協会の裏側
「一応助言しておくけれど、彼女の親類にあう場合は注意した方がいいよ。少なくとも安易にあの子と会わせるべきではないね」
「それは・・・そうかもしれませんね・・・状況が状況ですし」
マウ・フォウが調べてきてくれた神加の、天野家のそれに連なる家系図を見る限り今なお生きている彼女の身内と呼べる存在は多くいる。
現段階で最も近い身内は神加の父親の姉、つまりは伯母と母親の弟、つまり叔父にあたる。
そして両親の祖父母は両方健在であり法律や親権などにのっとるのであれば身内である彼らが神加を引き取るのが筋が通っているように思う。
だがそれはつまり彼らに神加の両親の死亡を伝えなければいけないということになる。
神加の両親の死体は今魔術協会の方で管理されている。
いまだ死体の対応も決まっていないというのにそんな状態でいきなり両親が死んだこと、そして神加の今後をどうするかなど話すことができるはずもない。
そもそも今回神加の両親を殺した魔術師グループが、神加の親族にまで暗示などの処置をしたとも考えられない。
そのためいきなり話しかければ魔術の存在が露見しかねないのである。
「ちなみにこの家系図の方は協会には・・・」
「もちろん報告してあるよ。死体が上がっている以上後処理をしなければいけないからね。そしてその身内を魔術師にしなければいけない以上、対処は決まってくる」
「・・・死体が上がるたびにこういうことをしなければいけないんですね」
「そういう手順もあってたいてい処理できる死体にも順序が出てくるんだよ。そのおかげであまり一度に死体を排出することができなくなるわけだね」
一度に大量の死体が一つの個所から見つかればそれだけ強い違和感を一般人に与えることになってしまう。
だが死体が発生した場合の後処理、この場合は身内に対する隠匿処理になるが、これの必要数に応じて死体を排出しても問題ないかどうかが決まってくる。
その死体の身内が多ければ多いほど処理は多くなり、少なければ少ないほどに早期に排出することができる。
そのため一度に死体が発生しても死体ごとに排出できる時期が変化するのだ。その変化によって定期的、あるいは時間を空けて死体を一般人にもわかるような形で排出するために一度に死体が排出されることは基本的にはない。
そして今回の神加の身内に対しても同じだ。魔術に関わった死体が上がった時点で、身内の人間には当然隠匿処理がなされる。
その処理について、康太はあまりにも無知だった。
「ちなみに・・・その処理っていうのは具体的には・・・?」
「具体的には記憶の消去や操作、あるいは認識の変化かな・・・消すことができる記憶ならいいけれど、ほとんどの場合は無理だからたいていは記憶操作か認識操作になるかな」
「認識操作・・・?」
「・・・わかりやすく言えば『その人のことが大事』という考えを『その人の事なんてどうでもいい』と思わせることだよ」
簡単に言ってはいるが、彼が言っていることが恐ろしいことであるということを康太は理解できていた。
つまりは人間の考え方そのものを変えることができるということだ。暗示の魔術もある意味そういった魔術に近い。
だが認識を変えるということが一体どういうことであるか、康太はその魔術の恐ろしさを理解できていた。
「でも・・・そんな魔術・・・難易度はすごく高いんじゃ・・・」
「そうだね、だから大抵は記憶操作と併用した認識操作が必要になるよ。存在しない記憶をでっちあげてその人の考え方を変える。そうすることで身内の死に対して無関心にできる。問題が少ないように、気にならないように」
身内の死に対して無関心になる。それほど残酷なことがあるだろうか。
一概には言えないが身内というのは何よりも心配するべき存在の一つだ。そんな存在を無関心になるほどのものに変えられてしまうというのが一体どういうことか。
康太も魔術師になってそれなりの時間がたったが、魔術の隠匿のために人間の、家族にとって必要不可欠な感情さえも変えてしまうということに戦慄してしまっていた。
