あきらめない男
この程度の攻撃では仕留め切れないだろうという康太の予測は正しかった。
康太の繰り出した炸裂鉄球はそのほとんどが氷の欠片で作り出された檻のようなもので防がれるか軌道を変えられていた。
おそらく康太がセットした鉄球の位置をあらかじめ把握していたのだろう。あの位置からどのように攻撃が来るかを予測し、なおかつその部分からの攻撃に対処できるように防御を確立しておいたのだ。
だが氷のつぶて程度ではいくつかの鉄球は防ぎきれなかったのだろう。肩や背中部分にいくつか鉄球がめり込み流血しているのがわかる。
とはいえ致命傷とは言えず、戦闘不能にするには至らない。
康太が直接放った再現の魔術もほとんど防がれていた。大量に存在している氷のつぶてを集めて盾代わりにしたのだろう、康太の放ったナイフの投擲はほとんど威力を失い、わずかに威力を残した状態で命中した槍の投擲も腕にかすっただけとなっていた。
徹底的に防御がうまい。おそらく相手は攻撃よりも防御に偏った魔術師なのだ。攻撃手段はそこまで大したことがなくとも、氷を使った防御がとてつもなくうまい。
直接防ぐだけではなく受け流したり軌道をそらせたりと、攻撃に対する反射速度が尋常ではない。
今までこういうタイプはいなかったなと、康太は集中を乱すことなくすでに使用した鉄球を支えていたウィルを回収し自分の体にまとわせる。
そしてこのままではらちが明かないかもしれないと、康太は自分の体から黒い瘴気を生み出していく。
通路全体を覆いつくした黒い瘴気は魔術師の体の中に入り込みその魔力を奪い取っていく。
魔術師からすれば視界を奪われ、魔力を吸い取られるという悪条件が重なっていることになる。
いや、さらに言えばアリスの朗読が加わっているために視覚と聴覚を両方つぶされている状態に近い。
この状態で相手が頼るのは索敵の魔術だ。索敵による状況判断は慣れたものでなければ反応が一手二手と遅れが生じる。
康太の行動に文も康太がやろうとしていることを察したのか、魔術を発動していた。
壁や天井を這うような電撃が一瞬駆け巡ったかと思うと、康太の背後からいくつもの電撃の塊が魔術師めがけて飛翔していく。
それを攻撃だと認識した魔術師は氷のつぶてを盾代わりに防御しようとするが、氷のつぶての群れに直撃したかと思うと電撃は氷のつぶてに帯電していく。
そして強く壁や天井に引き寄せられていき氷のつぶてのほとんどは壁や天井に張り付いてしまった。
相手の防御手段の奪取。文は徹底的に康太の攻撃を補助する形だ。壁や天井に張り付けることで康太の移動も阻害しない。康太は目の前にあった氷のつぶてに文の電撃が着弾した瞬間に動き始めていた。
肉体強化をかけた状態での接近、相手の魔術師は氷のつぶてが自分の意思に反してまるで康太に道を開けるように壁や天井に張り付いたのを確認して目を見開いていた。
康太が槍を振りかぶり攻撃しようとした瞬間、魔術師の両腕に氷の刃が顕現し康太の槍を受け止めた。
負傷している身でよくやると康太は舌打ちしていたが、同時にさすがは場数を踏んだ魔術師だと感心していた。
康太が攻撃しようとしてもさらに対応して見せる。
諦めが悪いという表現は少々言い方が悪いが、彼の行動はまさにそれだ。今まで戦闘を何度も潜り抜けた、戦いに対して神聖なものがあると思っている魔術師たちとは違う。
戦いを目的とする魔術師と違い、この魔術師は戦いを一種の手段として見ているのだ。それは康太たちと同じである。
康太は短い槍を振るい相手の防御を切り崩そうとする。槍を振り回すことでの連撃、両腕に刃を顕現している魔術師とはいえ康太の槍捌きにはついていけていない。徐々にその体が切り刻まれていく。
康太はそれを見て接近戦ならやはり自分に分があると確信したのか、ここで遠隔動作の魔術を発動する。
正面から襲い掛かる康太の槍、そして康太は遠隔動作の魔術を使うことで背面に槍の動作を作り出すことで疑似的に挟み撃ちの形をとって見せた。
唐突に背後からの攻撃を受けた魔術師は完全に動揺し、一瞬索敵の意識を背後に向けて確認するがそこには誰もいない。
いったい何から攻撃されたのかわからないという状態に混乱していたが、その混乱が収まるのを待つほど康太は優しくはない。
遠隔動作に加えて再現の魔術を発動し、さらに前面への攻撃の密度を上昇させる。槍の攻撃を増やしたことで魔術師が持っていた氷の刃は耐久力の限界が来たのか徐々に亀裂が生まれ、康太が思い切り槍をたたきつけた瞬間に砕けてしまう。
もうすでに魔術師は満身創痍だ。前面にも背面にも傷を抱え、もはや長く行動はできないだろう。
客観的に見れば勝敗は決している。もうこれ以上戦っても勝負の結果は見えている。
これ以上の戦いに意味はないように思えるだろうが、康太も魔術師もそう思っていないようだった。
まだ相手はあきらめていない。直接対峙している康太は相手の闘志がわずかでも衰えていないことに気付いていた。
あきらめるわけにはいかないという闘志が満ち溢れている。あきらめた瞬間に自分は終わるかのような執着だ。
この魔術師は気絶するまであきらめないなと、康太は攻撃を繰り出しながら部屋の方々に配置していたウィルを少しずつ回収していった。
もはや魔術師は完全に防戦一方だった。氷の盾と鎧を作り出すことで康太の攻撃をかろうじて防いでいる状態である。
