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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十四話「世代交代と新参者」

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弟弟子のために

康太は支部長の許可を取った後で以前文も足を運んだ死体安置所の方に向かっていた。


今まで半年以上協会に足を運んだことのある康太だが、死体安置所に入るのは初めての事だった。


そもそも死体などと関わりを持つことがなかったために、その必要もなかった。何より死体をわざわざ見たいとは思わなかったのだ。


だが今回はそれを見なければならない。見る必要があるのだ。


マウ・フォウのことを疑うわけではないが、やはり自分の目でしっかりと確認しなければならない。


支部長のところに親類への対応の確認をする必要もあったために、ここで自分の目で見ておく必要があると思ったのだ。


「失礼します、ブライトビーです」


「ん・・・あぁ来たかい、話は聞いているよ。初めましてブライトビー。ここの管理をしているフールツールだ」


独特の果実の仮面をつけた男性が差し出してきた手を康太は抵抗なく受け入れそのまま握手をする。


以前文から聞いていた通りの外見だ。口調からしても穏やかな人種であることがうかがえる。


だが今はこのフールツールの事よりも早く確認しなければいけないことがある。


「それで・・・最近見つかった埋められていた死体の件ですが」


「あぁわかっているよ。ちょうどついさっき処置が終わったところでね・・・その死体の中のどれかに関しては君の方で確認してくれるかな。あと一応これいる?」


そういってエチケット袋を取り出してくるが、康太はそれを受け取らなかった。今更死体くらいで吐くほど康太は軟弱ではない。


何度も死を経験し、いくつもの死体を見てきた康太がただ埋められただけの死体に反応するはずもなかった。


徐々に一般人としての繊細さを失いつつあるなと思いながら、康太はフールツールの案内に従って死体が置かれている場所を移動していく。


ガラスに収められた、まるで検体を保存しているかのような場所に、康太は不意に理科室を思い出す。


数々の生き物をガラス瓶の中に収めている理科室のそれとどこか似た雰囲気を醸し出しているのは仕方のない話なのかもしれない。


少なくとも普通の死体安置所とは全く異なるだろう。あれが事務的に、法律にのっとって行われているものであるのに比べ、これは一時的に、しかも法を無視して勝手に行われているのだ。


