超えるべき壁
「それで・・・今日は何の用ですか?いつもの社長室じゃなかったところ見るとお休みみたいですけど・・・」
「あぁ、久しぶりに休みが取れてな。本当に久しぶりの休みだ。たまには家でゆっくりするのも悪くない」
「いえあの・・・そんな休みに俺たちの相手なんかしてよかったんですか?別の日にしてもよかったのに・・・」
本当に久しぶりの休みなどというくらいなら一日ゆっくりと一人で過ごしてもよかっただろうに、奏はわざわざ康太たちを呼んですごすことを選んだ。それほど大事なことなのかはわからないがとにかく申し訳なくなってしまう。
せっかくの社会人の休みを康太たちのような自由な学生のために潰すというのは本当に忍びない。
だが奏は少しだけ真剣そうな表情を作ってから一瞬視線を文の方に向ける。
「いやなに、こうしてお前たちを呼んだのは理由がある。まぁ若干呼んでいない者もいるが観客がいてもいいだろう。とりあえず先に用件を済ませてしまおう。ついてきなさい。章晴、お前は準備をしていろ」
「はいはい了解」
親戚という事もあって師匠である奏に対して章晴の言葉は非常に軽い。だが一応言う事を聞くつもりはあるようだった。
奏の事だからそのあたりの教育は万全なのだろう。こういうところで小百合との師匠としての格の違いを見せつけられる康太だった。
康太と文、そしてアリスが奏の後についてガレージまでやってくると、奏が電気を付けた瞬間そこにあるものが目に入る。
そこにあったのは一台のバイクだった。
黒を基調としたボディに僅かに入った赤色がアクセントとしてところどころにちりばめられている。
「おぉ・・・これは?」
「私が前に使っていたものだ。せっかくお前がバイクの免許をとったんだ。自分好みのバイクを手に入れるまでの間だが使ってやってくれ、整備は完全に済ませてある」
「え・・・!いいんですか!?」
「あぁ。私はもう乗らないからな。乗らない人間よりも乗る人間が使ったほうがいいだろうと思ってな・・・キーはもう刺してあるからいろいろいじってみなさい」
まさかバイクがもらえるとは思っていなかっただけに康太はテンションが上がりまくってしまっていた。
奏のお古とはいえ実際にこのバイクはかなり見た目もカッコよかった。
恐らくは本体の機構そのものもだいぶいじってあるのだろう。内部も外部も買ったばかりの時に比べるとだいぶ変化しているというのは容易に想像できた。
真理が使っていたレーサレプリカとも呼ばれるスポーツタイプのそれとは違い、これはネイキッドと呼ばれる形のバイクのようだった。
だが幾つか追加装甲のようなものが取り付けられており、ネイキッドとフルカウルの中間のような外見をしている。
「ありがとうございます!でも本当にいいんですか?これ結構高かったんじゃ・・・」
「なに、たいした値段ではない。それにかなりの型落ち品だ。直したり部品を交換したりしてましにはしたが、最新鋭のものには勝てん。あくまでお前が自分で好きなバイクを手に入れるまでのつなぎと思え」
「よかったじゃない康太。すごいプレゼントね」
「ほんとだよ!装備やらなにやらいろいろお世話になってるのに・・・本当にありがとうございます」
康太は深々と頭を下げると、再び自分のものになったバイクに駆け寄っていく。その様子を見て文は少しだけ羨ましそうにしていた。
「でもよかったんですか?康太にはいろいろとあげてるみたいですけど・・・」
「なに、実際あれはずっとここのガレージで埃をかぶっていたんだ。さっきも言ったが乗らない人間より乗る人間に大事にしてもらったほうがいい。私としてはこんなことしかしてやれんのがむしろ情けないところだがな」
いえあなたは毎回康太のことをボコボコにしてるのが結構いい稽古になっているんですよとはこの流れでは口が裂けても言えない文だった。
実際奏や幸彦との訓練は康太にとって大きな経験値となっている。なにせ小百合以上に近接戦闘を得意とする魔術師など探してみても見つからないほどなのだ。
