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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十一話「血の契約と口約束」

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交渉と理由

「あの、後場所がイギリスって言ってましたけど・・・数日イギリスで行動するってことですよね?」


「依頼を受けてもらった場合そうなる」


「・・・俺パスポートもってないんですけど」


康太がイギリスに行きたくない、というか今回の依頼を受けたくない理由の中に康太自身がパスポートを所有していないというのがある。


以前はほんの数時間にも満たない時間、しかも人がほとんどいない場所を常に移動し続けたために法的機関に属している第三者に見つかる心配はほとんどと言って良い程になかったが、数日間行動するとなれば当然可能性は大きくなってくる。


不法入国者として捕まってしまうのは康太としては避けたかった。


「なるほど、君の心配はもっともだ。まだ若いというのに前科者にはなりたくないだろうからね」


相手も康太の懸念を正しく理解しているようだ。通訳を介してでの会話でも康太が何を言っているのか、そして何を伝えたいのかは正確に伝わっているのだろう。


康太自身が簡単な言葉しか話していないというのも理由の一つかもしれないが相手が康太の考えを読んでいるというのがあるだろう。


康太は依頼を受けたくないと考えている。恐らく相手もそのことは理解している。だからこそ康太が何を言いたくてどのように話を持っていきたいかくらいは理解しているだろう。


相手の方がこちらの思惑を理解しているという意味では読み合いの上ではすでに敗北していると言っていい。


あらかじめ用意されている前提情報に違いがありすぎるのだから当然かもしれないが、康太たちにとって不利であるという状況はあまり好ましくはなかった。


「そういった件に関してもこちらで手を打たせてもらう。君がイギリス内で行動しやすいようにこちらとしても協力は惜しまないつもりだ」


協力は惜しまないなどと言っても具体的に何をしてくれるのかわからない状況でははっきり言って何の気休めにもならない。


だが相手がどんな思惑をもってどのような協力をしたとしても康太が欲しいのはただ偏に依頼を断れるだけの理由だ。


一つ一つ康太がその理由となり得そうな考えを言っても、相手は一つ一つ解決していこうとしている。


徐々に逃げ場が無くなっていくような感覚だ。ゆっくりとこちらが追いつめられているかのような話の流れである。


この流れを変えないと康太は依頼を受ける以外の選択肢が無くなるかもしれない。


「姉さん、本部ってその国の警察とかに介入できるだけの力があったりするんですか?」


「え?さぁ・・・少なくとも露骨に特定の人物を助けたりとかはできないと思いますよ。特にすでに捕まってしまった人を釈放しろとかそう言う事は・・・」


どのレベルでの協力が可能なのか分からないが、とりあえず身内である真理に話を振ることでこちらがそういった事情を知らないことをアピールすると、相手もその意味を理解したのか少し笑いながらこう告げてくる。


「確かに大きな事件を起こしたような人間を助けることは不可能だが、ある程度警察の世話になるようなことは回避できる。今回に関しては偽装ではあるけれど身分証明を用意させてもらうつもりだ」


どういう事情であれ相手としては康太の力を借りたいのだ。康太を依頼を受けるような方向に持ってきたいのが相手の思惑だ。


康太にとって不利益がないような情報は出しておいても問題ないのだろう。相手が隠したいのはあくまで依頼の詳細だ。依頼における支援行動に関しては隠すつもりはないのか堂々とそう言う事を告げてくる。