扱われている技術も科学ではなく魔術。普通ならこんな場所に死体を置いておいたら数日で腐ってしまうだろうが、その傾向はみられない。


康太が今まで見たこともなかったような技術が数々使われているのを確認しながら先に進むと、康太の目の前にいくつもの死体が並べられている光景が飛び込んできた。


その死体は特にこれといった外傷は見られない。生きたまま埋められたという話の通りおそらく窒息死したのだろう。


ところどころ皮膚が破れていたり、体が不自然に膨らんだり、口から血が出たりしているようだったがそれらが腐敗によるものであるということは康太もすぐに理解できた。


それでもほとんど原形をとどめているのはこの死体たちが地中深くに埋められていたのが原因の一つだろう。


これが野ざらしになっていたら野生動物たち、あるいは腐敗がひどく進行して元の顔も何もわからない状態になっていた可能性が高い。


この状態で発見できたのはむしろ幸運だと思うべきだろうか、早い段階でマウ・フォウに依頼を出してよかったと心底思う。


「これが埋められてた死体群だね。お気に召す死体はあるかな?」


「・・・どれもこれも気に入ったりはしませんけど・・・ありますね・・・探してた人たちが・・・」


そこにいるではなく、あるといった康太の言葉にフールツールは康太の本質をほんの少しではあるが理解していた。


康太は死体を人ではなく物として扱っている。生きている人間は個人として尊重し、最低限の礼節をもって扱うが、死体に対してはすでにそこに人としての礼儀は感じられない。


康太自身その言葉の変化に気付いているだろうか、探していた人といいながら、その死体をもの扱いしているということに。


康太は二つの遺体を見ながら仮面の奥で悲痛な表情をする。


できるなら見つかってほしくなかった。可能なら生きていてほしかった。


今まであったこともない赤の他人だというのに、名前どころか顔も知らなかったような人間だというのに、これほど生きていてほしいと切望したことはなかった。


すべては弟弟子のために。


あの子が健やかに育つためには親の存在が必要不可欠だ。その必要不可欠な存在はもはや戻ってこない。


魔術師の自分勝手な行動によって、周りの迷惑を考えない自己中心的な活動によって、その存在はもう二度と戻らないものとなってしまった。


もうこの二人は動くことはない。声を出すことも、表情を変えることも、自分の娘を抱き上げることもできない。


この事実をどうやって伝えればいいのか、どうやって神加に教えればいいのか、康太はうなだれてしまっていた。


呼吸が荒くなっているのがわかる。これが怒りが原因なのか、それとも別の何かが原因なのかはわからなかった。


康太は今自分がどんな顔をしているのか、仮面越しに自分の顔を触れるがそれを理解することはできなかった。



「・・・袋、いるかい?」


「・・・いえ、大丈夫です」


うなだれている康太の様子を見て吐きそうだと考えたのか、フールツールは康太にエチケット袋を差し出してくるが、康太は首を横に振ってそれを断った。


吐きそうなのではない。胃の内容物を出したいのではなく、この体の中にたまっている鬱憤を吐き出したい気分だった。


師匠である小百合が言った言葉の意味がようやく本当の意味で理解できた。理解できてしまった。


なるほど、こんな気分ならば八つ当たりとして、鬱憤晴らしとして暴れても仕方がない。今目の前にこれをやった人物がいたのなら、康太も同じようにしたかもしれない。いや間違いなくしただろう。


本当の意味で、康太は小百合の弟子としてふさわしくなりつつあるということに本人も気づかない。


弟子は師に似る。本質的に康太は徐々にではあるが小百合に似つつあるのだ。それが良いことなのかどうかは本人にもわからないが。


「君はこの前来たライリーベルに比べるとずいぶんと素直な性格みたいだね」


「素直って・・・どういうことです?」


確かに文は意地っ張りなところがあるが、自分もそこまで素直な方ではないと康太は考えていたが、フールツールは仮面越しでもわかるほどに笑みを浮かべていた。


「いや・・・君の態度というべきなのかな?なんていうか、さっきから見てる二つの死体、これを見てずっと死んでほしくなかったって言ってるよ」


「・・・あれ?俺口に出してましたか?」


「口には出してなかったけれどね、何というか雰囲気でわかったよ。ライリーベルはそういう感情は露骨には出さなかったよ。怒ってはいたみたいだけどね」


やっぱり文も死体を見て怒っていたのかと、康太は少しだけ文の感情を理解しつつも目を伏せてからもう一度目の前にある死体に視線を向ける。


「この死体は・・・どうなりますか?」


「どうなるも何も、必要な処置をしてから排出されるよ。もう聞いているんだろう?」


そう、康太はすでに知っている。この死体がこの後どうなるのか。どのようにして処置されどのような最期を迎えるのか。


だが、それで本当にいいのかとも思ってしまっていた。


確かに協会からすれば死体をいつまでも抱え込んでいるわけにはいかないだろう。場所も取るし手間もかかる。


それなら必要な処置を終えてさっさと世に出してしまったほうが後が楽になる。


だが、そうするとたぶん神加はこれから二度と両親の顔を見ないままになってしまうだろう。


仮に葬式を上げたとしても、あの精神状態では記憶に残るかも怪しいものだ。


そんな状態で会わせるならば、もう少し回復してから会わせたほうがいいように思える。


「・・・その死体の処理、遅らせることってできますか?」


「遅らせるって・・・後回しにするってことかな?」


「はい、まだほかにもたくさん死体は出てくると思います。なので他の死体を優先してこの二つの死体を後回しに・・・そういうことできますか?」


可能なら、神加が精神的に安定してから、葬式などは上げるようにしてやりたい。あるいは精神状態が安定してから彼女にこの二つの死体を見せてやりたい。


それが彼女にとって良いことになるかどうかはわからない。だがもう二度と会えなくなるかもしれない両親の顔を、今の状態で会わせることがよいことだとは思えなかった。


もちろん、逆に不安定な時に見せたほうがいいのかもしれない。今小百合がやっていることではないが、不安定な間に精神的に衝撃を与えるようなことをして精神に余計な負担をかけさせないようにすることも必要かもしれない。