特に最近少しは腕を上げて小百合相手にならまともに逃げ切るくらいはできるようになってきた康太でも、奏相手ではほぼ瞬殺される。奏が本気になった瞬間に訓練が終了すると言っても過言ではない。それほどにまだまだ実力に差があるのだ。
圧倒的強者との訓練はやればやるほどその効果は高まる。あまりに実力がありすぎるのも問題だがそこは弟子をすでに有している奏だ。ある程度手加減をしてうまいこと相手の実力を引き出せるように戦えるのだ。
問題は本人にとってその行動がただの準備運動レベルという事である。
康太が必死になっているのに奏は本当に適度な運動程度にしか感じていないのだ。これも最初にあった時康太が奏に一矢報いてしまったからでもある。もはや奏は康太相手に油断はしない。それが良いことなのか悪いことなのかはおいておいて。
「さて・・・ではもう一つの用件を済ませるとしようか」
「もう一つ?」
「そう、今回君を呼んだのにも訳がある。というか今回はそれがメインの目的なんだ」
康太にバイクをプレゼントするだけではなかったのかと文が首をかしげている中で奏の目は真剣だった。
一体何事だろうかと考えている中、はしゃいでいた康太もその気配を感じたのか奏たちの方に視線を向けていた。
「今回私だけではなく章晴も呼んだのはむしろ君の為でな・・・あの子に頼まれてしまっては仕方がないというものだが・・・とりあえずついてきなさい」
「・・・あの子・・・?」
文は少し考えて奏の後に続く。そして康太とアリスもさらにその後に続いていった。
奏が向かったのは地下だった。そこにはかなり広い空間が存在しており、本来なら車庫として機能していただろう場所に先程まで一緒に行動していた章晴の姿もあった。
「待ってたよ姉ちゃん。こっちの準備はいつでも」
「わかった・・・さて文、今から一人で章晴と戦ってもらう」
「え・・・?一人で・・・ですか?」
文は今まで誰かと一緒に戦うことが多かった。訓練などでは当然一人で戦闘を行うことも多かったがこうして小百合や奏以外と対峙させられるのは何時振りだろうか。
もしかしたら康太と戦ったとき以来かも知れない。
「あの・・・戦えっていうのは・・・どういう条件で?」
「何をしてもかまわない。魔術師として戦え。章晴にもそう言い含めてある。魔術師としての全力を出せ」
そこまで聞いてようやく文は、先程奏が言っていたあの子というのが自分の師匠であることに気が付く。
魔術師として恵まれた素質や才能がありながらもそれを活かしきれないのは偏に経験の少なさ。
文の実力が未だ完全に開花しないのは彼女が覚えている魔術がまだ机上の空論の域を出ない類のものだからだ。
言い換えれば実戦的ではないのだ。これだけ優れた実力を持ちながら彼女が康太の陰にいることに甘んじているのはただ彼女が面倒事に巻き込まれたときに安定策をとっていたからだけではない。
康太やアリスを同盟相手とすることで、彼女はさらに大きな面倒事に巻き込まれていくだろう。その中で彼女の今の実力では不足しているとエアリスは、春奈は判断したのだ。
だからこそ彼女は奏に頭を下げた。今もなお弟子である文が世話になっていることは承知の上、だが恥を承知で彼女は奏に練習相手として、いや対戦相手として彼女の弟子との戦闘を頼み込んだのだ。
小百合と昔からの知り合いという事で、師匠同士が昔から仲が良かったという事で奏も春奈の事はよく知っている。
小百合とよく口げんかしていたのを知っている奏としては彼女の頼みを無碍にするというのは憚られたのだ。
「地下ということで基本的には屋内戦を想定しているが・・・必要とあれば外に出てくれても構わん。必要な措置は私が取ろう・・・お前達はただ互いを潰そうと全力を尽くせばいい」
「・・・勝利条件は?」
「相手を潰すまでだ。気絶させたらなどと生ぬるいことは言わん。徹底的にやれ」
