻撃に特化した魔術師の弟子である以上あらゆる角度、あらゆる条件下で優位をとれるようになるべきであると康太は考えているようだった。


だが今まで小百合と一緒に行動したこともある康太からすれば、小百合の強さやあらゆる状況に対応できるだけの能力を有している小百合を見習うべきだと考えてもなんら不思議はない。


戦闘だけではなくほかのところにも目を向けられるようにもう少しうまく教育できないのかと自分の兄弟弟子の不出来を嘆きながらも、奏は康太に槍をふるうと同時に問いを投げかけていた。


「ではなぜお前は正面突破が苦手だ?攻撃魔術もそれなりに覚え、実績も積んでいる。お前に勝てる魔術師はそうないだろう。それだけの戦闘能力を有していながらなぜ真正面での勝負に苦戦する?」


「・・・えっと・・・大抵そういう状況の時って狭い通路とか空間とか、回避のしようがない状態の時で・・・相手の攻撃を防御しようとしてどうしても攻撃に手が回らなかったり、攻撃をよけようとして反応が遅れたりするから・・・ですかね」


狭い空間での戦いの場合、相手は飽和攻撃を行ってくる可能性が高くなる。いうなれば空間全体に攻撃魔術を発動してよけられないようにするのだ。


広い空間であればそれが難しいために、康太は簡単に回避することができるが物理的に逃げ道や回避できないようにされてしまえば魔術で防ぐしかない。


そうなるとどうしても攻撃に回すはずのキャパシティを余分に消費してしまうためになかなかうまく攻略ができないのだ。


「攻撃を防ぐなと言われてもなかなか無理な話か・・・以前お前がやっていたウィルを鎧の形にする戦い方は?」


「あれも常に行えるわけではありませんし・・・何よりウィルを防御手段にするよりも別の行動をとってもらったほうが割と有意義なんですよね。不意打ちとか伝達とか捕縛とか・・・」


康太の言うようにウィルの行動は多岐にわたる。そのため康太の身の守りだけに徹するのは少々もったいないように感じられるのである。



「ではお前はどのようにすれば突破力を・・・正面戦闘能力を高められると思う?今の意見で構わんから言ってみろ」


「・・・えっと、とりあえず防御力を上げて・・・ウィルの鎧みたいに全身に纏えるタイプの防御魔術を使うか・・・あるいは相手が攻撃してくる前に攻撃するか・・・」


康太の覚えている魔術でできそうなのは前者だ。無属性のエンチャントの魔術を使えば全身に防護膜を展開することは不可能ではない。


だがもちろんその分多量の魔力を消費するし、何より康太はまだ無属性エンチャントの魔術を高い練度で発動することができない。


発動するにしろ維持するにしろ、まだ両腕に発動するのがせいぜいの練度なのだ。


それなりに防御能力はあるし、攻撃力もある程度強化されることを考えると一石二鳥の魔術なのだが、いかんせん扱いが難しい。


康太にとってエンチャントの魔術は一つの課題でもあった。


「お前はどちらの方が現実的だと思う?」


「防御力を上げたほうがいいと思います。今のところエンチャントの魔術で似たことができますから・・・」


後者に関しては不可能ではないが相手が気づく前にこちらが攻撃しなければいけないということはつまり不意打ちを行うということである。


だが狭い空間で、しかも一直線上に相手がいるような状態で相手がこちらからの攻撃に対して無防備でいるはずがない。


戦いとなったら間違いなく相手は索敵の魔術なども併用してこちらの攻撃に対して警戒するはずだ。


不意打ちは難しく、先制攻撃でなおかつ倒し切らなければいけないのだ。それができれば苦労はしない。

「では小百合ならばどうすると思う?」


「師匠なら・・・ですか・・・たぶん相手の攻撃を打ち落としながら同時に攻撃するか・・・危険なものだけ回避して強引に攻撃するか・・・」


「ならなぜおまえはそうしない?」


「師匠みたいに一撃で高い攻撃力を出せるならまだいいですけど、俺にはそれだけの攻撃力がまだないんですよ・・・どっちかっていうと俺は連続攻撃で一気に畳みかけるタイプですし・・・」


