学業の如何
「じゃあ俺が普段一般人しか見えてないのは、そう言う振りをしている人達だけを見てるってことですか?」
「そうともいえん。心の底からただの一般人の人間もいるだろう。だがこれだけ人間が多ければ異常性を理解しそれを悟らせないようにしている者もいるという事だ。それだけは覚えておけ」
普段自分が過ごしている空間の中にも異常者は隠れている。つまりはそう言う事だ。だがそれはその人物が自らの身を守るために行っている自衛行動の一つでもある。
決して自らが犯罪を犯すべく自ら一般人を装っているわけではない。もちろんそう言った輩もいるだろうが。
多くのものが自分の中にある異常性を、周囲とは違う特異性を隠して生きているからこそ今の社会は今のところ平穏に成り立っている。
正確には所々にほころびが生まれているのも事実だが、それもまた仕方のないことだ。大きな組織になればなるほどにそのほころびは大きくなる。まして人類全体ともなればそのほころびは数えられる程度を超えている。
何も不思議なことはない。それが『当たり前』なのがこの世の中なのだ。
「なんにせよ、お前はすでに一般人とはかけ離れている。一般人の立ち振る舞いをできるようにしておいた方がいいだろうな」
「・・・俺一般人じゃないふるまいそのものがわからないんですけど・・・たとえばどんな感じですか?」
「・・・まぁそれは自分で解決するとしてだ、テストの方はどうだったんだ?補習などはないだろうな?」
強引な話題の変更にきっと小百合も答えられないんだなと思いながら康太はとりあえずちゃぶ台に立て肘しながらため息をつく。
「自分なりにはそれなり以上にできたと思いますよ?準備期間少なかった割には。でも文曰くあまりよろしくないそうで」
「ふむ・・・具体的にはどれくらいできた?」
「各教科一、二問分からない問題があったくらいですかね。文が言うには全部できるようにならないといけないくらいやった自負があったみたいで」
「それなら十分すぎるだろう。ケアレスミスを含めて・・・大体七十から八十点ほどは取れていることになる。そこまで高い目標を掲げても結局自分の首を絞めるだけだ」
ほどほどが一番だなと付け足しながら小百合は書類を整理し始める。ファイルに一つ一つ収納していき、それぞれがどの場所にあるのかをファイルの一部に印をつけておきながら小さくため息をついていた。
「ちなみに師匠って学生時代は成績良かったんですか?」
「私の師匠や兄弟子があんなのばかりだったからな・・・どんなことでも全力でやらされたおかげで成績だけはよかった・・・今となってはほとんど無用の長物となっているがな」
学校の勉学というのは就職先によっては全く使わないこともある。というか高校までの勉強は基本的に就職するうえで使用するのではなく、就職後に使う知識を扱うための基盤でしかない。
そう言った基礎的な部分を埋めるのが高校までの学業だ。そう言う意味では小百合はすでに高いレベルでの基礎を修得していたことになる。
もっともすでに何年も勉強していないこともあってほとんど忘れてしまっているかもしれないが。
「そう言えば師匠って大学は出てるんですか?」
「失礼なやつだな。普通に大学は出たぞ。文系の大学だったがな・・・ぶっちゃけると入った意味も、そこで学んだこともほとんど意味があったのかさえ分からんものばかりだ。まぁ語学と経済学に関しては多少は役に立っているがな」
「へぇ・・・ひょっとしていろんな国の言葉話せたりするんですか?」
「日本語、英語、イタリア語、中国語の四つだけだ。しかもどれも片言で日常会話とは程遠い。まぁ英語に関しては少しましかもしれんが・・・」
高校でまだ文法的な授業をしている康太からすれば、ある程度英語を話すことができるというだけで尊敬のまなざしを向けるに値するレベルだ。
なにせ康太は英語を話そうとしたらまず第一に紙に自分が何を言いたいのかを日本語にしてから英語に訳さなければならない。
日本語から英語への変換がそもそも瞬時にできないのだ。最悪単語などを辞書で調べながらの作業になるだろう。
その作業のあるなしでは会話の速度もテンポも全く違う。大学の授業はやはり高校のそれとは違うのだなと康太は感心してしまう。
「やっぱ大学の勉強って難しいんですか?会話の勉強とかあったりするんですか?」
「あー・・・訂正しておくが私は別に大学で語学を本格的に学んだわけじゃないぞ?大学でやったのはお前達がやっているようなのと同じ基礎的な文法までだ。私の場合は実際に現地に行くことがあったからな。それで必然的に覚えただけの話だ」
「え・・・?大学ってもっとこう難しい内容のことやるんじゃないんですか?」
「大学はそこまで凄いところじゃないぞ?専門的な学校でない限りやることは基本的に高校からの延長線だ。最悪中学からの延長線の授業もあったくらいだからな」
小百合の言葉に康太は眉間にしわを寄せてしまう。今まで大学の授業はそれなり以上に難しく、単位取得も相当大変なものとばかり思っていた。
高校では学べないことを大学で学ぶからこそわざわざ大学受験をするとばかり思っていただけに康太は大学というものに対する憧れが打ち砕かれてしまっていた。
「なんかそれだと大学に行く意味を考えさせられますね・・・」
「大学に行く意味は単純だ。入学できるか否か、そして卒業できるか否か。就職するうえでも大体その二つしか見ていないだろうな。あとはどんな生活を送っていたか程度だ、大学の存在意義などその程度でしかない」
身もふたもなく偏見に満ちた発言に聞こえるかもしれないが、これでも大卒の人間のいう事なのだ。もしかしたら実際その通りなのかもわからないだけに大学の存在意義について考えさせられる瞬間だった。