「そんな・・・そんなの・・・」
「でもそれをしないと魔術の存在が露呈しかねない。君も魔術師なんだからそのくらいはわかるだろう?」
わかっている。わかっているつもりだ。康太だって普段魔術師として行動する際に自分の家族に暗示の魔術をかけてその存在が露呈しないようにしているのだ。
やっていること自体はそれと変わりない。むしろ同じことだ。
家族の心配を捻じ曲げて勝手に行動している。魔術師としての行動を一般人に知られてはならない。
そんなことはわかっているつもりだった。そう、つもりだった。
身近に神加という存在ができたことで、自分がやってきたことの本当の意味を理解してしまったことで、康太は気が重くなっていた。
「彼女の両親の対応とその親族の対応に関しては協会に問い合わせるといい。場合によっては現段階で本人に伝えることも必要かもしれないけれど・・・これ以上僕の方から言うのは筋違いだね・・・少しおせっかいだったかもしれない」
「・・・いえ、ありがとうございます。少し考えが改まりました」
マウ・フォウが助言をしてくれなかったら康太は神加を親族たちに引き合わせていたかもしれない。何も考えずどうなるかもわからず。
神加とその親族に関しては慎重に動かなければいけないのだと認識を改め、康太はどうするべきかを考えていた。
康太はマウ・フォウへ依頼達成の報酬を支払うと日本支部へと向かっていた。
依頼結果が出たところで確認しなければいけないことができてしまったのだ。
それは回収された神加の両親の遺体の確認と今後の神加の親族に対する対応に関してである。
実際に目で見なければいけないだけに気が重いが、それでもこれだけは自分がやらなければいけないだろう。
可能なら師匠である小百合や兄弟子である真理も一緒に来てほしかったところだが二人は今神加の修業にかかりきりだ。唯一手が空いている自分が出てくるのは至極当然の流れだろう。
「今度は君が来るとはね・・・まぁ内容は何となくわかるけども」
「はい、うちの兄弟弟子の両親が発見されたそうで・・・その確認をと思いまして」
支部長のもとにやってくると、彼は来るのはわかっていたというような声と言葉で康太を迎えてくれた。
康太と文が何のために動いているのか、支部長はすでに把握しているのだ。その行動を読むことくらいは容易だろう。
「遺体の確認・・・ね・・・クラリスは今あの子のところに?」
「えぇ、本当だったら師匠にも来てほしかったんですけど・・・いろいろ確認したいこともありますし・・・」
「一応これから保護者になるわけだからね・・・まぁそのあたりはこっちからクラリスを呼び出すなりして話をするさ・・・彼女のことだからお前がこっちにこいとか言いそうだけども」
「その時は俺と姉さんが引きずってでも連れていきますよ。今回ばっかりはしっかり話さないといけませんから」
話さなければいけない内容というのが今後の神加が生活するうえで必要な対処なのだから、これから神加の保護者代わりとなる小百合は話をしておかなければならない。
特に神加の親類への対応と、今後の神加の生活については特に入念に話しておく必要があるだろう。
「君から見てあの子の様子はどんな感じだい?ライリーベルの話ではまだまだ不安定であるようなことを言っていたけれど」
「・・・今のところ修業自体は普通にやってます・・・それがかえって怖いですね。あの子の記憶を少し見たんですけど・・・ひどいもんでしたよ・・・ぐちゃぐちゃでまともに前のことを思い出せない状態だと思います」
「・・・無意識のうちに記憶の削除や改変をしようとしたのかもしれないね・・・やっぱり精神的にだいぶ不安定になっているか・・・普通ならそんな状態で魔術の修業はさせられないんだけど・・・」
「そういうわけにもいかないようです。とにかくあの子を魔術師にして正式に弟子にした方がいいというのが師匠の考えのようで・・・」