偽装の身分証明という時点で結構問題行動なのだが、そのあたりは専門家がいるという事だろう。


「宿泊施設などもこちらで用意させてもらう。もちろん一日の終わりに日本に戻るというのも協会の門を使えば可能だが・・・あまりお勧めはしない」


魔術協会の本部と日本支部は協会の門で繋がっている。それこそ本来であれば何時間もかかる道のりを一瞬に短縮できる。


相手がそれを勧めない理由もなんとなく理解できた。そう何度も行き来しているところを見られれば当然人の目に留まる。


特に日本ならまだしもイギリスの中で日本人というのはそれなりに目立つだろう。何度も何度も特定の教会に向かっていれば当然その姿を覚えられる可能性がある。


地元民なら何の問題もないのだろうが、一日の終わりにホテルではなく教会に向かうというのは不自然な行動だ。魔術による暗示も効きにくくなる可能性がある。


ただの旅行者として行動したほうがまだ危険は少なくなると考えているのだろう。康太も必要最低限そうする方が良いと思っていた。


時期はこちらに合わせ、後方支援も惜しまない。恐らく協力自体もこちらが申し出れば喜んでしてくれるだろう。


もっともそれは協力という形の監視かも知れないが、それでも康太にとっては同じようなものだ。見られて困るようなものなど康太にはないのだから。


こちらとしても迂闊な返事はしたくない。二つ返事で依頼を受けるなどと言って面倒なことになったら目も当てられない。


今回の場合依頼が持ち込まれている時点でだいぶ面倒なことになっていると言える。本部の人間の目に留まったと言えば聞こえはいいが、目を付けられたと言い換えればその面倒さがわかりやすくなるだろう。


都合よくつかわれてそのまま使い捨てにされるようなことにだけはなりたくない。どこかで逃げ出す口実を見つけなければと思いながら康太は悩んでいた。


「横から口を出すようで悪いが、その依頼、難易度はどれくらいだ?」


「依頼に関しての詳しいことはこちらとしても答えるのは」


「詳細を言えとは言っていない。十段階評価で今回の依頼はどれくらいの難易度だ?それくらい答えるのは問題ないだろう。何よりこいつの師匠としては未熟な弟子をそこまで高難易度の依頼に駆り出すわけにはいかん」


詳細を告げれば依頼をした魔術師に依頼の目的が邪魔をされる可能性がある。だからこそ依頼をする際に詳細を告げることは忌避されるが、小百合のいうように依頼の難易度を告げる程度であれば問題はないように思える。


うまいやり方だ。康太の師匠である立場を使ったわかりやすい上にこちらの口実も作りやすくなる。


伊達に長く魔術師はしていないというべきだろうか。それとも伊達に面倒事に巻き込まれてきてはいないというべきか。


相手としてもこの発言が正当なものであると理解しているようだ。だが同時に言うのを渋っているようにも思える。


だが言わなければ話は次に進ませないぞという小百合の強い視線に、さすがに相手も折れたのか小さくため息をついてからこちらに向き直る。


「・・・今回の依頼の難易度は。十段階評価で十・・・あるいはそれ以上の難易度だと言える。難易度としては本部が抱えている中でも最大級のものだ」


十段階で十以上という頭がおかしいのではないかと言えるような表現に康太と真理、そして小百合は眉間にしわを寄せてしまった。


仮面のおかげでそれが見えることはなかったが、三人の反応は仮面をつけていても分かるほどに露骨なものだった。


「正気か?師匠の私が言うのもなんだがこいつはまだまだ未熟者だ。そんな難易度の依頼を持ってくるなんて馬鹿げているとしか思えんが・・・」


「適任が彼しかいないというだけの話だ。必要とあれば本部の魔術師も総出で協力する。それに・・・あまり言いたくないが今回の依頼に関しては目標への対処によっては難易度も変動する可能性が高い」


「・・・対処・・・確か生物の無力化が大まかな依頼の内容だったな」


「そうだ。その対処法によっては十段階の評価が一気に変動する。それでもかなり難しいことは否定しない」


この場であえて虚偽の申請をしなかったのは今後の事を考えての事か。それともすでにこの会話は記録され続けているからか。


ここで嘘を吐くことで生じるデメリットよりも、素直に報告して得られるメリットの方が大きいという事だろう。


康太は相手の言葉に嘘はないだろうと判断したが、小百合はどう考えているのだろうか。


仮面越しではあるが口元に手を当てて何やら悩み始めている。


「こいつがその依頼に失敗した場合のデメリットはあるか?具体的には本部側からの罰や賠償と言ったものだが」


「デメリット・・・そういう事はあまり考えてはいない。なにせ今回の件は・・・先にもいったが本部の中でもだいぶ扱いに困っている問題だ。解決してくれたならありがたいが、正直ダメでもともとという考えの方が多い」