徹底的に。それが一体どのようなことを意味しているのか文にだってわかる。
普段奏は康太や文との訓練の時も気絶したらひとまず攻撃を止めてくれる。それ以上攻撃すれば危険であるという事を理解しているからだ。
だが実戦ではそんな優しさが通用するとは限らない。
相手は何が何でも自分たちを殺そうとしてくるかもしれないのだ。気絶したら助かるなどと甘い考えは捨てなければならないだろう。
「・・・あの、奏さん・・・何でこんなことになってるんすか?文が何か失礼なことしたんですか?」
「何を言う。これも私とあの子の愛の鞭だ。すでに温室でぬくぬく育てるという時期は終わったんだ。ここからはスパルタが待ち受けていると思え」
今までのあれって温室扱いだったんですかと康太は数えきれないほどボコボコにされた過去を思い出しながら言いかけたが、確かに文は奏との訓練においても比較的加減はされていたように思える。
いくら康太の同盟相手で昔から知っている人物の弟子とはいえ一応は他人で部外者。所謂よそ様の子供を危険にさらすのは悪いと思っていたのだろう。
何より別の誰かの弟子をそこまで鍛え上げるというのもいろいろと問題があるように感じられたのだ。
だがその師匠からのゴーサインが出たことで、奏は一切の加減を止めたのだ。それこそ康太にしているような最低限のリミッターさえ外そうとしている。
文に足りないものを即座に見抜いた奏は、それを克服させようとしているのだ。
「ちなみに奏さん、章晴さんの実力っていかほどなんでしょうか?」
「いかほど・・・と言われても具体的にどのくらい強いかなど言って分かるものか?」
「俺を十として章晴さんはどのくらいの実力ですか?」
「・・・そうだな・・・五百ぐらいじゃないか?」
五百。
所謂章晴と康太は従弟弟子のようなものになるのだろうが、その時点でもすでに五十倍近い戦力差ができてしまっているのだ。
そんな中で康太に負けた文が章晴に勝てるビジョンが全く浮かんでこなかった。
「・・・そんだけの実力のある人に対して文の勝算は?」
「勝算があるかどうかは問題ではない。問題なのはあの子が自分の欠陥に気付き、改善することができるかどうかだ」
今回の戦いに勝ち負けの意味はない。必要なのは彼女がこの戦いで何を得るかなのだ。
負けても仕方がない戦いなどとは言えない。実戦では負けることはつまり死ぬ可能性さえ出てくるようなものなのだ。
実際に章晴と対峙している文もその空気を直に体感していた。
今まで康太が感じ続けていた、間近に敵とにらみ合っているその緊迫した空気を、文はようやく感じることができていたのである。
今までの戦闘の中で、文が実際に前線に出て戦ったことは実は一度しかない。しかもそれは康太と戦った時なのだ。
それ以外で康太と共に行動した時は大抵補助に回っていたり、援護に回っていたり彼女自身が止めを刺したことはあってもそれはほぼ不意打ちに近い形での急襲だった。
康太はその未熟さと彼自身の性格ゆえか基本的に前に行くことを好む。不意打ちや急襲はよく行うにしろその性質は大きく異なっている。
相手が自分に対して敵意を持つ、攻撃の意志を持っている状態で戦うのが康太で、康太がそうやって意識を引き付けている間に戦うのが文だったのだ。
そのせいで文は戦いの中にいても安全圏での戦闘が多かった。圧倒的に自分の命の危機というものに直面することが少なかったのだ。
格上との一対一での戦闘。訓練の時に小百合と味わっているようなものではない本当に殺し合いに発展しかねないほどの戦闘。奏はそれを与えようとしているのだ。
「なるほど・・・フミの欠点を改善しようという事だの」
「アリス・・・んなこと言って何が欠点なんだよ。文って大抵何でもできるぞ?弱点らしい弱点も最近は無くなりつつあるし」
小百合や奏のところで訓練していることもあってか、文は最近接近戦もだいぶ上手になってきている。
