不用意な行動
「それに、今回みたいに相手が肉弾戦が得意だった場合もある程度対応できるしな。少し普通とは違うかもしれないけど肉弾戦はできるようになっておいて損はないと思う。本格的に戦えなくても動き方一つ知ってれば役に立つことだってあるし」
実際康太は近接戦闘ができるようになり、ある程度実力もついてきたが近接戦ができるから損をしたという事は今までない。
もちろん普通の魔術の訓練に費やすはずの時間を肉弾戦に費やしているという意味では損をしているのかもしれないが、ある程度実力がつくまでは仕方がないものだと思っている。
特に康太のような突貫魔術師はそうする以外に実力をつける術がないのだ。ただでさえ他の魔術師に比べて修得している魔術の数が劣っているのだから。
「まぁ結局のところ、本人の向き不向きもあるし一概には言えないな。下手に覚えて怪我をするってこともある。まともに訓練してなければなおさらな」
「まともに訓練って・・・どのレベルですか?普通に体一つで相手を倒せるようになればいいとか?」
「いや?倒すことは二の次だな。まずは格上相手から自分の身を守れるようにならないと」
はっきり言って肉弾戦のみで相手を倒すというのは容易なことではない。殴る蹴るというのはもっとも原始的かつ単純な方法ではあるが、人間の体というのは案外頑丈なのだ。
素人の拳や蹴りをいくら当てたところで気絶させるのは難しい。しかもそれが魔術師で肉体強化などの対抗策を持っている相手ならなおさらである。
魔術師戦における近接戦闘の主要目的はあくまで相手の攪乱と心理的圧迫感を与える事。もちろん拳で倒すことができるに越したことはないが、それは相手との実力差が相当あって初めてできることだ。
康太だって最近は小百合や奏との肉弾戦では気絶することも少なくなってきている。攻撃を受けることはあっても戦闘不能になることは少ない。
「当たり前だけどある程度距離がある射撃戦と違って近接戦闘は一瞬一瞬で判断しなきゃいけないからな。反応速度もそうだけど慣れてないと何が起きたのかわからないうちに倒される」
俺も最初はそうだったよと遠い目をしながらから笑いをしている。もっとも康太は仮面をつけているために二人にその表情が見えることはなかったが。
「なんかそれだけ聞いてると近接戦闘しない方が安全に戦えるような気がしてくるんですけど・・・それ役に立つんですか?」
「立つ。間違いなく役に立つ。俺の場合はこいつを使ってるからっていうのもあるけど武器に過剰に反応してくれるとすごく楽だぞ?魔術も当てやすくなるし相手を怯ませられるしある程度隙ができれば相手に負傷させることもできるし」
単純な殴る蹴るであれば相手に負傷を与えることはなかなか難しい。ある程度以上の筋力と的確な場所に打撃を繰り出せるだけの技術がなければできない芸当だろう。
だがそれが刃物などであればそんな筋力も技術も必要ない。
必要ないというと語弊があるかもしれないが、本当にある程度の技術さえあれば最悪素人でも相手に負傷を負わせることができる。
刃物の利点はそう言うところにある。力を必要とせず、日常的に扱えるものであるが故に一般人でもその技術を体得しているものがほとんどだ。
それ故に相手もその効果を知っているためにより一層相手に心理的圧迫を与えることができる。
「もちろん近づくのが危険っていう意味では明確なデメリットかもしれないけどな。でもずっと中距離戦を保っていられるような状況でいられるわけじゃないし、訓練自体もだいぶきついからなかなか慣れるのは難しいかもしれないけど」
「・・・ブライトビーさんはどうやって慣れたんですか?」
「俺?そりゃもう師匠と毎回毎回殺し合いもどきだよ。いろんな人に相手してもらってるけど、基本みんな容赦ないからだいぶきついけどな。それでもそれだけの価値はあると思ってる」
まだまだ俺なんかじゃ足元にも及ばないけどなと笑いながら康太はその手をひらひらと動かして見せる。
殺し合いもどき。康太のその言葉に晴と明は先程の戦闘における康太の異常性をほんのわずかではあるが理解していた。
攻撃を受けてもなお次の行動を考え、多少の負傷を受けても体が動くのであれば痛みを無視して反撃する。
普段から日常的にそう言ったことに慣れているからこそ実戦でもそう言った動きができるのだろう。
魔術を扱うための訓練は基本的に痛みを伴わない。自らの中にある感覚との会話であり、常に自分自身という存在を自覚しながら自らが操る魔術をより精密に、より強大に操れるようになるというのが基本的な魔術の訓練だ。
だからこそ、実戦に出たことがない魔術師は多少の負傷をするだけで集中が乱され魔術を思うように使えなくなることがある。
だが康太は、いや小百合や真理もそう言ったことは一切ない。
日常的に痛みを覚えながらもその状況でも魔術が使えるように、それこそ気絶する寸前になっても魔術が発動できるように日々訓練しているのだ。
ここまで話して二人はようやく康太に投げかけた問いの解答を得ていた。
自分達と康太たちの違いは実戦経験の違いではない。日々の日常的な訓練の質の違いだ。
魔術師としては明かに異端ともとれる訓練内容、それが魔術師として確固たる実力に繋がっている。
二対一とは言え圧倒的格上に対して白星を挙げられる程度にはその効果が出ているのだ。
自分達とは違う異端の魔術師。自分達とは違う協会の魔術師。そして一つ年上の槍使いの魔術師。
自分の強さを決して自慢しない。むしろまだ未熟だという彼のその強さ。
この瞬間、二人の天才魔術師の中で一つの目標ができた。