安定してから両親の死を突き付ければ、その分神加は心に傷を負うだろう。今神加に両親の死を突き付ければそれを避けることだってできる。


どちらが正しいのかは康太にはわからない。だが今すぐに死体を処分してしまっては、片方の手段をとることはできなくなる。


それなら少しだけ処置を遅らせることを優先するべきではないかと思ったのだ。


「もちろん可能さ。具体的にはどれくらい遅らせてほしいとかあるかな?」


「・・・それはわかりません・・・現段階でどれくらいまで遅らせられますか?」


今この場にある死体は十三。神加の両親の二つの死体を除けば十一の死体があることになる。


それを鑑みてどれほど遅らせられるのか、フールツールは考え始めていた。


「ここにあるだけなら・・・長くて二年ってところかな。もちろん同地区からこれ以上死体が上がらない場合に限られるけど」


二年。その歳月は神加が精神を安定させるに十分な時間だろうか。子供の成長速度は早い。だが精神の回復となると話は別だ。


神加の精神がどのように変化していくのか、回復に向かうのか、それとも悪化していくのかそれは誰にもわからないのだ。


少なくとも自分だけではこの決定を下すことはできない。せめて師匠である小百合と兄弟子である真理に話を聞くべきだと思っていた。


「とりあえず少しの間待ってくれますか?その間にいろいろ確認しておきたいことがありますので・・・なるべく早いうちに結論は出します」


「・・・わかったよ。若いんだからしっかり悩むといい。その分だけ出した結論は重くなるからね」


悩んだ分だけ出した結論は重くなる。その重さが良いものであるかどうかはさておき、悩まずに出した結論は軽く、簡単に覆ってしまう。年寄りらしい言葉だなと康太は薄く笑ってしまっていた。










「ということです・・・どうするのがいいか、正直迷ってます」


康太は自分が見てきたものと、自分の考えを小百合と真理に話していた。


すでにこの日の修業は終えているのか、神加は疲れて眠ってしまい、アリスは神加についている状態のようだった。


普段であれば真理も神加についているのだが今回の件ばかりは真理の意見も聞きたいということで小百合とともに康太の話を聞いてもらっているのだ。


現段階で神加の両親がすでに死んでいるということを本人に伝えるべきか、それとも精神状態が少しでもまともになってから話すべきか。


精神状態が安定している状態で話せば、神加は確実に心に傷を負うだろう。逆に今のような精神的に不安定な状態に話せば、そもそも話した内容そのものを理解できない可能性もあるし、今以上に精神状態が不安定になる可能性もある。


康太としては精神状態が安定してから、神加が少しでもまともな状態になってから彼女の両親のことを話してやりたかった。


「・・・私としては今の段階で話すべきではないと思います。ただでさえ不安定な状態をさらに不安定にさせかねません。最悪精神崩壊を招く可能性もあります・・・今は彼女の回復を待つべきです」


「・・・精神崩壊を起こす可能性に関しては同意する。魔術を身に着けるまでは待て。だが安定するのを待つ必要はないだろうな。あいつが魔術師になった後は好きなタイミングで打ち明ければいい」


真理の神加の体調を気遣うような発言とは異なり、小百合のそれは神加が魔術師になってしまえばそれでいいかのようなものだった。


まるで、魔術師になった後はどうとでもなる、あるいは魔術師にしてしまえばあとは関係ないとでもいうかのようであった。


その言葉に康太と真理は眉をひそめてしまう。


「正気ですか師匠、ただでさえあの状態なのに・・・」


「あの状態だからこそ魔術の修業ができている。魔術を習得しない間にあの状態が崩れるのはこちらとしても好ましい状態ではないが、魔術師として登録されてしまえばあいつは正式に私の弟子になる。あとはどうなろうとあいつの勝手だ」


「そんな・・・!あの子はまだあんなに小さいんですよ?」


「魔術師に年齢は関係ない。あのバカはあいつを私の庇護下に入れることを第一にといった。それをこなせば私はお役御免だろう?」


小百合は自分の意志で神加を弟子にした。神加を守るだけの価値があると、神加を弟子にするだけの価値があるとどこかしらで感じ取ったからでもある。


だがそれは神加の本質的なものを見たからではない。その片鱗をほんのわずかに感じ取ったからに過ぎない。


小百合は自身の勘を信じているからといって妄信するわけではない。判断材料を増やして総合的に判断するのだ。


仮にこのままつぶれるようであれば、神加は自分の弟子にはふさわしくない。仮に素質を持っていたとしても、こんなところでつぶれてしまうようなものを鍛えるつもりは小百合にはないのだ。


それでも弟子にするといったのは支部長に対しての義理だろうか、神加を守ることはする。だがそれはほかの魔術師が神加の体質を狙ってきた場合のみだ。それ以外の理由で小百合が神加の人生に干渉するつもりは今のところなかった。


