ひと晩開けて
「あはは・・・ごめんね、あいつ結構口が悪くてさ・・・」
「いえ、俺らじゃわからないことだったので教えてくれてよかったです。うちの師匠は結構あれですから・・・」
康太が師匠という言葉を使ったことでトミー・ロッドは微妙に気まずそうに同情的な声を出していた。
先程康太の術師名であるブライトビーを出した時に『あの』という言葉がついてきたが、十中八九小百合の術師名『デブリス・クラリス』の名を呼ぶときにも『あの』という言葉がついてくることだろう。
そしてその言葉は決していい意味ではないのは容易に想像できる。そして自分の師匠が『あれ』という言葉を使った時点で康太もその被害に遭っているという事がトミー・ロッドにはすぐに理解できてしまったのだ。
同情してしまうのも無理もないというものだろう。
「まぁ・・・なんだ・・・まだ若いみたいだし・・・その・・・若い時はいろいろ苦労するものだからあまり気にしない方がいい。頑張るんだよ?」
「・・・ありがとうございます」
康太に対してかなり同情しながらトミー・ロッドはその場を離れていった。さすがにあそこまで同情されるのは小百合が若干不憫なようにも思えたが普段の行動が行動だけに擁護の言葉が湧いてこない。
こういう時に人望というものが試されるのだなと思いながら康太と文は周囲に魔術師の気配が無くなったのを確認すると小さくため息をついていた。
「ようやく今日のやることが全部済んだわね・・・つっかれたわ・・・」
「お疲れさま・・・さすがに俺もちょっと疲れた。誰かに言われたことやるのと違って自分で考えて行動しなきゃいけないから余計疲れるな」
「そうね・・・体だけじゃなくて精神的にも疲れてる感じだわ。たぶんだけどこれからもこういう事増えてくるでしょ?」
「たぶん・・・いや間違いなく増えると思うぞ。今回の件を何事もなく無事に解決すればの話だけどな」
今回の奏からの依頼は所謂康太に対しての試金石だ。
康太がどのような魔術師であるか。そして康太の持つ『Dの慟哭』が危険なものではなく、ある程度制御できていることを知らしめるためのものだ。
もしこの依頼を正しく、そして高評価で終えることができれば康太に対する周囲の魔術師の認識も変わってくるだろう。
そうなれば康太に対して個人的な依頼が舞い込んでくる可能性は高くなる。
康太としては相当な好条件か、あるいは個人的に受けても構わないと思えるような内容でない限り個人的な依頼を受けるつもりはないが、恐らく簡単に断れるような状況にならないのは容易に想像できる。
最悪師匠である小百合の命令で依頼を受けさせられかねない。訓練も大事だがそれ以上に実戦が大事だとか言いながら康太に無理矢理依頼を受けさせようとする小百合の姿が目に浮かぶ。
「それにしても・・・人によっては魔術の発動でも受け取り方がだいぶ違うのね・・・うちの学校だとそこまで気にしないような感じなのに・・・」
「そりゃそうだろ。地域によっている魔術師も違うんだから。でも喧嘩売られてると思われるってのはちょっと驚いたな・・・学校にいる時はほぼ毎日使ってたからなぁ・・・」
康太たちが今回発動していた人避けの魔術は学校にいる時、特に昼休みや部活の時などに多く利用する。
二年生や三年生の魔術師も基本的にその発動を感知してこちらに意識を向けることはあってもそこまで警戒はしない。
毎日のように康太たちが使っていれば警戒する意味がないというのもあるのだろうが、よもやその日常的な行動を敵対行為ととられるとは思っていなかっただけに康太たちの驚きは大きかった。
「これからはなんていうか・・・もうちょっと穏便に魔術師をおびき寄せることができる手段を考えたほうがいいかもしれないわね・・・師匠に聞いておいた方がいいかしら・・・?」
「・・・いや・・・エアリスさんも師匠に感化されてる可能性があるからあてにならないぞ・・・?うちの師匠筋の人間も大抵危ないな・・・他に魔術師の知り合いでもいればいいんだけど・・・」
「学校の先輩たちにこんなこと聞くわけにもいかないしね・・・もう少し個人的に魔術師としてのコネクションを作っておいた方がいいかもしれないわね」
「確かにそれはあるな・・・いつまでも師匠の関係で人間関係構築していくわけにもいかないし・・・」
康太たちの関わってきた魔術師は基本的に自分の師匠関係の者たちばかりだ。その為に師匠たちが仲立ちしなければ赤の他人に近しい関係になってしまう。
これから独り立ちを考えるうえで師匠筋の人間関係だけではなく、広く魔術師としての交友を深めていく必要があるかもしれない。
もちろん誰でもいいというわけではない。信用できる人間を味方に引き入れていく必要があるだろう。
そんな都合のよい魔術師が身近にいるはずもなく、康太たちの独り立ちのために必要な面倒極まる項目が増えただけのような気がしていた。
「とりあえずホテルに戻りましょ・・・今日はもう疲れたわ・・・」
「おう・・・方陣術のテストしなくて平気か?」
「ぶっつけで何とかなるわ。事前に動作テストはやってあるから問題なしよ。あの規模になるとなかなか大変だけどね」
そう言いながら康太たちはそれまでいた屋上から離れていく。人気のないところで魔術師装束をとくと自分たちの宿泊するホテルへと戻っていった。