小百合の運転により康太たちは土御門昭利の家に再び戻ってきていた。相変わらずまだ屋内は荒れているが、周りを見張っていた魔術師のチームが総出になって片づけをしているらしく、徐々にではあるが片付けが始められている様子だった。
「あー・・・帰ってこれた・・・うちの嫁さんにまた怒られてまうなぁ・・・」
「そのあたりはしっかりとしてください。いま金を用意しますから領収書とかの用意とかもお願いします」
「はいはい、ちょっと待っててな」
商談が終われば自分たちはお役御免だ。さっさとホテルに戻って休みたいと思っている中、トラックの荷台から降りた双子は小百合の方をじっと見ていた。
小百合もその視線には気づいていたが気付いたからと言って何をするわけでも聞くわけでもなく静観を貫いていた。
例え子供が何を考えていたとしても自分には関係ないと思っているからである。
「どうした?そんな師匠の方を見て」
「・・・いやその・・・そんなにすごい人には見えないなと・・・戦ってる時もあの人だけほとんど戦わなかったし。最後の方でちょっと暴れたくらいで・・・」
「そんなにすごい人なのかなって不思議に思ってるんです」
確かに先程の戦闘の中では小百合はほとんどと言って良い程動いていない。実際に激しく戦闘し動いたのは康太と真理だ。
今回の役回り自体が露払いだったからというのもあるが、連戦において主力の実力を隠しておきたいというのは当然の事。
あの三人の中で最も実力があったのが小百合であったために彼女の活躍はあの場では望まれないものだったのだ。この二人がそう思ってしまうのも仕方のない話なのかもわからない。
「実際に戦ってみればわかりますかね?」
「やってみればいいんじゃないか?あの人の事だから普通に返り討ちに・・・」
康太が冗談交じりにそんなことを言った次の瞬間に、晴は小百合めがけて走り出していた。
拳を振り上げて思い切り不意打ちをしようとしているのがわかる。しかも小百合は昭利と話していて完全によそ見をしている状態だ。普通に考えれば不意打ちは成功するだろう。
だが相手は小百合だ。すでに晴が殴りかかろうとしているという事も察知している。その証拠に僅かにではあるが右足が浮いて左足を軸にしている。殴りかかろうとした瞬間に蹴りを入れるつもり満々だ。
真理の方を一瞬見たが、小百合に頼まれて何やら荷台の方で作業している。自分が止めなければあのまま蹴られてしまうだろう。
さすがに中学生を蹴らせるわけにはいかないなと康太はため息を吐きながら遠隔動作の魔術を発動する。
殴りかかろうと跳び上がった晴の首根っこを掴み思い切り引っ張ると同時に晴の体めがけて放たれた蹴りの動きを止めるべく康太も蹴りを放つ。
小百合の蹴りを完全に止めることはできなかったが、軌道をわずかに逸らせることには成功した。
晴は地面に背中から着地し、小百合の蹴りは虚空に放たれたことになる。手ごたえがなかったのにもかかわらずその場に倒れ痛がっている晴を見て小百合は康太の方を睨んだ。
「なぜ止めた?どうせなら痛い目に遭ったほうがこいつも学習するだろう」
「俺の役割忘れたんですか?京都にいる間は師匠の露払いですよ。攻撃しようとする奴らは制圧、何も変わりません」
「・・・まったく・・・おい晴、もう少し相手を選んで喧嘩を売ることだな。こいつが止めなかったらそんなもんじゃすまなかったぞ」
小百合のいう事はもっともなのだが、相手は中学生なのだからもう少し優しく接してやってもいいのではないかと思えてしまう。
だが康太は思い出す。そう言えば初めて会った時自分もまだ中学生だったという事を。
小百合には年齢によって相手に手加減をするという考えが最初からないのだ。それは時に利点でもあるのだが、今回に関してはただ単に無茶苦茶な考えをしているようにしか見えない。
小百合は真理が荷台から持ってきたものを受け取ると昭利と一緒に早々に家の中に戻ってしまった。
思い切り蹴ろうとした相手を気にかけようともしない。今回に関しては殴りかかろうとした晴が全面的に悪いのだが。
「ったくもうあの人は・・・。ていうかお前もいきなり殴りかかるとか何考えてんだ。俺が止めなきゃ最悪骨もってかれてたぞ」
「いやだって・・・やってみればいいんじゃないかって・・・」
「アホか、あの人相手に不意打ちするってことは自分が何されても文句言えないってことだぞ。真正面から稽古つけてくれって言えばまだ比較的まともにボコボコにされるだけで済むかもしれないけど、こっちが不意打ちとかすれば当然あっちも容赦がなくなる」
実戦ではどのような相手に対しても基本的に容赦はないが、訓練であるなら最低限の遠慮くらいは小百合はしてくれる。
だがこちらが不意打ちなどを使った場合はその遠慮すらなくなる。本当に実戦に近いというか実戦そのものと言ってもいいほどにどんな手段も使ってくる。
「それって・・・急所攻撃とかですか?」
「そんなん普通の訓練でも使ってくるよ。そう言うのじゃなくて目つぶしとか指折りとかそう言う人体の機能に直接関わってくるやつだよ」
急所攻撃は普通の訓練の時も平気でやってくるという言葉に晴は戦慄しているようだった。
スポーツなどでの戦いならある程度ルールがあるが実戦にそんなものはない。訓練ではあくまで肉弾戦を学ばせるために行うが、実戦の場合どれだけ相手を叩きのめすことができるかという内容に変わってくる。
先程の状態は康太が止めなければ非常に危険なことになっていた可能性もあるのだ。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです
 




