開戦
文と章晴は集中しながらにらみ合っていた。特に文の集中はかなり高いものに達しつつある。
目の前にいるのが格上であるという事を理解しているのだ。小百合の兄弟子である奏の二番弟子。立場的には康太とさほど変わりないはずなのにその威圧感は康太の比ではない。
既に対峙して数十秒、互いににらみ合った状態で動かないがいつ何が始まっても不思議はないのだ。
五感に加え索敵も張り巡らせ、文は何時でも反応できるように構えていた。
いやな汗が出る。まだ全く動いていないというのに文の体からは滲むように汗が分泌されていた。
肌から出る汗で服が張り付き不快感を加速させる。だがそんなことを気にしていられるほど文に余裕はなかった。
普段格上と戦う事と言えば小百合や真理との訓練くらいのものだ。だが今目の前にいる章晴との戦闘は小百合とのそれとは質が違う。
小百合との訓練は所謂圧倒的強者との戦闘だ。最初から勝つことを目的としていない。逃走や退避、あるいは撤退や自身の平静さを可能な限り保ち、防御や回避などに重点を置いたどちらかというとマイナス思考気味な戦闘を求められる。
だが今回の戦いはそれとは違う。奏は相手を倒せといった。つまり奏からすれば文の実力をもってすれば章晴は勝てない敵ではないという事である。
つまり小百合との戦いにおけるマイナス思考的なものではなく、プラス思考的な戦いをしなければいけないのだ。
康太ならこんな時どうするだろうか、文はふとそんなことを考えてしまった。
今まで康太は何度も格上の魔術師と戦ってきた。中には格下の魔術師がいたのも確かだろう。だがその全てで康太は前に出続けた。
小百合との訓練でそうしなければ一矢報いることもできないという事を知っているのと、魔術師の懐こそが一番の安全地帯であるという事を理解しているからこそ、康太は相手の攻撃に臆しながらも突っ込むことができる。
自分にそんな真似はできない。毎日のように訓練を重ね、狂気に近い状態で攻撃を避けながら前へと進むような真似は文にはできない。
ならばどうすればいいのか、文が考えていると章晴は僅かに両腕を動かして何か道具を持つような構えをとる。
それが何かの予備動作であると感じた文はとっさに魔術を発動した。
発動した魔術は霧と風の発生。文が得意としている雷属性の攻撃を当てるために必要な条件を早々にそろえに来た。
対して章晴はその両腕に巨大な槌のような武器を持っていた。そしてそれが氷でできていると気づくのに時間は必要なかった。
氷を使う魔術師。今までも何度かあったことがあるがその相性は文としては良いともいえるが悪いともいえる。
文の得意とする雷属性の攻撃魔術をあの武器に当てることができれば間違いなく大きなダメージを与えることができるだろう。
だが同時に氷の魔術で地面とつながった状態の盾などを作られると雷の攻撃は完全に防がれてしまう。
文の作り出す霧と、章晴が作り出す冷気が合わさることで地下空間が異様に冷えていくのがわかる。
こんな薄着で来るんじゃなかったなと康太が後悔していると、そんな康太を気遣ってかアリスがさりげなく温風を自分たちの周りにまとわせてくれる。
魔術師としてどちらが上なのかは康太からすれば分からない。素質や才能的に見れば文の方が上だと思いたい。だが実戦を潜り抜けた経験値では恐らく章晴の方が上だろう。
そう考えると今回の戦いは如何に文が戦いにおいて危機を乗り切ることができるかが重要になってくるわけである。
先に動いたのは痺れを切らした文だった。自らの周りに電撃を纏い、水蒸気の道を介して章晴めがけて電撃を飛翔させていく。以前康太にも見せた動きだ。
高速で襲い掛かってくる電撃に対して章晴が取った行動は実にシンプル。半歩後ろに下がって目の前に地面から生える大きなつららを作り出し、そこに電撃を当てると悠々と文の攻撃を防御していた。
そしてお返しとばかりに巨大な氷の槌を振りかぶると、ちょうど目の前に作り出したつららを思い切り殴り、氷の礫を刃のように変えて文めがけて襲い掛からせる。
だが文とてそのままやられるわけではない。強力な暴風を発生させると自分に向かってくる氷の刃を容易に吹き飛ばしてしまった。
文の扱う風の魔術は彼女自身を浮かせるほどの出力を誇るのだ。飛んできた氷の礫を吹き飛ばすことくらい容易である。
だがその次の攻撃は風では防ぎようがなかった。
勢いよく地面から生えるつららがまるで文を追いかけるように直進してくるのだ。突き上げるように襲い掛かるつららの刃に文は眉を顰めながら肉体強化の魔術を施して横に跳躍しながら回避するとさらに魔術を発動する。
一瞬文の姿が揺らいだかと思うとその姿を少しずつ消していってしまう。そして蜃気楼のように歪んだりぼやけた文の姿がいくつも周囲に現れた。
光属性の魔術で攪乱するつもりなのだろう。相手に自分の居場所を知らせないようにするために攪乱を激しくする目的があるのだ。
さらに文は自分の居場所を悟らせないと同時に攻撃の手段も整えるため、周囲に電撃でできた球体を発生させ始める。
触れた瞬間に電撃がほとばしるその球体、徐々に動きながら章晴の元へと向かっているその球体を見て章晴はどうしたものかと考え始めていた。