今の台詞で康太たちはだいぶ本部での状況を理解することができていた。


ダメでもともとという事は少なくとも本部の魔術師たちはこの件を解決する能力がないという事だ。


さらに言えば本部の中でも意見が割れていると考えるべきだろう。今回の依頼に関しての大きな意見の違いとしては康太がそれを可能としているかどうかという点に絞られるのだろう。


もちろん依頼を支部の魔術師に受けさせるのに反対の魔術師もいるだろう。だがそう言う人間と同じかそれ以上の数の魔術師が最初から康太にあまり期待していないということがわかる。


康太が成功すると最初から思っていないからこそ、反対派の人間もそこまで大きな声を出さずに傍観の姿勢を貫いていると見て間違いない。


本部の情勢がわかったところで康太はさらに確信を深める。相手は康太を使い捨てにするかどうかまだ迷っているのだ。


康太が本部が思っている以上に優秀な存在であれば協力し助けもするが、逆に康太がそこまで優秀でもなく気にするまでもない相手であったなら協力など口だけでそのまま見捨てる。


なにせ康太の中には数百年間猛威を振るい続けた封印指定百七十二号の核とでもいえる存在があるのだから。


体よく始末することができる。


失敗しても成功しても本部にとっては康太に対してのいい試金石になる。どのような対応をするか、どのような対処をするか、そして康太の処遇をどのようにするか。


それは本部の中にいる反対派、そして賛成派、そして康太の存在を危険と判断しているすべての魔術師に共通して利益のあることだ。この依頼を通すことに関しては共通して何の問題も存在しない。


だからこそ今回の依頼は本部の誰かという事ではなく、協会本部からの依頼ということになっているのだ。


康太がどのような存在であるかの確認と、本部が抱えてきた問題を直接ぶつける。仮に康太がこの依頼の中で死んだとしても支部の一魔術師が死んだだけ。本部は全く痛くもかゆくもないだろう。


こうすることで本部にとっては好都合な依頼の完成というわけだ。個人と思惑ではなく組織としての思惑によって今回の依頼は発生した。それがどういうことなのか康太はおおよそではあるが理解できつつあった。


「ビー、お前はどう思う?今回の依頼について」


小百合の言葉に康太は眉をひそめた。依頼人が目の前にいるこの状況においてこの言葉を言う事がどういう意味を持つのか康太にだってわかる。


ここで自分の考えを率直に言って相手に対する牽制をしろという事だ。話を聞く限り今回の依頼が割と面倒な部類で、何よりこちらにメリットがないことくらいはわかる。


そんなものをわざわざ受ける必要はない。一応こちらが選ぶ立場にあるのだ。


もっともそれは現段階での話である。この後の反応次第で相手が次の交渉段階に入る可能性もある。小百合は強制的に話を次の段階へと進めようとしているのだ。


「・・・正直俺がこの依頼を受ける理由が見当たりませんね。俺に対してメリットがなさすぎる」


「報酬の件であればこちらから十分以上に用意させてもらうぞ。成功すれば評価もかなり上がるし、失敗してもきちんと報奨金は」


「それですよ。ぶっちゃけ現段階で俺はその両方ともある程度満足してるんです。封印指定百七十二号の件で十分以上の評価も金銭もいただきました。今のところこれ以上欲しいとは思ってないんですよ」


これは相手への牽制という意味もあったのだが康太の本心でもある。実際康太は封印指定百七十二号の一件で協会から過大な評価を受け、報奨金としてかなりの額を貰っている。しかもこの金額でさえ一部だというのだから恐ろしい。