そう、今のところは。


「少しはあの子の気持ちも考えてください、あんな小さなうちからあんな目にあって・・・かわいそうとか思わないんですか?」


「気の毒だとは思うがな、それはそれこれはこれだ。厄介な奴を抱え込んでやるだけありがたいと思ってほしいくらいだ」


「師匠、それ本気で言ってるんですか?」


康太の鋭い視線に、小百合は平然としたままだ。康太の視線にはわずかに殺気すら込められていることに真理は気づいている。


神加の状態を知って、神加の身の回りのことを知れば知るほど、これからどうなるかを調べれば調べるほどに、あの子を守らなければいけないという考えが康太の中には浮かんでくるのだ。


だというのに自分の師匠はそれをしようとしない。いや、意図的にしないようにしている節さえある。


守るのは彼女の体だけ。神加の体質だけだ。それ以外のものを守ろうとしていない。心や将来といった本来人間に必要なものを小百合は意図的に無視している。


「本気だったら何だというんだ?あいつが魔術師として生きたいと望むなら、私はあいつを鍛えよう。だがその前につぶれてしまうなら私の弟子にはなりえない。お前たちを鍛えているのはお前たち自身がそれを望んだからに他ならない」


「・・・あんな小さな子にも一人前の考えを押し付けるんですか?」


「当たり前だ。あいつはこれから魔術師として一人前にならなければいけないんだ。魔術師として登録された時点ですでにある意味一人前として見られる。あいつは早い段階でそれを決めなければいけないんだ」


それが正気であろうと、あるいは狂気であろうと、神加はすでに多くのものに狙われる状態になってしまっている。


康太のそれとは比べ物にならない、小百合の弟子だからという理由ではなく、彼女自身の体質がそれを強要する。


だからこそ小百合は彼女に強いているのだ、一人前の考えを。そして耐えられないのであれば壊れてしまったほうが幸せであると本気で考えている。


小百合の考えは、ある意味彼女に対する優しさなのかもしれない。この世の中で親はすでになく、魔術師であることを強要され、しかも周りの魔術師たちは自分の体を、その体質を狙ってくる。


そんな状態をあんな小さな子供に背負わせるくらいならばいっそ心を壊して何も感じないようにさせてやった方が楽なのではないか。


壊すことしか知らない、壊すことしかできない小百合ができる唯一の救済策なのかもわからない。だがその方法をとるのはまだ早すぎる。そして何より康太も真理もまだ彼女が自分たちと同じようにこの苦境を耐えられる可能性を信じていた。


当然、耐えるというからにはそれ相応の苦痛が生じるだろう。自分たちがその苦痛を少しでも和らげてやらなければならない。


師匠がこんな感じなのだ、自分たちがやるしかないと康太と真理は意気込んでいた。


「師匠、とりあえず神加の状態が少し安定してからこのことは打ち明けようと思います。なのでそれまで彼女の両親は協会の方で保管していてもらおうと思います」


「なんだ、結局私の意見なんて無視するんじゃないか。相談しておいて全く意味のない話し合いだったな」


「むしろ師匠が相変わらずぶっ飛んだ考えばっかりするから心が決まったんですよ。そういうところ本当に師匠らしいですよね」


「なんだ急に、そんなに急に褒められると気持ちが悪いぞ」


ほめてないですよと康太と真理が同時に突っ込むと小百合は全くこの弟子たちはとため息をつきながら立ち上がる。


そして自分の魔術師装束をもってどこかに行こうとしていた。


「師匠、どちらに?」


「協会に行く。経過報告をあのバカにしなけりゃならん・・・それについでにあいつの両親のことについても話しておく。私から直接話をした方があのバカも了承しやすいだろうからな」


