小百合の交渉
「まぁそうだろうな、私としても同意見だ」
小百合がどのような思惑をもっているのかは不明だが、この場で一息ついて目の前にいる本部の魔術師たちを一瞥する。
相手はこれから本格的に圧力をかけた交渉をしてくるだろう。だがその前に小百合は一手打ってきた。
「だからこそ、私はこの件を受けてもいいように思える」
「「・・・は?」」
康太と真理は同時になにを言っているんだこの人はという間抜けな声を出してしまった。
先程までの会話の流れからして断る方向で話が進んでいたように思える。だというのになぜわざわざ今回の依頼を受けるような形に話を進めようとしているのか。
師匠と弟子の間で意見が割れている。そんな様子を見せて一体なんの得があるのか。
「正気ですか師匠。本部の魔術師でも難しい依頼をビーに受けさせると?失敗するに決まってるじゃないですか。わざわざ恥をかく必要ありませんよ」
「全くですよ。何でそんな自ら死地に飛び込むような真似しなきゃいけないんですか。常識的に考えてくださいよ」
師匠に対する物言いではないように思えるが、それで小百合はいいと思っているようだ。二人の言葉を遮るでもなくそのまま聞き流している。この人は一体何を考えているのだと康太と真理は本気で分からなくなっていた。
そもそも小百合は康太が依頼を受けることに反対していたのではないのか。なぜ話を聞いただけでここまで意見を覆したのか、何か理由があるのだろうが康太と真理はそのあたりを理解しかねていた。
本部の魔術師たちはこちらでも意見が割れているという事を鑑みて、これはチャンスだと思っているのか康太と真理の反論が途絶えたら何かを言い出そうと考えているのだろう。こちらの様子をしきりに窺っている。
師匠からの命令であれば弟子としては受けるしかない。本部の人間は交渉対象を康太から小百合へと変更しようとしているのだ。
「ていうか師匠、本当にどうしたんですか?ひょっとして魔術で暗示でもかけられましたか?」
「阿呆が、そんな間抜けなことにはならん。まぁ少し黙って見ていろ。お前が交渉対象だといつまで経っても話が進まん」
相手は康太に依頼を受けさせたい。対して康太は依頼を受けたくない。この二つの考えがある限りこの交渉が先に進むことはないのだ。
要するに平行線の一途をたどるのであればどちらかをあきらめさせるしかない。とはいえ相手は本部の人間だ。断られたからと言って『はいそうですか』と引き下がることがないのは目に見えている。
「デブリス・クラリス、貴女がなぜ依頼を受けてもいいと思ったのか、そのあたりを教えてくれるかな?こちらとしてもそちらが要求することならば応えたい。こちらはお願いする立場なのだから」
小百合の発言をどうやら『こっちの要求を呑んでくれるならそちらの言い分を聞いてやってもいい』という風に捉えたのだろう。場合によっては依頼を受けさせる切り口にできるかもしれない。
頑として依頼を受けたくない弟子を相手にするよりも、依頼を受けてもいいのではないかと考えている師匠を相手にした方がいくらか交渉が楽だ。
先程の発言によってこの場の状況は一変していた。平行線から、相手がこちらに歩み寄る形での話に変わろうとしている。
相手としては圧力を持って康太たちに依頼を持ってきてもよかったのだろうが、懐柔できるのであればその方が摩擦も少ない。余計な手間をかけるくらいならば多少の条件を加えてもいいと思っているのだ。
ここまできてようやく康太と真理は先程の小百合の言葉の意図を理解しつつあった。
要するに、条件を吹っ掛けるか、あるいは核心に触れる部分を告げ条件を追加、康太にとって安全な状況を確保しようとしているのだ。
この状況になってしまっては本人の気分にかかわらず受けさせられてしまうかもしれない。これで自分達だけに迷惑がかかるのであればいいのだが、周りの人間にまで被害が及ぶとなると正直康太としても受けざるを得ない状況になるだろう。
ならばその段階に入る前に、強制的に交渉のステップを増やす。それが先程の小百合の発言の真意だった。
「こちらとしても、それだけの難易度の中に弟子を突っ込ませるのは避けたい。正直に言えば今回の依頼は受けさせたくないというのが本心だ」
「そうだろう。弟子を持つ師匠としては可愛い弟子を困難に追いやるような真似はしたくない。それは十分に理解できている。だからこそこちらも最大限協力すると約束しようじゃないか」
相手の出方は一貫している。こちらとしてはわかりやすくてありがたい限りなのだが、同時に本心や真意がわかりにくい。
ただでさえ通訳を介して相手の本心がわかりにくいというのに、このままでは交渉もうまくいきそうにない状況だった。
だが小百合はそう思っていないようだった。
「少しだけ、今回の依頼について突っ込んだ話をしようと思うが、構わないか?」
「・・・話すことができるかどうかはわからないが、どうぞ」
一体何を言うつもりなのか、疑問を持っていると小百合は康太の方に視線を向け自分の胸元に指を指して何度かつつく。
その動作が普段康太がやる動作であることを康太と真理は理解していた。そしてその行動が何を意図するのかも。
康太がその意図を察して体の中から僅かに黒い瘴気を漏れさせると、小百合は満足そうに再び本部の魔術師たちに向かい合う。
「そちらが確認したいのはこいつの安全性。そしてこいつの性能、それが件の生物に通用するか否か。そう言う事だろう?」




