悪意ゼロの手紙
「よっしゃ到着―・・・っと・・・文、俺バイク停めてくるからその間にチェックイン済ませておいてくれ」
「わかったわ。名前は誰で登録してるの?」
「八篠康太で登録してあるはず。んじゃ先行っててくれ」
康太はホテルの地下にある駐車場にバイクを置きに行った。文は入り口前でこれから自分たちが宿泊するホテルを見上げる。
いったい何階建てなのだろうか、数えるのも億劫になるほどの高さを誇るホテル。これが学生風情が泊まるようなホテルではないことは容易に想像できた。
いったいどれくらいかかるのだろうかと思いながら中に入ると、受付と思わしき人物が文に気付きゆっくりと、そしてしっかりと頭を下げる。
「いらっしゃいませ。当ホテルへようこそ」
「えっと・・・予約している八篠康太です。本人は今バイクを駐車しに行ってますがすぐ来ると思います」
「八篠康太様・・・はい、伺っております。最上階のスイートですね。ではお連れ様が参られましたらご案内いたします。それと失礼ですが、鐘子文様でお間違いありませんでしょうか?」
「え?あ、はいそうですけど・・・」
「でしたら草野奏様よりお手紙を預かっております。どうぞ」
「え?奏さんから・・・?」
もとよりこのホテルの準備をしたのは奏だ。何かしら連絡があってもよいとは思うがなぜ紙面で渡す必要があったのだろうかと眉を顰める。
携帯の電話番号も教えてあるのだから電話でもくれればいいのにと思いながら文は受付から手紙を受け取るとそれを読み始める。
それは間違いなく文宛ての手紙だった。
『拝啓 鐘子文様。
私が手配したホテルでしっかりと休んでほしい。康太は手がかかる奴だが悪い男ではない。来年からも仲良くしてやってほしい。それと未成年で二人きりでの宿泊ということだが、二人とも魔術師でこういうことに慣れろと以前言ったのを覚えているだろうか。
今回は魔術師としての行動でも何でもない。とはいえアリスから文のことはすでに聞いている。余計なお世話かもしれないがこの機会にぜひ二人の距離が縮まればと思い、いい部屋を用意させてもらった。
恋人になるもよし、このままの関係を貫くもよし、それはお前の好きなタイミングでかまわない。
私は文のことを応援させてもらう。お前はいい女だ。自信を持ちなさい。
しっかりと楽しんで羽を伸ばすように。
追伸 避妊はしっかりしろよ 草野奏より』
文はこの手紙を読み終わった瞬間に思い切り破ってしまった。目の前にいた受付の人は若干冷や汗を流していたが、そんなことは気にならないほどに文は混乱していた。
アリスに相談した結果、その話が奏にも流れていたのだ。というかいつの間にアリスと奏はそんな話をするまでに仲が良くなったのか。いやそもそもこういったデリケートな内容の話を簡単にほかの人間に話すというのはどうなのだろうかと文は憤慨してしまっていた。
帰ったらアリスを思いきり締め上げてやると心に決めながら、手紙を握りつぶしていると目の前でおろおろしている受付の人と目が合う。
「あ、あはは・・・ありがとうございます。ところでこの手紙は奏さんが直接?」
「え、えぇ・・・視察にいらっしゃったときに・・・鐘子文様がいらっしゃいましたらお渡しするようにと・・・」
「あぁ・・・そうですか・・・ありがとうございます」
文としては非常に複雑な気分だった。康太のことが好きだという事実がいつの間にか奏にまで伝わっていたという事実もそうだが、応援してくれているということがうれしくもあり恥ずかしくもある。
まるで公開処刑だなと思いながらも文は顔を真っ赤にしてしまっていた。
というか告白もしていないというのにいきなりそういうことをするはずがないだろうと文は内心奏に怒りたい気分だったが、こんなホテルの一室を用意してもらっているのだ。感謝こそすれ恨む理由はない。
というか恨めない。奏はあくまで善意でやっていることなのだ。その善意を無碍にするわけにはいかない。
だがそれにしたって直接的すぎる表現だ。このことに関してだけは後で抗議しておくことにしようと心に決めたところでバイクを置いてきた康太がフロントにやってくる。
「文、チェックインできたか?」
「え!?あ、あぁできたわよ!あんた待ちだったところ!」
「ありゃ、悪かったな。すいません、今日予約してる八篠康太です」
「承っております。それではお部屋にご案内いたします」
「・・・さすがは奏さんの会社系列のホテルだな・・・しっかりしてるわ・・・」
「そういうのいいから・・・さっさと行くわよ」
「おう・・ていうか文その紙なんだ?」
「え?あぁりょ、領収書よ。一応私のほうにくるようになってたの」
「そうなのか。そういえば支払いとかはどうなってるんですか?」
「すでに草野様からいただいております」
「まじか・・・こりゃあの人からの依頼はかなりハードになるな・・・」
康太の意識は紙から奏から出されるであろう仕事へと移ったおかげで文はその手紙を即座にカバンの中にしまい込む。あとで焼却なりシュレッダーなりしておかなければと思いながら呼吸を整えていた。




