夜に向けて
金曜日の放課後、康太と文は部活には参加せずに一度帰宅して小百合の店に集まっていた。
今日の夜に控えた二年生との戦闘を前にいろいろと準備を進めているのである。
すでに康太は準備万端だ。今日の分と明日の分、両方の装備をすでにそろえ日をまたいだ戦いならば十分にこなせるだけの状態にしてある。
そして文もまた同様にいつでも戦えるように準備を終えていた。
彼女の場合自らのモチベーションや体調を整えることに終始していたが、十分以上にやる気をみなぎらせているように見える。
気負いすぎというわけではなく、いい気持ちの入り方であることははた目から見ても明らかだった。
「準備は万端。この状態なら師匠相手でもある程度はしのげるな」
「勝てるといわないあたり冷静ね。まぁ確かにあの人に勝てる気はしないけど・・・っていうかその小百合さんは?最近見ないけど」
文の言うようにこの場に小百合はいない。文は割と頻繁にこの店に足を運んでいるのだが、最近小百合の姿を見ていなかった。
いつもならちゃぶ台の近くでパソコンを開いて煎餅をかじっているのだが、最近そういう光景を見ていなかった。
「あぁ、師匠なら出かけてるぞ。何でも協会から依頼が来たんだとさ」
「へぇ・・・それなのにあんたが一緒に行かないってのは珍しいわね?結構いろいろ引っ張られてたじゃない?」
小百合が何か依頼されるイコール康太か真理、あるいはその両方がおまけで一緒についてくるのが今までの状況だった。
だが今回康太も真理も小百合についていくことはなかった。それがなぜなのか文は知らないために不思議でしょうがなかった。
小百合ならどんな事情が康太たちにあろうとも『いいからとっととついて来い』といいそうなものである。
実際弟子である二人には拒否権などありはしないのだ。康太自身も最初は連れていかれなかったのが不思議なくらいである。
「何でも条件に一人でっていうのが加えられてたんだとさ。師匠がそういう条件に従う人だとは思ってなかったけど」
「あぁ・・・あの人なら『だからどうした』で済ませそうだもんね・・・私が思ってたよりも小百合さんは常識人だったってことか」
「師匠が常識人とかそんなことを思うようになったらおしまいだぞ。今回は支部長から直接来た依頼だったからな」
「へぇ・・・あの人が支部長の言うことを聞くとはね・・・」
小百合の日本支部の支部長はそれなりに長い付き合いであることは康太も文もすでに知っている。
軽口を言い合う仲でもあり、昔から小百合にはかなりの煮え湯を飲まされてきた支部長。そんな彼が小百合に一体何を依頼したのか文は気になるところではあった。
「ひょっとして本部がらみ?それとももっと厄介な話?」
「どうだかな・・・俺らも詳しくは知らされてない。ただ師匠じゃないとこなせないめちゃくちゃ厄介な事案だってのは知ってる。話を聞いて帰ってきた師匠が割と本気でいやそうな顔してたからな」
「あの人が本気でいやそうな顔するってことはそれなり以上の難易度ってことね・・・最悪封印指定がらみってところかしら」
「かもしれないな。あの人の持ってる技術って極端だけど結構使い道あるんだよ」
小百合が有している技術は主に破壊に関するものばかり。だがありとあらゆるものを破壊することができるということはそれだけ多くの選択肢を有していることに等しい。
何せ小百合は魔術の術式も破壊できるし方陣術も破壊できる。物理的な破壊だけではなく魔術的な破壊も行えるためにそれらの技術が利用できる状況は意外と多いのである。
破壊の権化といわれるだけあって、ありとあらゆるものを破壊できるというのはかなり優秀な魔術師の証でもあるのだ。
これで本人の性格がもう少しまともならば協会での立場も安定していたことだろう。こればかりは小百合が無茶苦茶な性格をしていることを悔やむしかない。
「アリスは何か聞いてないの?小百合さんの依頼について」
「あ奴が私に話すと思っているのかの?そもそも私は忙しいのだ。サユリのことに気を遣う暇はない」
「・・・あぁそうだったわね・・・真理さんは?」
「私もとくには聞いていませんね。たださっきも康太君が言いましたがあの顔は結構本気で嫌がっていましたね。あぁいう顔は非常に珍しいですよ」
小百合が嫌がるほどの何かが起きているということだ。それがレアケースであるというのは喜ぶべきか悲しむべきか。
おそらくどちらかといえば後者だろう。何せ何かが起きた時は間違いなく康太たちも巻き込まれることになるのだから。
「ともあれ二人は師匠の事よりも自分たちのことを心配した方がいいでしょう。今日明日といろいろと大変でしょうから」
「まぁそれは・・・」
「そうなんですけど・・・」
真理の言うことももっともだ。だが気になってしまうのは人の性のようなものなのだから仕方がない。
とはいえ戦いの時間が刻一刻と迫っているのも事実。小百合の動向が気になるがここは自分たちのことに集中した方がよさそうだった。
何せ相手は二年生。自分たちよりも先輩であるため油断していい相手ではないのだ。