間違ってはいないんだけどなぁと支部長はつぶやきながら頭を掻きむしる。小百合の言うことも間違いではないのだ。
神加の体質を考えると、少しでも早く正式に魔術師にして小百合の弟子という形を作り小百合の庇護下に入れる必要がある。
決して小百合は焦っているわけではない。あの修業は康太もやったものだし何より修業の風景を見てもそこまでスケジュールを詰めているという感じもない。
どちらかというと小百合は神加の精神が不安定な状態のうちに彼女を魔術師にしておきたいという感じなのだ。
その考えも理解できる。不安定だからこそ何の疑問も抱かずに魔術の修業を行えているのだ。
もし精神状態が少しでもまともになって正常な思考が少しでもできるようになれば魔術の修業よりも自分の家族の安否を確認することを優先するようになるだろう。
そうなったら魔術の修業どころではない。だからこそ小百合は精神状態が不安定なまま修業させているのだ。
「彼女の考えもわからないでもないけどね・・・とにかくあの子に関しては君たちの方でいろいろと気にかけてあげてくれるかい?あの子の才能は魔術協会としても貴重だ。壊れてしまわないように気をつけてあげてくれ」
「それはもちろん善処しますけど・・・両親のことを考えると・・・いつそのことを話したものかと・・・」
ただでさえ精神状態が不安定なところにやってきた両親の死。あんな状態の神加にそのことを告げたら一体どうなってしまうか分かったものではない。
精神が不安定だからこそ何も感じないかもしれない。逆に最後の支えになっていたものが壊れて精神崩壊を起こすかもしれない。
どうなるかわからないだけに手が出せないのだ。もう少し、せめてもう少し精神状態がよくなってくれればそういった判断もできるのだが。
「下手に動かないほうがいいというのはわかるよ。そのあたりの判断は君たちに任せる。直接見ている君たちのほうがよくわかるだろうからね・・・」
直接見ていても神加の精神状態を目視できるわけではない。アリスに協力してもらうしかない。
それでも自分の弟弟子の事なのだ。自分たちで何とかするのが筋というものだろう。
「支部長は今後あの子の親類に関してはどのように対処するつもりなんですか?前にある程度処理をするようなことをうかがったんですけど」
康太が確認したいのは死体の事だけではない。神加の親類に対しての対応についても知りたかったのだ。
それによって康太がこれからどう行動するかは大きく変わってくる。
「死体が見つかった場合のその親類に対しての処理というのは一般的に記憶操作と認識操作になるね。そして最終的には記憶消去ということになる。死んでも何も問題がないようにするというのが大抵の処理だ」
記憶と認識の操作。そして最終的には記憶処理。
死体が出た時に一番声を上げて原因究明を叫ぶのが親類だ。それも当然だろう、何せ身内が死んでいるのだからその原因を知りたいと思うのは至極当然の話だ。
そういった原因を究明してほしいという流れができると、当然ではあるが警察や病院といった機関が動き出す。
魔術による死因はいくつかあるがたいていが外傷によって死亡する。そうした場合に死亡原因は突き止められても凶器を突き止められないということはよくある。
さすがに凶器の関係から魔術の存在の露呈につながるとは思えないが、遺族の行動力というのは時にすさまじいものがある。
本当にどこまで行っても犯人を追い詰める、そんな執着心を持って行動するようなものもいるのだ。
万が一にもそういった可能性がないように、死体の露見よりも先に遺族の方に魔術をかけて対応する。それが魔術協会として必要な処置であるのだ。
だが今回の場合は少し事情が違う。遺族の中に魔術師となる神加がいて、しかもその年齢はまだ小学生にもなっていないようなものだった。
親がまだまだ必要な年齢の段階でこのようなことになったからには、言い方が少し悪いかもしれないが親代わりが必要になる。
どう考えても小百合ではその役目は担えない。というか小百合が母親のように接することができるということがまず考えられなかった。
