少しだけ意識的に
「おぉー・・・こりゃまたすごいな・・・」
「いかにもスイートって感じね・・・無駄に広いわ・・・」
ホテルの人間から鍵を預かった康太と文は部屋の中に入りそれぞれ荷物を置いてその中の探索をしていた。
「おい見ろよこのテレビ・・・いったい何インチあるんだ・・・?」
「冷蔵庫の中もすごいわよ?飲み物たっぷり・・・ベッドも無駄に大きいし・・・この半分の部屋の大きさでもよかったんじゃないかしら・・・?」
「奏さんは相変わらずこういうこと大々的っていうか大げさにやるよな・・・ありがたいけど申し訳ないよ」
大人としての見栄なのか、それとも康太たちには良い思いをしてほしいと思っているだけなのか、どちらにせよ康太たちからすればありがたくもあり申し訳なくもある。
毎回食事をごちそうになっている間も感じている感覚だ。康太たちからすれば本当にうれしいのだがつらくもある。
「まぁとりあえず今日はもうゆっくりしようぜ・・・年末でテレビも特番しかやってないし・・・さっさと風呂入ってゆっくりしたい・・・」
「そうね・・・どっちが先に入る?」
「あぁ文先でいいぞ。俺はちょっと筋トレと魔術の練習してから入るから」
「疲れてても筋トレは欠かさないのね」
「日課だからな。こればっかりは欠かすわけにはいかんのよ」
毎日やっていることだからやらないと落ち着かないというのは文も理解できる。そして康太は特に未熟であることを自覚しているためにその傾向が強いのだろう。
筋トレをしながら魔術の練習をしだした康太を横目に、文は先に入浴する準備を始めていた。
「それじゃ先に入らせてもらうけど・・・覗かないでよ?」
「わかってるよ。俺だって不能になりたくないからな」
いつだったか、覗いたら不能にしてやるという言葉を覚えていたらしく康太は苦笑しながら筋トレを始めていた。さすがに自分の入浴を覗くようなことはしないだろうと文は少しだけ安心していた。
部屋にある脱衣所と風呂場にやってくると同時に、文は大きく深呼吸していた。
部屋は完全に区切られている。向こう側から部屋が見えるはずがない。だが意識するなというのは無理な話だ。
以前も康太と一緒の部屋で寝泊まりしたことはあるが、当時はこんな厄介な感情は抱いていなかったため特に気にしていなかった。
だが今はもう無理だ。気にしてしまう。扉を挟んで向こう側に康太がいるという状態で全裸になるということがどれほど難易度が高いことか。
文もそうだが康太はその気になれば覗きなんて簡単にできる。正確には索敵を用いたものだがそんなことは些細な問題だ。
むろん康太がそんなことをするような人種ではないのはわかっている。だがそれでも一抹の不安をぬぐいきれないのだ。
いっそのことしばらく康太にどこかに行ってもらうか、あるいは意識を失っていてくれるとありがたいのだがそんな簡単に事は運ばない。
飲み物を買ってきてほしいと頼もうにも冷蔵庫の中にいくらでも飲んでいい飲み物が山ほどあるのだ。
何か食べ物をといってもすでに夕食も済ませ腹は膨れている。それに最悪ルームサービスなどを頼めばいい。わざわざ疲れている状態で外出させるほどのことでもないのだ。
どうすればいいのか、そんなことを考えたところでもはや答えなどでない。文は意を決して自分が着ていた服を脱ぎ捨てる。
こうなってしまえばあとは早く体を洗うだけだ。しっかりと温まりたいところだが康太がいる空間でいつまでも全裸でいるのは文の羞恥心が許さない。
なんとも情けない限りだが、こればかりはどうしようもないのだ。恥ずかしいものは恥ずかしいのである。
少し前の文ならば康太の前で全裸になっても少し恥ずかしい程度だったはずなのに、今は康太が近くにいる状態で肌をさらすことそのものが恥ずかしくなってしまう。
変に思われたらどうしようだとか、失望されたらどうしようだとかそんなことばかり考えてしまう。
恋とは本当に面倒なものだなと思いながら文は勢いよくシャワーを浴びて髪と体を洗っていく。
そんなもどかしさを感じている中、文はふと部屋のほうにいる康太の動向が気になっていた。
もし自分の入浴をのぞこうとしていたら、そんなことを考えて索敵を発動すると康太は熱心に筋トレに励んでいた。
片手腕立てや逆立ちした状態で腕立てをしたり、腹筋背筋など何度も何度も筋肉に負荷をかけ続けている。
そしてそれと並行して魔術の訓練も行っているようだった。康太の周りにはわずかに風が発生している。そして康太の掌の中には小さな炎がともっていた。
風の魔術と火の魔術を同時に発動させる訓練のようだった。康太が属性魔術を覚えてからすでにだいぶ時間がたっている。
複数の属性の魔術を同時に操ることは問題なくできているようだった。康太の着実な成長を見て文は少しだけうれしくなっていた。
ここまでくれば属性魔術ももう一段階上の魔術を覚えさせてもいいかもしれないなと思いながら、文は自分の体を洗うことに集中し始めていた。
奏の手紙を見たからではないが、少し意識的にいつもより丁寧に、隅々までしっかりと洗っていた。
特に意識したとかそういうわけではないと自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、体の隅から隅までしっかりと汚れを落としていっていた。