翌日、ライブ初日。
康太たちは夜明けと共に目を覚ましていた。昨夜に魔術師として少し活動したために睡眠時間が若干足りていないがそれでも寝られただけ御の字というものだ。
「・・・おはよ・・・」
「・・・あぁ・・・おはよう・・・こんなに朝早くに起きる必要あったのか・・・?」
携帯でセットした目覚ましの音に強制的に覚醒させられた二人は瞼をこすりながら体を起こす。
同級生と一晩明かした後だというのに康太と文の間にはまったくと言って良い程に気まずさが存在していなかった。
なにせ何もなかったのだから。
風呂に誤って入ってしまうようなハプニングも着替えを覗いてしまうようなうっかりもなく、いたって順風満帆に一晩を明かすことができたのである。
だが全く気にしていないのは実は康太だけなのだ。女兄弟がいるという事もあって康太はそれなりに女性に対して耐性があるが、文は男性に対しての耐性というものはほとんどない。
その為に目を覚ましたその時に康太が横にいるという状況に若干ではあるが混乱もしているのだ。
康太が自分に対して邪なことはしないと、そのあたりは信頼しているため心配はしていないのだが、やはりというか当然というか、花も恥じらう女子高生としては隣に男がいるというのは少しばかり緊張してしまうのである。
寝間着代わりに置いてあったホテルの浴衣もどきの隙間から見える康太の筋肉などをちらちらと見ながら悶々としている間、康太は全く気にした様子もなく起き上がって外の様子を確認していた。
「おぉ・・・よく晴れてるな・・・これなら人もそれなりに・・・!?」
その日は雲一つない程の晴天。これほどの晴れはなかなかないなと康太は少しだけ安心していたのだが、その光景を見た瞬間自分の目を疑った。
そして現在の時間を確認する。携帯の時間と自分の目が間違っていなければまだ午前五時にもなっていない。
日も完全にできってはおらず、空が白んでおりようやくこれから明るくなるという時間帯だ。
驚いたのは康太たちが部屋から見えるライブ会場の方を見た時に、すでにそれなりの数の人間がその場にいたのである。
徹夜組は恐らくあの場に待機していただけではなかったようだ。近くの宿をとったり近くのネカフェなどで休んだりした状態で日の出の少し前の段階で行動を開始したのだろう。
さすがにアイドルのライブのためにあれだけの活力を出す気にはなれなかった。
「どうしたの?なんかあった?」
「・・・いや・・・なんて言うかアイドルって恐ろしいな・・・もうあんなに人がいるよ・・・あの人達何であんなに早く来てるんだ?」
「ん・・・?うわ・・・なにあれ・・・」
康太に続いて文も窓からライブ会場の様子を確認すると信じられないといった表情をする。
若干嫌悪感さえ抱いてしまっているかもしれないその表情、恐らく康太も似たような表情をしているのだろうと思いながら小さくため息を吐く。
「やっぱ好きなもののことになると人間何処までも頑張れるのかね・・・?俺にはわからん世界だ」
「まったくね・・・でもそれだけ本気になれることがあるっていうのはちょっとうらやましいわね。あそこまでのエネルギー使えるものがあるなら人生楽しいでしょ」
若干どころかだいぶ偏見にまみれた発言に聞こえるが、実際あれだけ本気になれるほどに好きなことがあるというのは良いことだ。
盲目的というと悪い印象があるかもしれないが何に変えてもいいほどに好きなものがある人間というのは案外少ない。
それだけあれば生きる活力にもなるし何より同じ思いを持った仲間と一体感を得ることもできる。
「お前だって昨日はあの人の事大好きみたいな感じだったじゃんか。あぁいう人を見習ったほうがいいんじゃないのか?」
「冗談。確かにあの人は綺麗だし歌もうまかったけど崇拝したいとは思わないわ。偶像崇拝っていうのは対象が手の届かない場所にいるべきだもの」
「・・・よくわかんないけどそう言うもんなのか?アイドルだったら普通に手が届かないんじゃないのか?」
「手が届きそうな絶妙なところに立ってるのがアイドルなのよ。そう言う可能性も売り物にしてるのがあぁいう芸能人だもの。私はそう言うものを目指そうとも近づこうとも思えないわ」
「なんで?女だったらイケメンのアイドルグループなら好きなもんじゃないのか?大抵半狂乱になりながらライブとかに行くイメージなんだけど」
「あんたそれは偏見過ぎるわよ。今時顔がいいだけの男なんていくらでもいるわよ?歌が上手かったりいい曲だったら普通に曲を買うくらいはするかもしれないけど半狂乱にはならないわよ・・・」
そんなもんなのかと康太は自分の中にあった女性観を若干変更しながら窓から見える半狂乱しているであろう人物を眺める。
女性より男性が多いのはやはりそう言う事なのだろう。
文が言ったようにアイドルとは手の届かないようで届くかもしれない位置にいる。そしてそれすらも売り物にする職業だ。
一見すれば憧れも抱くかもしれないがそう考えるとなかなかに業の深い職業だと言えるだろう。
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これからもお楽しみいただければ幸いです