自分自身で分析しているように、康太は確かに高い攻撃力を持っているわけだがその一撃一撃が強いというわけではない。


再現にしろ蓄積にしろ、事前準備が必要なうえに威力を出すには少々制約が多すぎるのである。


特に蓄積の魔術などは威力を出すことは可能だが加減が難しいためにある程度の威力以上は出したくないというのが本音だ。


割と本気で人を殺しかねないだけの威力が出るため調整が難しい。相手の防御だけを突破して相手に致命傷を与えない程度の攻撃など康太はできる気がしなかった。


「つまり、お前は戦闘するうえで、相手の攻撃を無視しながら攻撃できるだけの魔術があればいいと、つまりはそういうことだな?」


「まぁ・・・そうですね・・・そういうことです」


小百合のように相手の攻撃を早々に見切るか封じるかして無視しながら攻撃できるような技術を持っていれば話は早かったのだが、康太はまだそこまでの技術はない。


攻撃をよけるにしてもある程度の空間がなければ難しく、飽和攻撃をされては対応しきれないというのが正直なところである。


「なら・・・そうだな・・・ピッタリかどうかはわからないが、いい魔術を知っている。あとで教えてやろう」


「本当ですか!?ちなみに属性は?」


「火だ。確かお前も適性がある属性だったと思うぞ?」


「はい。ちなみに消費魔力的には・・・?」


「割と多めだな・・・だからここぞというときに使うといい。使い方は限られるがその分うまく決まればかなり戦闘が楽になるだろう」


康太は今のところ火属性の魔術はあまり覚えていない。火の弾丸の魔術しかまともに戦闘では使えないために新たな魔術を教えてくれるというのは非常にありがたかった。


といってもまだその詳細に関しては全く教えてもらっていないのだが。


「ちなみに攻撃ですか?補助ですか?防御ですか?」


「んー・・・攻撃と補助一度に行えるな。場合によれば防御にもなる・・・といっても先にも言った通り使い方が限定される。お勧めできるかといわれるとあまりお勧めはできん」


「お勧めできないんですか・・・?」


「できないな。応用性能が低すぎる。本当にそのためだけに使うような魔術だ。だがおそらくではあるが、使いこなすことができればかなり便利になると思うぞ。特にお前の戦い方にはマッチするはずだ」


康太の戦い方とマッチする魔術と聞いて少し期待してしまうが、あまり人に勧められるような魔術ではないというのが引っ掛かる。


応用性能が低いということはそれだけピーキーな代物なのだろうかと考えながら康太は一度奏と距離を置こうと槍をふるって強引に奏の体を後方に押しのける。


「それじゃあおしゃべりはこのくらいにして・・・そろそろ本気でお願いしてもいいですか?」


「ふふん・・・いいだろう。では終わった後に新しい魔術を教えてやる。小百合を驚かせてやるといい」


奏のやる気に満ち溢れた言葉に康太は戦慄しながらも、その攻撃を受けきるべく身構えていた。


この数分後、康太はあっけなく奏に戦闘不能状態にされてしまうのだが、それはまた別の話である。
















「ところでお前たち、一つ噂を耳にはさんだのだが」


「噂・・・ですか?」


その日の夜、いつものように奏に夕食をごちそうになっている康太たち。その日の夕食は寿司だった。


例によって学生では裕福な家庭でもない限りめったに通えないようなレベルの店である。


メニューに値段が書いていないのだ。ほぼ時価という恐ろしい状況に康太と文は頼むものさえもかなり厳選しなければいけないのだが、奏が良かれと思ってどんどん注文するために康太と文は冷や汗をかきながらもなんとかそれらを口に放り込んでいた。


神加はそんなことは全く気にせずにおいしそうに寿司を頬張っている。ほのかに口元が緩んでいるあたり寿司は嫌いではないのだろう。


そんな中、奏の言葉に康太と文は疑問符を浮かべていた。


噂といわれてもどんな噂なのか見当もつかない。魔術的なことかそれとも一般社会的なことなのか、全く予想できなかった。


「あぁ、何でも小百合を探しているやつがいるらしいじゃないか」


奏の言う噂が、以前康太達がアマネから聞いたものであるということを知ってその時の会話を思い出す。


確か無精ひげの男が『ひび割れた仮面をつけた女』を探しているという噂だ。この界隈で、というかおそらくそんな特徴の女は小百合くらいしか思い当たらない。まず間違いなく小百合を探していると思っていいだろう。