だが康太は相手がまだ隠しだねを用意しているように思えてならなかった。この諦めの悪さに加えて、今までの彼の立ち回り、そして今もこうしてぎりぎりで康太の攻撃をしのぎ続けている。
これは何か奥の手があるように思えたのだ。
康太は槍と魔術を駆使しながらも深く切り込むような攻め方はせず、いつでも反撃を回避、あるいは対応できるように適度に攻め続けていた。
今の状態でも相手に手傷を負わせることはできている。ならば無理に攻め方を変えて無駄に負傷することはない。
康太のその様子を見て文は無理な攻め方をせず、持久戦になっても構わないから確実に相手を倒そうとしているということを察する。
普段小百合を相手にしているときに近い、無理な攻めはせず、常に防御に意識を割いた戦い方だった。
無論それでも近接戦における攻撃力は康太のほうが上だ。相手の防御を切り崩すにはこの程度の攻め方で十分なのだ。
文は康太の攻め方を見て、もう一つ何かアクションがあれば倒しきることもできるだろうと感じ、近くに張り巡らされていたウィルを見つけて魔術を発動する。
徐々に康太の体のほうに引き寄せられているウィルを見て、文は今のウィルと康太の状況を索敵の魔術を使って詳細に把握していた。
そして問題がないと確認してから近くを移動しているウィルを掴む。
「ウィル、このまま少しじっとしてなさい。ビーの体にしっかりまとわりついてるのよ?あとあいつの槍にちょっとだけ体を伸ばして」
文の言葉にウィルは了承したという意を込めて体を震わせる。
もとより康太の体に鎧としてまとわりついていたウィルは、康太の体からほんの少しだけ軟体状の体を伸ばしてその槍に絡みついた。
それを確認すると文は魔術を発動する。自分以外のものに発動するのは初めてのことであるため成功するかは微妙だったが、どうやらうまく発動してくれたようだった。
文が発動したのはエンチャントの魔術。電撃をウィルを伝って康太の槍に宿らせたのである。
ウィルをつなげた状態で発動しているために高い集中力が必要だが、相手の攻撃が自分に来ないとわかっている状態ならばその程度の芸当は不可能ではない。
自分の槍の矛先に電撃が発生したのを見て康太は文が何かしたのだということを理解すると同時にその槍を魔術師めがけてふるう。
相手は今氷の鎧と刃を用いて康太の攻撃を何とか避けているところだったのだ。康太の槍に電撃の力が宿ったことでその鎧は全く意味を持たないものになってしまう。
康太の槍が鎧に触れた瞬間、文によって込められた電撃の力がその体に襲い掛かる。槍そのものを氷で受け止められても氷を伝わって体に襲い掛かる電撃まではどうしようもなかった。
相手が電撃によって体を大きく痙攣させている中、康太は勝機であると感じ槍を操り勢いよく打突を繰り出す。
その打突に拡大動作の魔術を込め、氷の鎧ごと相手の体へとたたきつけた。
強い衝撃が加えられ、氷の鎧が砕けながら後方へと体を吹き飛ばす中、魔術師はとっさに魔術を発動していた。
その魔術は防御でも、退避のための魔術でもない。それは康太への攻撃魔術だった。
勢いよく吹き飛ばされたことで周囲に存在していた氷の粒がわずかに宙に舞い、さらに砕けた鎧が空中に投げ出された瞬間、魔術師の体からいくつもの光の筋が放たれる。
その光は砕け散った氷の欠片へと吸い込まれるように向かっていき、氷の性質を利用した光の屈折を利用して多角的に康太へと襲い掛かる。
ここにきて光の魔術であるとは思えない。先ほどまで見ていた冷気の弾丸と同種のものだろうかと思い、康太はとっさに後方へと跳躍し光が収束する場所から退避した。
瞬間、先ほどまで康太のいた場所が急激に熱量を放ち始める。いや正確には屈折により収束された場所のみが熱を放っているというべきだろうか。
複数の光を当てた場所にのみ、多量の熱量を発生させる、あるいはその場所そのものを温める魔術。
もしこの光を直接体で受けていたらどうなってたか。そしてあの氷の欠片の群れを放置していたらどうなっていたか。
そんなことを想像して康太は背筋が寒くなるのを感じ取っていた。
だがこの攻撃を放つために相手は全く受け身をとらなかった。そのためにあった集中力をすべてこの魔術に託したのだ、当然といえるだろう。
康太の槍の打突を受けた魔術師は後方にある壁まで吹き飛ばされたたきつけられる。もうこれで向かってはこないだろうと思った瞬間、康太は自分の考えが甘いことを思い知らされていた。
文が壁に貼り付けている氷の破片の群れ、その破片めがけて先ほどと同種の光が放たれていたのである。
康太の体に直撃こそしなかったものの、反射した光は康太の槍に当たり槍の温度を急激に上げていた。
康太は自身の槍の材質は詳しく知らないが、高熱を持った瞬間康太の槍の矛先が赤く変色し、わずかにその形を変えてしまう。
先ほどの康太の体への攻撃は囮で槍を破壊することこそ本命。康太は相手がまだあきらめていないということに驚きながら、同時に感動していた。
これほどの魔術師がいるとは思わなかったのである。少なくともこれほどまで康太に食いついてきた魔術師はこの男が初めてだ。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




