悪魔のような策
「戻ってくるな・・・一階部分は戻せていないから・・・すぐに気付くぞ」
「いっそのことこのまま気づかれないようにして逃げるのも手だけど・・・?」
「やめたほうがいいわ・・・私の索敵妨害が万全で、なおかつ光の隠匿が完璧だったらそれもよかったかもだけど・・・ついでに言えばここが地上の二階とか三階だったらよかったんだけどね・・・」
「あぁ、そうすれば飛んでいけるしな・・・地下だと出入り口以外に逃げ場がないしな・・・」
何者かに侵入されたという時点で相手のとる対応は二種類に分かれる。特にそれが地下であればさらにその傾向は強くなっていく。
中に入り何が盗まれたか、そしてどのような状況であるかを確認する。そして出入り口を固める、この二つだ。
特に地下であれば出入り口を固める人員は必須だ。さらに言えば相手は二人いる。片方が中に入り込んで確認し、もう一人が出入り口を固めるというのが確実かつ安定した対応といえるだろう。
康太たちからすれば逃げ場を奪われるという形になるが、相手がわざわざ戦力を分割してくれるのであればありがたい限りである。
「どうする?一階部分で撃退するか、二階部分まで入った時点で迎撃するか」
「どうしましょうか・・・ぶっちゃけ二階まで行かせると挟み撃ちの形になるけど・・・その分相手の連携は難しくなる・・・でも一階部分で撃退すると相手は挟み撃ちはできなくなるけど連携がしやすくなる・・・」
「一階部分には罠を山ほど仕掛けてあるから一人くらいなら仕留められると思うぞ?ただ相手の命は保証できないけど」
康太が仕掛けた罠をすべて同時に発動すると、一階部分に存在する生き物はおそらく穴だらけになるだろう。
そんな状況では防御態勢を取らないと間違いなく死んでしまう。
うまく相手が死なない程度に連鎖させる形で打ち込まなければならなくなる。
逆に言えばひとりまでであれば確実に仕留められるということだ。
二人が同時に防御したらどうなるかわからないが、一人だけの防御であれば突破できる自信はある。
特に相手が油断している状態での不意打ちならばまず間違いなく一人は仕留められる。
「なら二階部分におびき寄せてまず一人倒しましょ。それで一人が一階部分に入ってきたら倒すって形で」
「相手が二手にわかれたらの話だけどな。そうじゃなかったら一階部分で迎撃しようぜ」
「そうね・・・アリス、上の連中の動きは?」
「もうすぐ入り口に差し掛かるな・・・まだ異変には気づいていないようだが」
アリスの索敵を頼りにしながら康太と文は地下二階部分で待機し、地下一階部分に魔術師二人が地下に入ってくるのを待っていた。
「にしてもどれくらいの時間で帰ってきたの・・・?一時間経過した?」
「ぎりぎり一時間経っていないな・・・図書館の連中がやる気がないのか、それとも連中の勘が鋭いのか・・・どちらにせよ面倒なことには変わりないの」
「戦わずに逃げられれば良かったんだけどね・・・そういうわけにもいかないわ。ちなみにアリスだったら余裕で逃げられるでしょ?」
「もちろんだ。真横にいても気づかれないようにできるぞ」
「・・・ビー、アリスに本をもって離脱してもらうことも考えておくべきだと思うわ」
アリスはこの場にいながらにして問題なく脱出できるだけの実力を持った魔術師だ。
おそらく現代の魔術師では本気で隠れ、逃げようとしたアリスを見つけることは誰にもできないだろう。
この場で最も優先されるべきは魔導書の安全だ。アリスならば戦闘に巻き込まれる前にこの場を離脱することができるだろう。
仮に康太たちがあの魔術師たちに敗北したとしても、魔導書の安全だけは確保することができる。
「確かにそれもありだな・・・アリス的にはどうだ?」
「んー・・・正直私だけ離脱というのはあまり好ましくないな。せっかくここまで来たというのに先に帰るのは少々心が痛む」
「心が痛むって・・・別に気にするようなことでもないでしょうに」