「要するにまた支部長に無茶苦茶いうつもりなんですね・・・支部長の胃に穴が開いても知りませんよ?」


「お前からの提案なんだ、そこまではストレスにならんだろう。まぁついでにいろいろと手を回しておく。かわいい愛弟子のためだからな」


「どの口が言うんですか全く」


先ほどまで彼女の人生など気にした様子もなかったような人物がかわいい愛弟子などといっても全く説得力がない。


小百合なりの最大限の皮肉のつもりなのだろう、こちらとしては苦笑も失笑もできない内容なのだが。


小百合が店から出ていくのを見送った後で康太と真理は大きくため息をついていた。


今後自分たちの負担が増えるのはいつものこととして、問題なのはこれから先の神加の容態である。


彼女の今後がどのようなものになるのかしっかりと見極めなければ神加の将来に関わってきてしまうだろう。


「師匠はあてになりませんから、私たちが何とかするほかありませんね」


「そうですね、そういう意味ではいつも通りといえなくもないですけれど・・・」


「まぁそうですけど・・・そういえば文さんの方はどうなのでしょうか?ある程度お手伝いしてくれるんですか?」


「比較的協力的であるとは思います。あいつ自身神加の境遇にいろいろと思うところがあるっぽいですよ」


文も幼いころから魔術を習っていた。小学校に上がる前から魔術師として生きてきた彼女にとって神加の境遇は似て非なるものではあるものの、全く無視するということはできないのだ。


何せ彼女は神加の頭の中を、その記憶を何度も覗き見ている。その体験してきたものや見てきたもの、感じたものをダイレクトに理解してしまっているがゆえに放っておくことはできないのである。


「文さんが力を貸してくれるのであれば心強いです。彼女は非常に常識的な考えの持ち主ですからね」


「全くです。師匠ももう少し姉さんや文みたいなまともな考えをしてくれればありがたいんですけど」


「あはは、それは天地がひっくり返ってもあり得ませんよ。それこそタイムマシンで過去に戻って師匠が生まれたあたりからやり直さないと」


小百合がいないのをいいことに言いたい放題だなといわれるかもしれないが、この二人は本人が目の前にいても平然とこのような話題を繰り広げるために別に気にするようなことでもないのかもしれない。


普段の生活から小百合のことを全くと言っていいほどに尊敬していないという点ではこの兄弟弟子は共通点が多いだろう。


「とにかく神加さんの調子を常に観察していないといけませんね・・・アリスさんにもそのあたりの協力を要請した方がよさそうです」


「姉さんの方では肉体面は良くても精神面のカバーは難しいですか?」


「できなくはありませんが・・・私はどちらかというと肉体の方が得意ですね・・・精神だと一つ間違えば壊してしまうので・・・」


そういえばこの人も小百合の弟子だったなと康太は思い出す。康太より長い年月をかけてまともな魔術師に見えるように鍛え上げたとはいえ、もともと彼女は小百合から破壊の魔術しか教えてもらってきていないのだ。


普通の魔術よりもずっと破壊の魔術のほうが得意なのである。


康太と真理がそんなことを話していると、真理の表情がほんのわずかに険しくなる。


その表情は真理が緊張状態を強いられているときのものであると康太は知っていた。


一体何を感じ取ったのか、康太は即座に索敵の魔術を発動するが康太の狭い索敵範囲の魔術では真理が感じ取った変調を感じ取ることはできなかった。


「姉さん、どうしましたか?」


「・・・いえ・・・ここに魔術師が接近してきていますね」


「・・・客ですか?」


「客ならいいんですが・・・このタイミングでですか・・・」


小百合の不在、そして神加の睡眠中、この状況で客が来るにはいささかタイミングが良すぎるように真理は感じたのだ。


無論この場所が店として形を成している以上、何かしらを買い物に来た客の可能性だって十分にある。


日はとうに落ち、周囲はすでにだいぶ暗くなっている。魔術師が動く時間であることに間違いはないし、何か道具を買いに来たとしても不思議はない。


だが真理が警戒の色を強めたということは何かあるのだ。


「何人ですか?大体買いに来るときって一人ですよね」


「・・・三人ですね・・・買い物というには随分と大勢のお客様です」


大抵魔術師が何かを買いに来るときは一人でやってくるものだ。他の魔術師に何を買ったのかを知られないようにするという意味でも、あまり大勢でこの辺鄙な店にやってくると不自然だという意味でもほとんどの客が一人でやってくる。


時折協会関係の人間が二人くらいで来ることはあるが、それもどちらかというと買い方を教えるとかそういう類の内容であって、買うために人数が必要ということはまずない。


小百合が不在の時に限って、そして神加がこの場にいる時に普段なら絶対に来ないであろう三人の客。なるほど真理が警戒するのもうなずける内容だった。


「俺が出て様子をうかがいましょうか?相手の出方によっては、姉さんならすぐに対応可能なはずです」


「・・・正直このあたりで争いはしたくないんですけど・・・」


「あぁ・・・そういえばこのあたりは中立地帯なんでしたっけ?そういう事情を知らないやつらってことは、結構若い魔術師かもしれませんね」


このあたりはかつて小百合の師匠である智代が店を構え、あらゆる魔術師に物を売っていたということもあって一種の中立地帯になっている。


小百合の店に害を与えてはいけない。そして店に物を買いに来た魔術師を攻撃してもいけない。そういった暗黙の了解が出来上がっているのだ。


仮に今接近してきている三人の魔術師がこちらを攻撃、あるいは神加を目的にしているとして、こちらの店に害を与えるということをしないという暗黙の了解を破ることになってしまう。