「あぁその件ですか。物好きな奴がいるって前に話してたところですよ。また師匠が何かやらかしたんじゃないかって予想してるんですけども」


「その考えに関して否定できないのがなんとももどかしいところだが・・・少なくとも現段階で状況を整理すると少々妙なことになっているようだな」


妙なこと。それは小百合を探している人物が一体何者であるかということだろう。


協会の魔術師であれば小百合の居場所はほとんどわかっている。何せ一応店を構えている人間なのだ。調べようと思えばいくらでも調べることはできる。


逆に言えば、小百合の居場所を調べることができていない段階でその人物が魔術協会に所属している魔術師ではない可能性があるのだ。


しかもかなり高い可能性で別の組織、あるいは無所属の魔術師であると思われる。


そんな人間がなぜ小百合を探しているのか、直接関係のある康太からすれば考えたくないというのが正直なところである。


小百合が引き寄せる面倒ごとはどうしても戦闘が起きる可能性が高い。


本人の気性の問題もあるのだろうが、彼女自身がどういうわけか荒事を引き寄せる節があるのだ。


体質的なものなのか今までの行動の累積なのかそれは判断しかねるが、どちらにせよ弟子である康太からすれば迷惑な話である。


「ていうか奏さんその話をどこで?協会にでも行ったんですか?」


「いや、幸彦から聞いた。小百合の話題は良くも悪くも耳にしやすいらしいな。それだけあいつが注目されているということか」


幸彦がうわさを拾っているというのは何となく想像しやすいのだが、奏の言う小百合の注目に関しては絶対にいい意味ではないなと康太は確信していた。


むしろ小百合に関しては魔術師的に良い意味を持っているのが戦闘面くらいしかない。その戦闘面も彼女の性格のせいでかなり尾ひれがついている状態なのだ。


ある意味周りからの意見を聞きやすく、情報収集が容易であるためありがたくもあるのだが、こういう時、喜んでいいのか微妙なところだった。


「奏さんは何か心当たりはないんですか?師匠が探されてる件について」


「ふむ・・・いくつか考えたのだが・・・どれも現実的ではなくてな。小百合の・・・ただ単にあの仮面を模倣した、あるいは似たようなデザインの仮面をつけたものを探しているというのが一番有力だろう」


「つまり人違いだと?でも師匠の仮面を模したレプリカ・・・そうでなくても近いデザインなんてそうそうないですよ?ただでさえ師匠嫌われてますし」


これで小百合の仮面がデザインとして美的センスにあふれているのであれば話は分かる。また小百合が有名人、かつ人気者であったならそれを真似ようとするのも理解できる。


だが小百合は協会内ではほとんどの人間に嫌われている。小百合の姿を目にしただけで報復という名の攻撃を仕掛けてくるものまでいる始末だ。


そんな状況で小百合の仮面に近しいデザインのものを身に着けるのはかなりのデメリットだ。


「協会の人間ならまずあれを真似しようとは思わないだろうが、別の組織の人間ならあぁいったデザインをつけていても不思議はないのではないか?センスは人それぞれだから正直何とも言えないんだが」


「あぁ・・・なるほど・・・つまり今回は探している方も探されている方も協会とは関係のない人間であると、そういうことですね?」


「その可能性が高いというだけだ。実際どうかは知らん。無所属、ないし別の組織の魔術師というのも少ないが存在しているのも事実だしな」


別の組織というと康太の中で一番に思いついたのは京都の四法都連盟だ。魔術協会とはまた別のルーツを持つ魔術組織で、日本特有の魔術、主に予知関係の特殊な魔術を扱うものが多い魔術師集団である。


康太も何度かかかわる機会があるが、その人間の誰かが小百合を探しているというのは考えにくかった。


「ねぇ康太、一応確認なんだけど京都の人間じゃないわよね?」


「違うだろうな。京都と協会は一応連絡体制くらいはとってるだろうし、何より師匠は京都で何度か活動したことがある。ある程度知られてても不思議はないぞ?」


誤字報告を十件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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