「気にする気にしないの問題ではない。私がのけ者扱いされるというのがいやなのだ」
「・・・あぁ、心が痛むってそっちのほうね・・・」
康太たちに協力できなくて心苦しくなるのではなく、単純に自分が一人除け者にされてしまうということに心が痛むのだ。
なんとも自分本位な考え方だなと思いながら康太と文は小さくため息をつく。
「となると、アリスはここにいてもらわなきゃならなくなるな・・・どうするよ?俺としては別に構わないけれども」
「それでも魔導書自体はアリスに預けておくべきだと思うわ。仮にこの場から離脱しなくても、直接戦う私たちよりは安全だと思う」
「それもそうだな・・・それじゃアリス、魔導書は任せたぞ」
康太はウィルの中から魔導書を取り出すとそれらをアリスに持たせる。これでアリスはあの中二病全開の黒歴史の本と加えて四冊の本を有していることになる。
「任された。この本はしっかりと守ろう。他にやるべきことができたら言ってくれ。明らかに面倒なものでない限りは引き受けよう」
「頼りにしてるわ。そろそろ入ってくるかしら・・・?」
「もう俺の索敵にも引っかかってるな・・・もう建物の中に入るぞ」
康太たちが地下二階の一角に隠れている間に、魔術師二人はもう康太たちのいる建物の中に入ろうとしていた。
あとは異常に気付いてこちらにどのような形で入ってくるかが問題である。
アリスの読み通り、建物の中に入ってきた魔術師たちは即座にその異変に気が付いていた。
康太たちが入ってきた扉、そしてその扉から一直線に伸びる地下へ通じている道。ここに至るまでにわずかではあるが誰かが通った形跡が残っているのだ。
二人は即座に地下へと続く扉を確認するがそれが開いている。納戸の荷物がわずかにどかされ、地下への扉が開きっぱなしになっていることを確認し何者かが侵入してきていると考えるのは自然な流れだっただろう。
即座に索敵魔術を発動し地下に今も誰かがいるか、そして地下がどうなっているかを確認する。
地下一階部分はかなり荒らされていた。康太が事前に暴れまわったように、そして何かを探し回ったように見せるためにだいぶ荒らしてある。
そして索敵の魔術で地下二階部分にいる康太たちを見つけることはできなかった。文の使う索敵妨害の魔術が彼らの索敵を阻害し、康太たちの姿そのものを見つけにくくしているのである。
冷静に一つ一つ確認していけば、康太たちの姿を索敵で見つけることくらいはできたかもしれないが、二人の意識は地下三階のほうへと向いていた。
魔導書が保管してあった地下三階に二人の意識が向いてしまうのは無理のない話だろう。
この地下空間にだれもいないとなれば外に探しに行く可能性もある。康太たちは息をひそめて二人の出方を確認していく。
一人は地下への階段を降り始め、一人は携帯で何やらどこかに連絡を取ろうとしていた。だが連絡が取れないのか苛立った様子で壁を思い切り蹴り始める。
一人の魔術師は地下一階に降りてくるとその惨状を見て額に手を当ててしまっていた。
地下一階部分は荒らしてはあるものの何も盗んではいない。だがこれだけ乱雑になっていては何が無事で何が無事ではないのかその判断も難しいだろう。
相手の意識をそらせるには十分すぎる。特に一度索敵をして誰もいないということを確認しているがゆえに完全に油断してしまっている。
これが索敵ができないただの人間だったのなら、おそらく中に誰かいないかしっかりと確認したうえで地下に入ってきただろう。
だが魔術師であり、索敵という魔術を覚えてしまっているがゆえに索敵という魔術に絶対的な自信と信頼を抱いてしまい完全に油断してしまうのだ。
文が覚えた索敵妨害は魔術師相手にはかなり効果的な魔術といえるだろう。
こういった潜入系の行動では特に役に立つ。
地下一階に入ってきた魔術師は荒らされた物品一つ一つを確認しながら何がなくなっているのかを確認しようとしている。