そういった事情を知らないのであれば仕方のない話だが、そうなるとある程度若い魔術師である可能性がある。康太でも十分対応可能なのではないかと思える相手だ。


「ならこの店に手を出そうとしたらどうなるかしっかりと勉強してもらいましょう。姉さんはここの守りを。やばそうなら助太刀に来てください」


「・・・わかりました。こちらから手を出してはいけませんよ?必ず相手に先に手を出させてください」


「専守防衛ってことですか。了解しました」


そういって康太は魔術師装束を着込みながら神加の寝ている部屋までやってくる。そこには神加が安静にできるようにアリスとウィルが控えていた。


「何やら騒がしくなりそうだの・・・手助けは必要か?」


「必要ない。アリスは万が一のことを考えてここを・・・神加を守っててくれ、絶対に怪我一つさせないでほしい」


「・・・承知した。全く弟弟子想いだの」


「茶化すなよ。ウィルは俺と来てくれ、戦闘になるかもしれない」


康太の指示にウィルは全身を震わせて喜びを表現しながら康太の体にまとわりつく。ちょうど魔術師装束の下に鎧を形成するような形で、そして外套そのもの、仮面を覆う形で康太の体を守り始める。


康太は自分の槍を持った状態で店を出ようとする。今のところ自分の索敵に反応はない。やはりこの索敵は戦闘用のものだなと思いながら店で待っている真理の方を見る。


「姉さん、接近する三人の魔術師の方角はどっちですか?」


「北北東ですね。三人固まって動いています。こちらにだいぶ接近してきていますね、道を無視しているあたり屋根の上を通っているかと・・・距離約百五十」


百五十メートルでは康太の索敵には引っかからない。だが目視できない距離ではない。


康太はその方角に意識を定めてから一呼吸おいて再び真理の方を向く。


「じゃあ姉さん行ってきます。万が一の時は頼みます」


「わかりました。どうか気を付けて」


兄弟子の心配の言葉を受けながら康太は再現の魔術を発動して屋根の上へと駆け上がる。


真理の言った北北東の方角に目を向けると、暗がりで分かりにくいが確かに動いているものが三つあるように思える。


人影とまで鮮明には見えないが、それでもあれが件の魔術師三名であるというのは康太にも理解できた。

あれが客か、それとも敵か。現段階では判断できないが警戒した方がいいだろう。


さてどう対応したものかと考えながらとりあえず康太は接近することにした。


これ以上あの三人を店に近づけるのは危険と判断したのである。何かしらの理由をつけてお引き取り願うか、あるいは三人の目的を先に明かさなければならない。


どういう理由なら伝わりやすいだろうかと考えながら康太は屋根伝いに移動を開始した。


「そこで止まれ、そこの三人組」


康太が静かな声でそういうと、屋根伝いに移動し続けていた三人組はその声に従って動きを止めた。


康太の声に対してだいぶ警戒しているのか、すでに戦闘態勢に入っているような構えをとっている。


これは確定的だろうかと考えながらも、まだ判断材料が足りないなと康太は引き続き相手の情報を探ろうとする。


「ここから先は我が師、デブリス・クラリスの縄張りだ。何の用があってここに来た?」


そういいながら康太は片目を閉じて三人に対して物理解析の魔術を発動する。見え見えの手筒を作るわけにもいかず、余計な情報が頭の中に一気に入ってくるが、それでも目の前の三人の外見上の特徴や見た目有している道具などの詳細は把握できた。


