地下二階と良心の呵責
今の戦闘で一人倒すことに成功し、もう一人は地下三階にいる。これで相手を逃がす可能性は少なくなったと喜ぶべきなのだろうが、戦力を削ったと同時に康太たちは相手に気付かれてしまった。
文の索敵妨害はまだそこまで精度が高いというわけではない。唐突に魔術師が一人倒されたのだ。魔術師の意識は地下三階から地下一階、地下二階部分に向くだろう。
康太たちは今地下一階と地下二階をつなぐ階段部分にいる。この時点で索敵に引っかかっても不思議はない。
その証拠に地下三階にいた魔術師は地下三階の探索を一時切り上げて上の階へと足を進めようとしていた。
「来たわね・・・地下二階部分で迎撃しましょ」
「オッケーだ。ちなみにまだ索敵妨害してるのか?」
「一応ね・・・どれくらい効き目があるかわからないけど」
索敵妨害というのはあくまで広範囲を索敵している場合にしか効果を及ぼさない。特定の場所を索敵し、なおかつその特定の場所に自分たちがいた場合、かなり練度が高くないとその効果を及ぼさないのだ。
脳の補完機能を利用した索敵妨害にはこういった欠点もある。特定の場所を調べられれば簡単に暴かれてしまうのである。
「ビーの武器の貯蔵状態はどんな感じ?まだいける?」
「おうよ。まだ半分くらい道具は残ってるぞ。一斉攻撃しかけるか?」
「室内だからね・・・大事に使いましょ。ところどころにちりばめる感じにしたほうがいいと思うわ」
「室内だから槍の扱いはあんまり期待しないでくれよ?っとちょいまち・・・いいこと考えた・・・!」
康太は笑みを浮かべながら自分の盾やお手玉などをウィルに持たせて移動させていく。勝手に動くスライムもどきは本当に便利だなと思いながらその様子を眺めていた。
その体を細く変形させ、まるで手のように形を変えるとウィルは体を部屋中に伸ばしていく。
通路の天井や曲がり角の壁際、部屋の入り口などにその体を伸ばしてお手玉などの炸裂鉄球が収められた道具をセットしていく。
まるで移動砲台のようである。もっともセットしているのは罠であるために移動式のトラップというべきだろうか。
「よくもまぁそういうことを考えつくわよね・・・えげつない使い方して・・・」
「俺って室内での戦闘能力が若干低いからさ・・・こういう槍が振るいにくいような狭い場所だと特に・・・だからいろいろ考えてるんだぞ?」
「それはいいことだけど・・・ウィル的にはいいわけ?こんな感じで使われるのは」
文の問いかけにウィルは震えるだけでまともな返事は返そうとはしなかった。それが肯定なのか否定なのか、歓迎なのか拒否なのか文には分らなかった。
「ていうかアリス、まだ朗読は続けてるわけ?」
「もちろんだ。今一章が終わったところだぞ。まだまだ先は長い」
「・・・早いところ拷問は終わらせたほうがいいかもな・・・これはちょっと俺でも心が痛い・・・」
「あんたでも心が痛いって相当ね・・・ていうかあんたでも心が痛むことがあったってことに驚きだわ」
失礼なこと言う奴だなと悪態をつきながらも、康太は相手が戦闘状態に移行したことに気付いていた。
自分の作品が朗読され続けているという事実にだいぶ集中を乱しているようではあるが、こちらに対して強い敵意を向けているのがわかる。
「ベル、俺が前に出るからいつも通り頼むぞ」
「了解、ちょくちょくフォローいれるから、行ってきなさい」
「おう、行ってきます」
康太はゆっくり立ち上がると軽く準備運動をし始める。
狭い屋内では槍などはうまく扱えない。そのため康太は部品を一部外すことで槍の長さを変え、普段よりさらに短い槍として扱おうとしていた。
威力と射程が若干落ちるかもしれないがないよりはましだ。軽く振り回して感覚を確かめながら康太は進んでいく。
相手は地下三階からすでに地下二階にたどり着いている。康太は地下二階のほぼ真ん中の通路に位置していた。
相手が康太のところにくるにはあと数メートル先に進まなければいけない。
だが相手も康太がこの場にいるということをすでに気づいているのだろう、一歩進むごとにその警戒が強くなっているのがわかる。
すでに康太は文の索敵妨害の範囲から抜けている。相手も康太の存在にはすでに認識しているのだ。
距離にして十数メートル。魔術師にとってはっきり言ってほぼないに等しいその距離は康太と相手の距離と警戒を明確に、確実に形にしていた。
相手がどう出るかはわからないが、相手は良くも悪くも集中を乱されている。
何せ自分の書いた小説を朗読されているのだ。羞恥心に満ちているのに加え、その黒歴史が相手の手に渡っているという最悪の想像もしなければいけないのだから。
精神状態は最悪。集中も全くできていないだろう。康太にとって比較的有利な状況が出来上がっていく中、康太は集中を高めていく。
どのタイミングで仕掛けを発動するのが最適か見極めるため、索敵の魔術を発動しながら相手の様子をうかがっていた。




