人員不足
「さて・・・今日はもう外に出ないつもりかな?」
「その方がこっちとしてもありがたいわ。索敵範囲を広げるのは骨が折れるもの・・・」
康太たちは道具の手入れをしながら部屋で休むと同時に護衛対象である森本奈央の様子を窺っていた。
正確には動向を窺っているのは文だが、康太も一応警戒くらいはしている。それ以外にできることがないというのが正直なところだ。
マネージャーに電話番号を教えてあるために必要なことを聞く場合、あるいは相手の時間の都合がつけば連絡が来るだろう。それまで康太たちができることは体を休めることくらいである。
「そう言えば文、今回方陣術結構広く使うわけだけどさ、他の魔術師たちに反応されたりしないかな?」
「あぁ、そういえばそのあたりの根回しもしておいた方がよさそうね・・・この辺りを縄張りにしてる魔術師っているかしら・・・?」
この辺りはマナが安定していない。それが平時からなのかこの時期限定なのかはわからないがこの辺りを活動範囲にしている魔術師がいないとも限らない。
一応公的な依頼を受け、なおかつそのために必要な魔術を行使するとはいえ多くの人間が関わる以上ある程度の反応は示すだろう。
今夜のうちに接触しておきたいところだが相手が反応してくれるかは微妙なところである。
「じゃあ方陣術のテストを含めておびき寄せるか。でかい魔術発動してればさすがに寄ってくるだろ」
「それでいいかもね。えっと・・・目標がいつ寝るのかにもよるけど・・・まぁ深夜くらいにはやっておきたいわね」
夏休みという事もあって魔術師も活動時間が長くなっている可能性が高い。だからというわけではないが文が仕掛けた方陣術のテストを含めてこの辺り一帯を活動範囲にしている魔術師に対してある程度話を通しておく必要がある。
ライブ中に妨害なんてされた日には目も当てられない。こちらに戦闘の意志がなく、なおかつ今回仕込んだ術式が特に問題ないものであることをきちんと説明しておく必要があるだろう。
「今日の内に確認する事項がどんどん増えていくな・・・せめてあと一人連れてくるべきだったな・・・」
「そう言えばなんで今回倉敷連れてこなかったの?あいつ連れてくれば多少は役に立ったんじゃない?」
「あいつの術って基本水系統ばっかじゃんか。屋外のライブで水系統の術使われても困るだけだろ?」
精霊術師である倉敷は基本的に一つの属性の術しか使うことができない。彼の場合は水属性の精霊を連れているために水属性以外の術は使えないのである。
無属性の魔術でさえ使えないために汎用性が低い上に使用できる状況が限られ過ぎているのだ。
連れてくることももちろん視野に入れたのだが本当に荷物持ちとかそう言うことくらいしか役に立ちそうにないために今回は連れてこなかったのである。
「まぁこんだけ暑いから水撒き程度はしてもらってもよかったかもしれないけどね」
「それなら文の魔術で事足りるだろ?報酬分割する数増やしてまで連れていく価値があるとは思えなかったんだよ」
これがいつものように小百合に巻き込まれる形での依頼であれば康太も何も気にすることなく倉敷を連れてきたのかもしれない。
だが今回は奏に直接、しかも公的に依頼された形だ。人数を無駄に増やして出費を増やすよりも少数精鋭で行動したほうがいいと判断したのだ。
それに康太自身まだ倉敷のことをそこまで信用していない。少なくとも文ほど信用はしていないのである。
万が一にも変なことをされるようなリスクを負うよりはいっそのこと連れてこない方がましなのだ。
「まぁ言いたいことはわかるけどね・・・人数が多ければその分楽になるのは確かでしょ?二人だけだとどうしても限界があるもの」
「それは今回身に染みた。せめて姉さんに一緒に来てもらえれば楽だったんだけどなぁ・・・声くらいかけるべきだったかも・・・」
何か目的を達成する場合、適正な人数というものが存在する。場所、状況、内容、時間などによってその人数は大きく変動すると言って良いだろう。
室内での行動なのに百人規模の人間を動員したところで邪魔になるだけ。逆に今回のような開けた場所での活動において一人で行動するなんてことは無理に等しい。
人数が多ければ多いほどいいというわけではない。状況に応じて適切な人材と人数を把握して選別しなければいけないのだ。
今回の場合、出費などを考えなくてよいのであれば必要な魔術師の数は十人から十五人くらいいればほぼ万全の態勢を敷けるだろう。
観客の出入りの把握、護衛対象の周囲の警戒、観客の魔力の状況などの三つの役割に分けて行動させればそれぞれ比較的楽に行動できるはずである。
だがここで出費などのことを考え出すと多すぎると逆に面倒なことになる。
今回は奏が出してくれているがこれから別の依頼を受けた時にはそうもいかなくなる可能性がある。
そうなってくると人数は限りなく少なく、そして必要な魔術を有した人間を選別しなければならない。
そう考えると真理はその全ての状況に置いて対応できる優秀な魔術師だ。今回は康太は声をかけなかったのだが今さらながらそのことに若干ではあるが後悔していた。