一人がナイフを、一人が盾のようなものを持っている。一人は一見何も持っていないように見えるが外套に隠れてうまく解析できない。


買い物をしに来るにはいささか物騒な装備だなと思いながら康太は三人組の返答を待つことにした。


三人組は一瞬顔を見合わせてから小さくうなずくと代表者なのか、一人が前に出て手を広げてこちらに敵意がないことを示していた。


「初めまして、俺はヤヤ・ラヘイ、こっちのがヤカセ・サンナ、こっちがクダ・モー、俺たちは君の師匠の店に買い物に来たんだ」


紹介されたごとに康太は彼らの特徴を把握しようとする。


代表者として出てきたヤヤ・ラヘイ、やや身長は低いが堂々とした立ち振る舞いだ。おそらく彼がこの三人のリーダー格なのだろう。


紹介されたヤカセ・サンナは身長は高めだが細身の体をしている。発言していないから判断できないがもしかしたら女性の可能性もある。


同じく紹介されたクダ・モー。この中では一番体格がいい。百八十センチを越え、なおかつ体格もいい。外見上この中では一番強そうな相手だ。


先ほどの解析でヤヤとヤカセがそれぞれナイフと盾を持っているのは確認済みだ。


康太はここで索敵の魔術を発動する。近距離でしか使えない代わりにその場に何があるのかを詳細に把握できるこの魔術ならば、彼らが何を持っているのかはしっかりと把握できる。


康太はここでこの三人全員が武器を有しているということを把握できた。


まだ康太の索敵の技術が未熟なせいで正確な数は把握できないが、ナイフや盾だけではない、完全に武装してきているのが康太の目にも明らかになる。


魔術師の外套で隠してはいるが、いつでも戦いができるように、すでに後ろの二人、ヤカセとクダは武器に手をかけていた。


買い物に来たという言葉に康太は眉をひそめた。


どの世界に武器を持った状態で買い物に来る人間がいるだろうか。アメリカあたりならありえたかもしれないがここは日本だ。魔術師だったとして、帰りに襲われる可能性を考慮してもそこまでして奪うようなものは小百合の店にあるかと聞かれると疑問なところだった。


「三人一緒にお買い物とは、ずいぶん仲が良いように見えるな」


「あぁ、子供のころからの付き合いでな。初めて買いに来たんだ」


初めて買いに来たのなら一緒に来て一緒に学ぼうというのもうなずける話だが、それでも康太の中の何かが警鐘を鳴らしている。


この三人は敵であると、康太の中の何かが告げていた。


「ちなみに何を買いに来た?初めて来たということはそのあたりもわからないんじゃないか?」


「そうなんだよ、とりあえず倉庫の中に何があるのかを確認して、実際に見せてもらってから買おうかと思ってて」


「なに?それは無理だ、うちは倉庫に客を入れることはない。カタログを見せてほしいものを列挙して、サンプルを渡してから購入という形をとってるんだ」


実際康太の知る限り小百合の店で客を倉庫の中に入れたことは一度もない。入れるのはそれなりに信頼を勝ち得たものか、事情があるものだけだ。


普通に買いに来るものはたいていあらかじめカタログを見て、ほしい物のサンプルをどこかで渡してもらい、それを確認したうえで購入という形になる。


店まで来るのは倉庫にあるものを取りに行きやすくするためだ。


「いやでも、実際に何があるのか見たいからさ、頼めないかな?」


「無理だ。これはうちの店の絶対の規則だ。倉庫に入られて商品を荒らされたのではたまったものではないからな」


あの場にある商品はすべて魔術師用のものばかりだ。勝手に使われたり、適当なことをして暴発されでもしたら他の商品にも被害が出る。


何よりこの三人が初めて買いに来たとしても、神加を目的にしていたとしても店に入れるのはともかく倉庫に入れるということはありえなかった。


「俺らそんなことしないって。約束するよ!絶対だ!」


「口だけなら何とでもいえる。何より武器の類をもって買い物に来た人間の発言を信用しろというのか?」


武器を持っているということをいつの間にか把握されているということにヤヤは若干慌てているようだったがそんなことはないと声を大きくする。


「買い物をしたいのであればカタログを渡そう。そのうえでほしいものを列挙してくれればその種類の商品のいくつかをサンプルとして持っていこう。だが渡すのは協会の日本支部だ。お前たちは店に入れない、俺の判断で危険と判断した」


「んな勝手な・・・こっちは客だぞ!?買い物に来てるんだぞ!?」


「だからどうした。それが嫌なら別の店にでも行け。第一明らかにやる気満々な態度をしていながら何を言うか。見逃してやってるだけでもありがたいと思え」


誤字報告25件分受けたので六回分投稿


活動報告を投稿しました。


これからもお楽しみいただければ幸いです

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