そもそも小百合が結婚できるかどうかも怪しいところである。
「・・・今回の場合も、同様ですか?」
「特殊な事例ではあるけれど例外に当てはまるとはいいがたいね。あの子の両親が死んだことで、こちらとしてはあの子も一緒に死んだように遺族の方には暗示をかける。そしてその前段階としてあの子とその両親のことに関しては無関心になるようにさせるかな」
親類が死んだところでその親類に対して無関心であれば二人死んでいようと三人死んでいようとどうでもいいというような反応になるだろう。
むしろその反応をしてもらったほうがいいのだ。どうでもいいと思っていた夫妻の子供がどうなろうと知ったことではない。
警察のほうがどのように動くのかが不明だが、少なくともその時だけは協会の人間が動いて書類的な話にもっていくだろう。
直接会ってしまえば暗示の魔術でいくらでも改変は可能だ。改めて魔術師の隠匿能力の高さに康太は良くも悪くも戦慄していた。
「それじゃあ、うちの師匠が一応の保護者という形で、引っ越させるという話にもっていくんですか?」
「そうだね、クラリスの住んでいる場所の近くの小学校に通えるように書類上は整えるつもりだよ。そのあたりは彼女と直接話す必要がありそうだね」
「・・・師匠で大丈夫でしょうか・・・?」
「・・・正直大丈夫ではないだろうね・・・彼女は少なくとも人を育てるということをしたことがないだろうから・・・本当ならエアリスのところとかに預けてあげたかったんだけども・・・いやでもそれだとなぁ・・・」
状況的に文の師匠であるエアリスこと春奈のところに預けるのは良い判断とは言えない。
常にその場にいるのならともかく彼女にも一般人としての生活がある。常に家にいるということは基本できないのだ。
そのため常に店にいて暇そうにしている小百合のもとに預けたほうが安全なのである。
「まぁあれだ、クラリスもそのあたりはある程度把握しているだろうから最低限気遣いくらいはするだろうさ。あとは君らの方でフォローしてくれると助かるよ」
「・・・わかりました・・・ところであの子を捕まえてた魔術師グループの連中は目を覚ましましたか?あれからそれなりに日が経ってますけど」
「・・・あー・・・彼らか・・・」
神加を攫った魔術師グループ。神加の両親に手をかけた魔術師グループ。可能ならば、起きているのであればいろいろと話を聞きたかった。
そして話を聞いたうえでもう二度と目覚めないようにしてやりたかった。だがおそらくそれはかなわないであろうことを康太は支部長の反応から察していた。
「・・・彼らに関してはまだ意識が戻らない状態でね・・・いや、もう戻らないかもしれないといったほうがいいかも」
「・・・やっぱり、師匠がだいぶ暴れましたか」
「・・・うん、僕も結構彼女の暴れたっていう報告は聞き慣れた感があったんだけど・・・あそこまで暴れたのは結構久しぶりだったかな・・・鬱憤晴らしだとか本人は口にしてたけども」
鬱憤晴らし。小百合らしい表現の仕方だがおそらく彼女としても神加の状態を見て、そして魔術の実験台として扱われている人々を見て思うところがあったのだろう。
破壊の権化とまで言われる小百合の力を存分に発揮してありとあらゆるものを破壊しつくした。
その場にいた魔術師たちもその例にもれずに、むしろ特に念入りに破壊されていったのだろう。
「ちなみに聞いておきますけど・・・その人たちって目が覚めた時人としての生活まだ送れそうですか?」
「・・・難しい人もいるね・・・それぐらい壊されてたよ」
さすが俺の師匠だと康太は心の中で小百合を称賛していた。自分が手を下すまでもない、小百合はすでに最大限の制裁を彼らに加えていたのだ。
協会の思うように動かない、感情に任せる行動が彼女らしいというべきだろうか。
日曜日と評価者人数が280人突破したので三回分投稿
例によって誤字分は明日に回します
これからもお楽しみいただければ幸いです