地下二階のほうに移らないのは地下一階部分しか派手に荒らされていないからだろうか。
「どうする?この段階で一人倒しておくか?あの位置なら問題なく攻撃できるぞ?」
「・・・それもありだけど・・・それはつまり相手にまだ私たちがここにいるって知らせるようなものね・・・どうしたものかしら・・・」
「つぶせる戦力は早めにつぶしておいたほうがいいと思うんだよな・・・その所どうよ?」
「けど一階にいる段階でそれやると逃げられる可能性もあるのよね・・・逃がさないようにうまく引きずり込めないかしら」
「・・・いっそのこと無理やり引き込むか?遠隔動作なら多少は引っ張れるぞ?」
魔術師二人を可能ならばこの地下空間に置いておきたい二人としては、一人だけが地下空間にいるというのはあまり良い状態とは言えない。
無論戦力が分割されているのはありがたい限りなのだが、文の言うように逃げられる可能性が高いのもまた事実。
「いっそのこと俺が囮になって地下二階のほうに走ろうか?そうすればさすがにばれるだろうし・・・」
「・・・それもありだけど・・・微妙ね・・・相手が地下三階の魔導書の異変に気付いてくれてればいいんだけど・・・」
「金庫はちゃんと閉めてきちゃったからな・・・相手がちゃんと索敵しないとわからないか・・・?」
「相手が何か気づいてくれるようなアピールでもする?それとも気づいてるからこそあぁして地上にいるのかもよ?」
「なるほど・・・地下にだれもいなくて隠してるものもなければ仲間に連絡するとか・・・あるいは取引先に報告とか?」
「取引先に報告はしないでしょうね。こういうのってまずはぎりぎりまで粘るものでしょ。もし上にいるのが取引先との連絡先を知ってるのであれば是が非でも捕まえないと」
「なおさら逃がすわけにはいかなくなったな・・・さてどうするか・・・」
康太と文が悩んでいると、先ほどまで黙って二人の様子を見ていたアリスが何やら視界の隅をうろうろしだす。
どちらの視界にも入る位置を見つけると何やら急に胸を張りだした。
まるで「ここは私の出番ではないのか?」といっているようである。
康太と文はそんなアリスに一瞬視線を向けてから仕方がないとため息をついて話を先に進めることにした。
「俺がうまく誘導してみるよ。いや、誘導っていうよりは思い切り引き込むって感じかな・・・できなくはないと思う」
「でも大丈夫?相手に抵抗されたら」
「いきなり一本背負いされてとっさに抵抗できるか?魔術師だから受け身くらいは取れるだろうけどそれ以上は難しくないか?」
人間にも反応速度というものがあり、とっさの不意打ちに対して行動できる時間は数秒といわれている。
特に最初から警戒しているのではなく油断している状態でのリアクションタイムはそれなりに長い。康太だって完全に油断している時では攻撃をよけられない時だってあるのだ。
「じゃあそれでいきましょ・・・タイミングはあんたに任せるわ。相手が中に入ってきたと同時に一斉攻撃。いいわね?」
「オッケーだ・・・ってアリス、どうかしたか?」
「いいや・・・どうもしていない。お前たちは自分たちで立派に魔術師として行動できるのだ。私のようなものがいなくても」
またこいつは拗ねだしたよと康太と文は眉間にしわを寄せてしまっていた。
さすがにこれ以上干渉させるのは自分たちのためにならないしなと二人がどうしようか考えているとき、文は妙案を思いつく。
「そうだアリス、ならおびき寄せるのはあんたにお願いするわ」
「おいベル・・・さすがにそういうのは」
「まぁまぁいいから。お願いできる?」
「・・・まぁいいだろう。地上にいるやつをおびき寄せればよいのだな?強引に引っ張りこんでもよいのだろう?」
アリスのやる気に満ちた声を聴いて文は少しだけ安心するが、アリスの提案に対しては首を横に振った。
「そんなことしなくてもいいわ。あんたにはちょっと頼みがあるのよ。さっきあんたに渡しておいた本覚えてる?」
