ライブ開始
ライブ開始と同時に周囲は一気に騒がしくなっていた。
怒号のような歓声とそれに合わせるように鳴り響く低音の振動、そしてそれらをかき消すかのように流れ始める大音量のBGM。
広い空間に音楽を響かせるために相当の音量を出しているというのは容易に想像でき、屋外におけるライブがどれだけ大変かというのが一見するだけで理解できた。
「すっごいわね・・・ここまで騒がしいとは・・・」
「ドームとかのもすごいらしいけどこっちもこっちで凄いな・・・!文、集中維持できてるか?」
「大丈夫よ、この程度の音くらいじゃ集中は乱さないわ。今のところ観客にもライブ会場裏にも異常は無しよ」
文は現時点で魔力感知の魔術をかなり広範囲にわたって発動し続けている。もちろん方陣術によって索敵系の魔術は張りやすいようになっているのだろうが、これだけの広範囲をカバーするというのはそれなりに集中が必要になるだろう。
文は魔術によって、そして康太は視覚的に問題がないかを見届けなければいけない。
さすがに熱中症まではカバーしきれないが、それでも何もしないよりはましだ。
「昨日の感覚から言って・・・大体一時間か二時間くらいを目途にして魔力吸収が必要だと思ってくれればいいわ。それまで康太は見回りとかしててもいいわよ?」
「ん・・・確かにここにいてもやることなさそうだな・・・わかった。なんか俺の手が必要なら連絡くれ。それまで見回りしてる」
「お願い。あとついでに適当にアイスとか買ってきてくれるとうれしいかも」
「はいはい、んじゃちょっくら行ってくるわ」
索敵の関係上文はこの場から離れられない。それに比べて康太は要所要所で行動すればいいだけだ。
常に一律の行動理念があるわけでもない。その為にこうして暇な時間などが出てくる。
ライブ中という事もあって人は多い。その為一人でこうして歩いていても特に不審には見られない。
それに康太は先日マネージャーからもらったスタッフ用の証明書がある。会場の裏側にいても何も不思議はないし見回りと監視という意味では観客席側にいるよりは裏方で張り込んでいた方が有意義だろう。
康太はとりあえず文に頼まれたアイスを購入するべく近くにあるコンビニまで走っていた。
元よりライブ会場が近くにあると言ってもここはかなり敷地の広い公園だ。その場所に行くまで歩いていては時間がもったいない。
康太は自分の体に肉体強化の魔術をかけて普段よりも速く走りながらコンビニへと向かっていた。
さすがに肉体強化をかけていても時間がかかってしまう。溶けなければいいがと心配しながらとりあえず購入したアイスをコンビニの中にあった氷を貰って文の元へ届けることにした。
「はいよご注文のアイス。これでよかったか?」
「ん、ありがと。お金は後で払うわ」
「いいって。熱中症には気を付けろよ?」
「わかってるわよ。そっちも気を付けて」
気を付けてというのが熱中症に対してなのかそれとも別のことに対してなのか、康太はあえて聞かずに観客席から離れ始める。
そして康太は少し離れた場所からライブ会場の様子を確認していた。
一見するとライブは盛況のように見える。会場の方では歌声が響き観客を魅了しているのがここからでもわかる。
だが実際に会場の裏側に来るとそこは戦場のようだった。
常に人が動き続け怒号にも似た指示を飛ばしながら常に次の行動を意識して活動し続けている。
あまり邪魔になってはいけないなと康太は邪魔にならない場所で周囲の状況を観察することにした。
観客席側にはライブの様子を見ようと仕切りの向こう側、つまりチケットを持っていない一般人が何人かたむろしていたがこちら側にはほとんどと言って良いほどいない。
当然と言えば当然かもしれない。人間煌びやかな方に目は向くがその逆、つまりあまり目立たない方には目が向きにくいのだ。
野次馬根性というわけではないが皆が見ている方向に目を向けたくなるのは仕方のないことだろう。
だがこの状況は康太にとって好都合でもあった。表側に多く人がいるという事はそれだけ裏側にいる人間は目につく。
さすがに表の方は人が多いという事もあって警備の人間も集中して警戒している。それに文の索敵も効いているために入り込んだ場合すぐにわかるだろう。
さらに言えば表側から裏側に向かうためには観客の脇を移動してステージ横を通らなければいけない。
さすがにあの場所を移動して裏側に回ってくる人間がいるとは思えない。なにせステージの方にも警備員が何人もいるのだ。
となれば侵入経路は今康太のいる裏側くらいのものである。
簡単な柵と一定距離に警備員がいるだけで入ろうと思えば誰でも入れるような警備体制なのだ。誰が入るにしろ侵入するならこちら側を選択するのは理に適っている。
さてどうしたものかと康太は考えながら先程自分で買ったアイスを食べ始める。
徐々に気温も上がってきている。現在時刻は十時を回りもうすぐ十一時になろうとしている。
もし侵入するならこの時間帯だなと思いながら康太は警戒を強めていた。
 