学生の身でこれ以上の評価や金銭を貰ったところで持て余すだけなのだ。


「だが・・・君の立場から考えて評価は得ておいて損はないはずだ。ただでさえ君の立場は・・・」


「不安定ですね。確かに先日の一件も合わせてだいぶ不安定になってはいますけど、今回の依頼を受けることでそれが改善されるとは思えません。むしろさらに不安定になると思ってるんです。成功しても失敗しても、より大きな敵を作るような気がします」


康太が協会内での評価を欲しがったのは小百合の弟子だからというのが大きな理由だ。小百合は敵が多いためにその弟子である康太も自動的に敵に回される可能性がある。


そこで評価を上げることで康太の協会内での立場を作り敵ができたとしても手を出しにくい状況にする。それが康太と支部長の考えたものだったのだ。


恐らくだが相手が用意できる康太へのメリットは評価と金銭と協会内での康太の立ち位置くらいだ。


この中で康太が得たいと思っているのは三つめの康太の協会内での立ち位置くらいのものである。


だがそれも成功失敗によっては大きく変動するうえに、成功しても失敗しても現状より良くなるかはわからないのだ。


成功することで評価と報奨金を得て、なおかつ魔術師としての名声を得れば康太の立場はかなり良いものになるだろう。


だが逆にそれを妬ましく思うものも多く存在することになる。そして今回のように康太を利用しようとする輩も多く出てくるだろう。


失敗すれば康太がその程度の魔術師であると認識されやすくなる。難易度的に失敗しても仕方ない程度に思われるかもしれないが康太の存在が軽視されるのは間違いない。


そうなってくるとDの慟哭の関係から康太を早々に始末したほうがいいのではないかという声が大きくなる可能性も否めない。


敵が増えるかもしれないし味方が増えるかもしれない。そのあたりが不明瞭なだけに康太が今回の件を受ける明確なメリットが見当たらないのが現状である。


「ジョアは?客観的に見てこの依頼どう思う?」


今回の件にほとんど関係していない真理。直接依頼されたわけではなく、弟弟子が関わるという事もあって正しく客観的に見ることができるかどうかはさておいてここで真理に意見を言わせるというのはなかなか曲者だなと思った。


この状況下で真理がプラスの、依頼を受ける方向での発言をするわけがないとわかったうえでそうさせているのだから。


「ビーのいう通り、今回の依頼は『受ける理由』が見当たりませんね。『受けない理由』としては危険度とか難易度とか現場が外国だからとかいろいろありますけど・・・少なくとも受ける必要はないと思います」


真理の言葉は正しい。この状況下で康太がこの依頼を受ける必要がないのだ。


例え協会本部の人間が困っていたとしても、康太しかこの依頼を片付けることができる可能性がないとしても、そんなことは康太の知ったことではない。


本部の問題は本部でというわけではないが、康太だけがその面倒をしょい込む必要がないのだ。


仮に本部と支部の関係を出されたとしても、康太は支部に所属してはいるが支部に従っているわけではない。


支部の方から圧力をかけられてもそれがどうかしたのかと堂々と言える。なにせ康太は小百合の、デブリス・クラリスの弟子なのだから。


支部長の方には多少迷惑をかけてしまうかもしれないがこれは個人に向けられた依頼だ。その個人が乗り気でないのであれば依頼を受けるように強制することは難しい。


もちろん難しいだけであって不可能なわけではないだろう。本部と支部の力関係がどのようなものなのかはわからないが、一つの依頼を受けさせるために圧力をかけるくらいは造作もない。


だが問題なのはその圧力をかけたところで康太がその圧力に屈するか否かという事だ。そもそも基本的にどこかの組織やチームに所属しているわけでもないために他者からの意見というものに流されるという事もない。康太が依頼を受けるかどうかは康太自身が決める以外に方法はないのだ。


恐らくだが向こうもそれはわかっているのだろう。だから分かりやすく圧力をかけずにこうして足を運んでいるのだ。


日曜日、そして誤字報告を五件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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