アリスの笑み
「さて・・・皆々方、中にははじめましての者もいるかの・・・自己紹介の必要もないかと思うが・・・『アリシア・メリノス』だ。何やら私の事で話があるらしいの」
アリスは英語で話しているのだが、康太たちの耳には日本語が聞こえてくる。恐らく音を操る魔術で康太たちに同時進行で翻訳しているのだろう。本当にこの魔術師は何でもできるんだなと感心しながらアリスの言葉を聞いていた。
彼女は康太の隣に立ち、本部の魔術師たちと対峙している。だが全員彼女の登場にあっけにとられてしまっている。
それも当然だろう。先程まで全く知覚できなかったアリシア・メリノスが、今回の目標である封印指定二十八号が目の前に突然現れたのだ。
空間を転移してきたのではないかと思えるほどに唐突に現れたために、本部長をはじめとする上層部の人間達は自分たちの知覚系魔術にひっからなかったことに驚きながらも彼女ならこのくらいやって当然であると考え、動揺を少しでも収めようと僅かに深呼吸しているようだった。
何より康太が彼女の名前を呼んだとたんに現れたことから、康太が何かしらの協力をしたと思っているのかもしれない。もっとも康太は何もしていなかったのだがそのあたりは彼らは知る由もない。
「・・・今回このブライトビーが提示した書類・・・これは本当に君が書いたものか?それを確認したい」
あくまで自分の方が立場が上だという事を示すためだろうか、本部長は椅子に座ったまま堂々と応対していた。
アリスにとっては立ち場よりも自分の身の安全とちょっかいを出してくる輩がいなくなればそれに越したことはないためこの対応に特に何か感じるということはないようだった。
「うむ・・・それは確かに私が書いたものだ。彼らに手伝ってもらっての、これから拠点をイギリスから日本に移そうと思っておるのだ。それで所属を日本支部に変えたい」
「・・・一体なんの得があって?本部に所属していたほうが君としてもできることは多いと思うが?」
本部と支部では受けることができる支援や援助そのものが違ってくる。その為本部に身を寄せたい魔術師は山ほどいるのだがその逆はあまりいない。今回の場合アリスはそれをしようとしているのだ。疑問に思われても仕方がない。
本来ならば追い出したいと思っているだろうがアリスは一応強力な魔術師だ。優秀な人材は確保しておかなければならないという建前を守るためにもこの質問は必要だった。
ただし仮にアリスが特に理由がないと言い張ってもそれを引き留めるつもりは本部の上層部たちにはなかった。
彼らにとってはアリスが本部にいるよりも支部にいたほうがいろいろと都合がいいのだ。他の組織へ行かれるのはそれはそれで魔術協会に対しての脅威となりえる。自分たちの運営に口を出さず、なおかつ魔術協会の害悪にもならない、そんな場所は本部以外の支部くらいしかないのだ。
もっともそれもこれからのアリスの立ち回りでどうとでも変わるかもしれないが、今のところ争いもせずできる最善手と言えるだろう。
そう言う意味では本部長を始め他の上層部たちは康太の考えとこの作戦の実行に感謝すらしていた。なにせ大きな被害を出すこともなく、本人の希望によって彼女は本部から支部へと移転するのだから。
「うむ・・・実はこのブライトビーとライリーベル、この両名と同盟を組むことになった。なかなか見ていて飽きない二人だ、しばらくの間ともに行動しようと思っての」
アリスの言葉にその場にいた上層部全員が一瞬耳を疑い、そのことの重大さを数瞬遅れてから理解していた。
ライリーベルこと文はさておき、康太とアリスが同盟を組むという事の危険性を十分すぎるほどに彼らはわかっているのだ。
康太の内包する封印指定百七十二号、そして封印指定二十八号であるアリシア・メリノス。この両者の脅威度ははっきり言って協会では手に余るほどの重要課題と言ってもいい程なのだ。
何百年にもわたって協会が総力を挙げても解決すらできなかった二つの封印指定が手を結ぶ。その事態を軽く見ることができる程彼らの頭はお粗末ではない。
「しょ、正気か!?アリシア・メリノス・・・彼がどのような魔術師であるか知っているのか!?」
「少なくともお前達よりは知っているつもりだ。実力どうこうの話はするなよ?私はこやつらの人柄に惹かれたのだ」
実力ではなく人格によって同盟を組んだ。はっきり言ってこれほど反論しにくい言い方もないだろう。
これで彼女が実力によって康太を選んだのであれば、康太に適当な魔術師をぶつけてその実力がないことを示せばよかった。だが人格によって選んだなどと言われては他の誰かをあてがってそれを阻止するわけにもいかない。
人の好みは人それぞれ、似たような性格であろうと同じ性格のものはいない。この二人、いや三人の同盟を阻むことは実際不可能になったと言っていいだろう。
「アリシア・メリノス、君は知らないかもしれないが彼は・・・」
「知っておる。封印指定百七十二号を解決したのだろう?そしてその力を内包している・・・それがどうした?私に何か不都合でも?あぁいや・・・お前達に不都合があるのかの?」
アリスの言葉に上層部の人間は二の口が告げなくなってしまう。ズバリと言い当てられたからだ。ただでさえアリシア・メリノスという脅威度の高い存在を日本支部に預けるのだ。それだけならまだしも脅威度の高い二人の魔術師が手を組むとなると正直お手上げになるほどの戦力を有することになる。
それこそ本部でも容易には手を出せないほどの。
 