「魔導書ではないただの小説のことか?」
「そう、それを魔術を使って読んでほしいのよ」
魔術を使って読む。その言葉の意味が一瞬理解できなかった康太だが、アリスができる行動を思いついたとき一瞬血の気が引いた。
「魔術で読むとは・・・つまりこの辺りにいる人間全員に聞こえるようにすればよいということか?」
「そういうこと。なるべく地下から聞こえてくるような感じにしてくれるとおびき寄せやすいと思わない?」
「それくらいならできるが・・・そんなことで地下に足を運んでくれるだろうか・・・?」
「間違いなく運ぶわね。少なくともあの二人のどっちか・・・あ、いや・・・私たちが倒した一人も可能性あるから・・・まぁ三分の一・・・いや三分の二の確率であの二人のどちらかが反応するはずよ」
「そんなことをして意味があるのか?自分で書いた文章を読まれるくらいで・・・」
「ありまくりよ。この本にはそれだけの破壊力があるんだから」
そんな考えをすぐに思いついてしまうお前は悪魔的な発想を持っているなと康太は心の中で号泣してた。
まさか考え付いていた中でも最も心に響くこの場の全員に向けての朗読を即断してしまうとは。
これが過去、黒歴史を作ったものと作らなかった者の意識の違いというものなのだろうかと康太は目頭が熱くなるのが抑えられなかった。
「なぁ二人とも・・・何もそこまでしなくていいんじゃないのか・・・?もっと別の方法があると思うんだけど・・・」
「何言ってるのよ。この辺りにいる人間全員に放送したほうがいい?そうすればいやでも行動おこすと思うけど?」
「なんでお前はそうやって相手の心を壊そうとするんだよ。もうちょっとマイルドにやってくれよ頼むから」
「壊すのが得意なあんたに言われたくないわよ・・・っていうかなんでそんなに反対してるわけ?」
なぜといわれても康太としては答えを返せない。いや返答はできるのだ。ただ康太が同情に近い感情を抱いているだけであって、それ以上でもそれ以下でもない。
逆に言えば康太はこの本だけは魔術とかそういうところには触れてほしくないのだ。思春期の象徴とでもいうようなこの本は、誰にも知られずにひっそりと本棚の奥にしまわれているべきだったのだ。
見つけ出しておいてこんなことを言うのは明らかに矛盾しているのは理解しているが、あの本を利用した行動にはあまり賛同できなかった。
無論それを文たちに納得させられるだけの材料がないのも理解している。だからこそ反論できないのだ。
「・・・いや・・・大丈夫だ・・・お前たちの好きなようにやってくれ・・・ただ俺の耳には届かないようにしてくれると助かる」
「あぁそれは私もお願い。あんな文章聞いてたらたぶん集中できなくなるだろうから。そのあたりの調整はお願いね」
「ふむ、任せておくがいい。では待っていろ、まずは軽く本を読んでおく」
さわりの文章だけでもまずは読んですぐに魔術を発動できるようにするのだろう、アリスは懐の中に入れてあった名前もない黒歴史の本を取り出すとそれを読み始める。
アリスはこういったものに対して偏見はない。むしろ昔は自分で本を作るのが当たり前だった時代なのだ。
こういうものに対して何の偏見もなければ嫌悪感もない。これが当然であるとさえ思っているのだ。
彼女にとってこの黒歴史の本はほかの小説と何ら変わらない一冊の本に等しいのである。
それを朗読したところでいったい何の意味があるのか彼女は理解できないだろう。だが現代を生きる二人からすればこの本がいったいどれだけの価値と破壊力を持っているのかよくわかる。
そしてそれは地上と地下二階にいる魔術師も同様だ。この本の真の破壊力を知っている人間はこの世で一人。この本を生み出したものだけである。
誤字報告を十件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




