緊急回避
相手が炎を使ってきた段階で、文はその炎を利用して相手に水の魔術を誘発させようという考えがあった。
相手が防壁を張った時点で康太が何らかのアクションをするのは目に見えていたが、その防壁を破壊するタイプのものであることは容易に想像できた。
文が炎を取り込んだ風を送り込めば、まず間違いなく相手は水属性の魔術を発動してまず炎を無力化しようとするだろう。
風と火、どちらの方が威力が高く、脅威度が高いかは比べるまでもない。しかも風と炎が同時に襲い掛かってくる状態で多少の量の水を魔術によって発現したところで猛火に如雨露で水を灌ぐようなもの。
だが大量の水を作れば、彼ら自身が作り出した防壁によって水は行き場を失い溺れてしまうかもしれない。
それならば防壁を砕いて脱出しながら防御するという策を相手はとった。その結果水浸しにはなったが文の風と炎の攻撃は何とか防ぐことができたのだ。
それが文の思い通りだとも知らずに。
自分たちで作り出したとはいえ、穴の開いた土の防壁を砕くほどの勢いを持った水を作り出したのはそれなりに負担になっただろう。
その負担をさらに加速させるように文は二人にめがけて電撃を襲い掛からせたのである。
これで勝負が決まったのではないかと、普通のものなら思っただろう。だが康太と文は索敵を張っていたことでその動きに気付けていた。
電撃が二人に襲いかかり直撃するその直前に、二人の体は急速に移動し校舎に激突していたのである。
一体どのような魔術を使ったのか。文はその術の大まかな概要を理解できていた。
なぜならそれは文が得意としている雷属性の魔術だったからである。その性質は文の放った電撃を利用した反発力といえばいいだろうか。
発生させている電撃と自身の体に磁力を発生させ、磁極を同じにすることで磁力同士の反発力を生んだのだ。
おそらく彼女本人が使う場合、自身で発生させる電撃の出力を調整してもっとうまく移動したり、状況によっては宙に浮くことだってできるだろう。
だが文は死なない程度に強力な電撃を放った。とっさの反応ということでおそらく調整もできなかったのだろう。
回避するためとはいえ高速で壁にたたきつけられた二人の反応は鈍い。
目まぐるしく変化する状況の変化。魔術の攻防を含め互いの立ち位置や負傷の有無。それこそ同じ状況は一つとしてない。だがそのすべてで康太と文が優位に立ち続けている。
これが戦闘経験の差か。そんなことを二年生二人が考える中、康太はさらに追撃を加えていた。
ナイフの投擲をいくつも再現し、壁にたたきつけられた状態でまだ動けていない二人にめがけていくつもの裂傷を作っていく。
こちらがいつの間にか攻撃を仕掛けたと理解できていないのか、もうろうとする意識の中何とか防御魔術を発動しようとしていた。
壁に背中をたたきつけられたせいで肺の空気がすべて押し出された状態になってしまっているのだろう。軽い酸欠になっているのか、きちんと魔術が発動できずに展開された障壁はかなり歪み、もろそうなものとなっていた。
そんなもので防げるほど二人の攻撃は甘くはない。
文は普段展開するよりもずっと小さな電撃の球体を作り出していく。先ほどの磁力を用いた移動法を使って文の電撃を躱したのなら、相手もある程度雷属性の魔術を扱えるとみて間違いない。
ならばこちらから口火を切って相手を試そうとしているのである。
雷属性の魔術は確かに威力としては強力ではあるが、ある一定の法則が存在しているために対処自体はそう難しいものではない。
というより現象系の攻撃は基本対処法がある程度決まっているためその法則にしたがって対処すれば魔術を使わずとも防ぐことができてしまう。
炎なら酸素、つまり可燃物を断つ。雷であれば通り道を作る。水であれば蒸発させるなど、取れる手段は山ほどある。
文がわざわざ追撃できるタイミングで周囲に電撃の球体を作り出したのを見た康太は、この段階で相手のどちらがどの魔術を使っていたのかを把握しようとしているのだと理解していた。
今まで二人が使ってきた魔術はいくつかあるが、二人が注目したのは四つである。
砂を操る魔術、水を発生させる魔術、炎を発生させる魔術、そして磁力を操る魔術の四種類だ。
無属性などの魔術ははっきり言って努力すれば大抵誰でも覚えることができる魔術だ。そこまで脅威にはならないしなったとしても十分対応できる。無属性魔術はどうしても汎用性に長ける代わりに突破力がないのだ。
状況を一気にひっくり返すには康太のような入念な事前準備が必要不可欠。そのような手間暇をかけるくらいなら属性魔術に頼ったほうが早いのだ。
防御も攻撃も、重要視するべきは属性魔術。相手の属性が把握できれば、康太と文で互いに相性がよさそうな魔術師と戦うように仕向ければ勝率は上がるだろう。
康太と文は安全な位置を維持した状態で射撃系魔術を駆使して相手に攻撃し続けていた。
磁力を用いての移動はこの状態ではほぼ不可能だ。周囲に電撃の塊があるためにほぼ包囲されているに近い。
後ろには壁、片方はまだ膝をついて粗く息をついている。
この状態では最終的に削り切られるだけだと、何とか動くことができている魔術師は意を決して魔術を発動した。




