急襲の地下一階
「では・・・読むぞ。準備は良いか?」
「オッケーよ。感情をこめて読んであげなさい」
「もうあきらめたよ・・・せめて心の傷が小さいうちに終わらせてやろう・・・」
黒歴史の朗読など人によっては一生もののトラウマになるだろうが、文もアリスも全く躊躇する様子はなかった。
読み上げられていく独特の文章。特徴的なセリフ回しやどこかで見たことのあるような典型的な物語。そして意図的に感動させようとしているのが見え見えなストーリー展開。
そして何より凝りすぎな設定とそれを活かしきれていない主人公やヒロインたちの動きなどなど、挙げればきりがない。
唐突に聞こえてきたそんな謎の文章に、意味が分からないといった反応をしたのは地下一階にいた魔術師だ。
そしてその物語に過剰に反応し、上下左右へと視線を動かしてどこから聞こえてくるのか、誰がこれを読んでいるのか確かめようとしているのは地上でどこかへと連絡を取ろうとしていた魔術師だ。
アリスが意気揚々と文章を読み上げ、設定を公開し、感情を乗せて全力で各キャラクターのセリフを演じていく。
文章が進むたびに、設定が一つ公開されるたびに、セリフが読み上げられるたびに地上にいる魔術師は顔を赤くしたり青くしたりしていた。
間違いない、この小説を書いたのは今一階にいる魔術師だ。
彼にとっては災難だろう。何せ自分がかつて書いた黒歴史が何者かに朗読されているのだから。
それが肉声によるものだったらまだよかった。だが聞こえてくるこの声は魔術によるもの。つまりどこまで聞こえているのかわからないのだ。
それこそこの町一帯にまで聞こえているかもしれない。もしかしたら日本全国に響いているかもしれない。
そう考えるとこの声の主を探さずにはいられなかった。魔術師は連絡を取ろうとしていたことを完全に忘れ、地下三階へと全力疾走していた。
この本が読まれている、あるいは見つかったということは地下三階に何かしらの変調があったということだ。
その変調を確かめなければ話は先に進められないと思ったのだろう。実際その考えは正しい。一直線に走っていく魔術師は地下二階部分に隠れている康太たちの存在に全く気付くことはなかった。
「・・・わぉ・・・すごい勢いだったわね・・・一目散っていうのはきっとあぁいうのを言うのね」
「それだけあの黒歴史が思い入れ深いってことだよ・・・それだけあの人にとっての恥だってことなんだよ・・・」
「それなら捨てればいいのに・・・変なの・・・」
捨てられたら苦労はないんだよなぁと康太は目頭が熱くなるのを感じながらも気持ちを切り替えようとしていた。
地上部分にいた魔術師がいなくなったことで、逃げられる可能性はかなり低くなった。この段階で地下一階にいる魔術師を仕留めたほうがいいだろう。
先ほど片割れが全力疾走で地下三階に向かったことから、地下一階にいる魔術師は軽く放心状態になってしまっている。
無理もないだろう。いきなり痛々しい内容の小説が頭の中で朗読されていたかと思えば相方が全力で地下に降りて行ったのだから。
いったい何が起こったのかを考えるのと同時に、今何が起こっているのかを思考するので忙しかった。
「俺の合図で仕掛けるぞ。ベル、フォロー頼む」
「アイアイサー。好きなタイミングでどうぞ。うまく合わせてあげるわ」
康太と文は地下一階と二階をつなぐ階段部分までやってくると一瞬視線を合わせ、ほぼ同時に攻撃魔術を発動した。
康太はあらかじめ地下一階に仕掛けていた炸裂鉄球の罠を発動し、文は扉を勢いよく開けて電撃を放っていた。
唐突に襲い掛かる鉄球と電撃に、魔術師はほとんど反応することができないようだった。だが頭の中で延々と謎の小説が朗読されている状況に多少の警戒心は抱いていたのか、防御用の魔術を張ることには成功していた。
だがそれで防げたのは文が放った電撃のみだった。勢いよく開け放たれた扉からの攻撃は防げても、部屋中から襲い掛かる鉄球からその身を守ることはできなかった。
むろん康太の鉄球もすべてが命中したわけではない。罠の性質上、射線上にある鉄球しか命中はしなかった。
仕掛けた罠のうち、約三割ほどしか命中しなかった形となる。
だがそれでも十分すぎる成果だった。
腕、肩、腰、足、体中に鉄球を受けた魔術師はかなりの負傷を強いられ、その場に倒れそうになってしまう。
だが康太は倒れることを許さなかった。遠隔動作の魔術で思い切り魔術師の顎をアッパーの形で殴りつける。
強引に立たされた魔術師めがけて文の電撃が再び襲い掛かる。激しい痛みと急激に頭を揺らされたことで軽い脳震盪を起こしている状態で満足に魔術を発動できなかったのか、防御用の障壁を張ることもかなわずに魔術師は文の電撃を受け止めた。
体を大きく痙攣させた魔術師はその時点で意識を手放したのか、崩れ落ちるようにその場に倒れ伏す。
まずは一人と康太と文は軽くハイタッチをしながらうまく不意打ちが決まったことを喜んでいた。