防御に徹すれば小百合の攻撃を少しの間ではあるが凌ぐことができる程だ。あれで魔術を使えばもしかしたら小百合とまともにやり合うことができるかもわからない。
だがアリスはゆっくりと首を横に振った。
「欠点は山ほどある。あれが全力を発揮できるのは余裕のある時だけ、自身に危機が陥ってパニックになれば途端に処理能力が落ちるタイプだ・・・だが実戦ではそう言う状況こそ冷静に、あるいは狂気に近い思考に身を染めねばならん・・・あの子はまだそれができていない」
「そう・・・悪い意味で文はまだ魔術師らしい魔術師なんだ。それこそお前のような・・・私達のような魔術師にとってはいいカモとなるようなタイプの魔術師と言える。いつまでもそうであっては困るのだ」
康太たちのような魔術師にとってカモになる魔術師。それはつまり典型的な魔術師のことを示唆している。
康太のような近接戦闘を行う魔術師はかなり稀な存在だ。大抵の魔術師が射撃戦による技術の応酬をする中で、わざわざ肉弾戦などという泥臭い戦いに身を投じるものは少ない。最初文もそうだった。
最近では肉弾戦の基礎を学び始め、ようやくまともに接近戦をこなせるようになってきてはいるがやはり訓練の密度が足りないのか未だ康太と組み手をしても普通に負ける。
さらに言えば大抵射撃戦をメインにして戦っている魔術師は近づかれることを極端に嫌う傾向がある。
射程があるような攻撃があるのだから安全圏で戦っていることができればそれに越したことはない。そして文は魔術師としてのその基本的な考えが良くも悪くも根付いてしまっているのだ。
康太のように魔術師の常識がないようなタイプとは真逆で、魔術師としての常識にとらわれているタイプなのである。
安全圏から自分のできる攻撃をして相手を切り崩す。わざわざ危険に身を投じる必要はない。普通の魔術師なら、いや普通の人間ならそう考えるだろう。
康太たちのやっている接近戦はハイリスクハイリターン。文たちがやっているのはローリスクローリターン。
前者は実力差があってもひっくり返せることがあるが、後者に関しては完全に実力の優劣がはっきりと出る。
本当に実力を競いたいのであれば文の戦いは間違っているものではない。所謂偶然に頼らないスポーツのようなものだ。
だが本当に結果を求めるのであればそれでは足りない。無我夢中に、どんな手段をも講じる程の飢えがなければ勝てない。
今回の実力差はそれを明確にさせているのだ。
「それで実力差のある相手をぶつけてパニック状態でもしっかり対応できるようにした方がいいと・・・そう言う事ですか」
「そう言う事だ。実際お前も小百合との訓練で何度も学んだだろう?」
「まぁ・・・あの人の攻撃は焦ったら終わりますからね・・・でも文も一緒に訓練してるんだけどな・・・」
「それこそ密度が違う。お前は毎日のようにやっているだろうがあの子はせいぜい週に一回か二回程度だろう?繰り返すことで人間は学習する。その頻度が高ければ高いほど学習の速度は高まるだろう」
「でもそれじゃまだ足りん・・・決定的にフミに気付かせる必要があるという事だの。自分は安全な場所で戦っていては勝てないと」
安全な場所で万全の戦いをする。本来ならば戦闘においてそれこそが鉄則であり定石であり理想だ。
だが当たり前ではあるが実際に戦闘などが始まって自分たちの理想通りに事が進むわけがない。
ある程度覚悟しておく必要があるのだ。自分の身を危険にさらしてでも勝つ必要がある戦いに身を投じることが今後あるかもしれないのだから。
康太が一緒に戦っている時などは康太が身を危険にさらし囮役になれば文は万全の状態で戦えるだろう。
だがいつでも康太が一緒に戦えるというわけではないのだ。魔術師である以上、これから文は超えなければいけない壁がいくつも存在する。その壁の一つに今ぶつかっておく必要があるのだ。
日曜日、誤字報告五件分受けたので合計三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




