康太の体
「・・・上がったわ・・・悪いわね、先にいただいちゃって」
「あぁいいっていいって。んじゃ俺も入るか」
風呂から出てきた文と入れ替わる形で康太は浴場へと向かおうと立ち上がる。かなり念を入れて筋トレをやっていたのか、部屋の中には康太の汗のにおいがわずかにではあるが漂っていた。
嗅覚強化の魔術を使わなくてもわかる。すでに覚えてしまった康太のにおいにほんのわずかに頬を赤くしながら、文はそれが風呂のせいであるようにふるまっていた。
「随分と筋トレしてたみたいね・・・汗すごいわよ?」
「あぁ、こればっかりはな。一種の習慣だ。師匠から毎日やれって言われてる数少ないことだからな」
そういって康太は着ていたアンダーウェアを脱ぐとその筋肉を文に見せつけるようにポージングをとって見せる。
「どうよ、鍛え上げられた我が筋肉・・・!」
「どうよって言われても・・・」
文は康太の筋肉を見てわずかに息をのむ。バランスよく鍛えられた筋肉、程よく割れた腹筋、そして体幹に加えて腕や足もよく見るとほとんど脂肪らしい脂肪はついていないように見える。
盛り上がった筋肉がわずかに影を作り、筋肉だらけとまではいわずとも贅肉の少なさのせいか妙に筋肉質に見えてしまう。
ボディビルダーのような見せる筋肉ではなく、完全に使うためだけの筋肉のようだった。
「に、肉体強化である程度強化はできるんだから、筋肉を鍛える意味はあんまりないんじゃないの?あんたもとよりスピード型なんだし」
「確かに筋肉あるとその分速度は落ちるけどさ、筋肉がつけばその分威力は増すだろ?俺からすれば速度と同じくらい威力も大事だからな。バランスよく鍛えないと」
「それはわかるけどね・・・ちょっと触ってみていい・・・?」
「おう、構わないぞ。ぜひ触ってみたまえ」
「・・・あんたナルシストの気でもあるの?普通嫌がらない?」
「なんで?女子に触られるのが嫌いな男子なんていないと思うぞ?徹底して女嫌いでもない限りは」
康太の個人的な考えかもしれないが、女子に触られてうれしくない男子はいないと思っているようだった。
康太だって無論うれしいのだろう。若干の気恥しさはあるのだろうが嬉しさのほうが勝っているようだった。
文が康太の筋肉に触ると、くすぐったいのか康太はわずかに身をよじる。
「ふっふふふ・・・!触り方!もうちょっとバシッと触るとかしてくれよ!そんなくすぐるみたいな感じだとくすぐったいっての!」
「別にいいじゃないの減るもんでもなし・・・結構しっかりしてると思ってたけど柔らかいのね」
「そりゃ力入れてなけりゃ柔らかいよ・・・ふんぬ!」
文が触っていた部分に力を籠めると、先ほどまでは割と柔らかかった筋肉は一気に引き締まり硬くなっていく。
「へぇ・・・私もそれなりに筋肉あるほうだけど・・・ここまでではないわね」
「そりゃ日々鍛えてるからな・・・!筋肉ありきのあの能力よ。こうやって威力を上げておけば近接戦闘ではさらに有利になるんだよ」
「でもあんた最近接近して戦ってないじゃない。どっちかっていうと射撃メインになってきてない?」
「それはまぁそうなんだよ・・・近づこうとすると相手が妙に警戒するからな・・・当たり前なんだけどそこがちょっと悩みでな・・・」
康太の戦いは主に近接戦闘、それが理想なのだが康太が近接戦闘を得意としているのが協会内でも有名になっているのか、それとも康太が槍を持っているというその風貌から近接戦闘が得意であるということが容易に想像できるのか、最近戦った魔術師はあまり康太を近くへと接近させてくれなくなってきている。
ただの射撃攻撃ならば康太は何の問題もなく近づくことができるのだが、そうではない範囲攻撃だった場合など、康太が攻撃を避けきれないような状況も多く出てきている。
「ウィルの協力があれば強引に接近することもできるんだけどな・・・相手の魔術によってはそれも難しいし・・・なんかもうちょっと自衛手段を増やしたほうがよさそうなんだよ・・・エンチャントの魔術も使えるは使えるけど・・・師匠相手だとすぐ破られるし」
「あの人を普通の魔術師と同列に扱うのはどうかと思うけど・・・まぁあんたが本気になったら勝てる魔術師のほうが少ないし、いいんじゃない?」
私なんてあんたと訓練してるときは割とすぐ懐に入られるしと文は少しため息をつく。
文が康太と訓練しているときは割と早々に懐に入られてしまう。当然懐に入られた瞬間に周囲を電撃で満たすことで強制的に離れさせているが、ほんの一瞬とはいえ康太の最大攻撃を加えられるだけの距離に入れることそのものが危険なのだ。
康太の攻撃密度が最も濃くなる場所、それは槍や拳の届くような超近距離。康太が最も使用している魔術である再現を無数に発動し、それこそ数十数百に至るほどの攻撃を一瞬で繰り出すのだ。
たとえ障壁魔術を発動してもこれをすべて防ぎきることは難しい。何せ康太がストックしている拳や槍の攻撃はほとんどが肉体強化がかかった状態のものなのだ。当たり所が悪ければ一撃で相手の意識を刈り取ることができるような拳に、当たれば絶命しかねないほどの威力を持った斬撃が無数に襲い掛かるのだ。
相手の命を奪いたくない康太は当てる場所を気を付けているとはいえ、それらを反射的に作り出した障壁で防ぐのはほぼ不可能である。




