将来の話
「そもそもお前は文系なのか?それとも理系なのか?それによって大学に行く意味も大きく変わるぞ?」
「んー・・・それがまだよくわからないんですよね・・・現国の成績はそれなりにいいんですけど・・・まぁ理系科目もそこまで苦手ではないですし」
「まだ様子見といったところか。理系ならまず間違いなく大学に行ったほうが得だな。文系の場合はレベルの高いところに行かないと就職では苦労するだろう」
「文系と理系でそんなに違うんですか?」
「違う。エアリスなんかは理系だが私とは全く違う就活をしていたらしいぞ」
エアリスが理系だというのには若干驚いたが、そんなことを知っているあたり実は二人は仲が良いのではないかと思えてしまう。
だが小百合のいうように理系か文系かによって大学に行く意味は本当に天と地ほどの違いがある。
理系は本格的な専門科目がいくつも分かれている。例えば理系と一口に言ってもその分野はわかれており、大まかに分ければ物理、生物、化学の三種類だ。中にはそのどれにも属さない特殊な部門もあるが、たいていがこの三つの部門に分けられる。
物理系の学科は物理学だけではなく航空機械や電気、情報系の現代における科学技術系の学問を。生物は生物資源や医学、海洋生物学など生き物のことに関しての学問を。化学は薬学などの専門的な学問をそれぞれ修めることになる。
つまり自分が進んだ学科や部門がそのまま就職先に直結するのである。無論就職先が全く関係ないものも中にはいるだろうが、たいていが自分の所属していた大学の特色や学科の専門分野によって変化すると言って良い。
「でもそんなのまだ全然わからないんですけど・・・師匠はどの段階でわかったんですか?」
「私は高校の頃にクラス別けがあってな。二年の段階で文系と理系と分けて三年に上がるときに専門分野に分けた。お前達の所がどうなるかまではわからんがな」
将来の夢を自分で考える時が来たと言えば聞こえはいいが、まだまだ自分がなりたいものの片鱗すら見えていない状況でそんなものを選べと言われても困るの一言だ。
そしてその困った状況を康太の表情を見て察したのだろう、小百合は小さくため息をついてから言いにくそうにしながらちゃぶ台の近くに座り込む。
「あー・・・なんだ・・・お前は将来の夢とかそう言うのはないのか?」
「夢?あー・・・パイロットになりたいとかそう言うのですか?特にこれと言ってそういうのは・・・」
「・・・私が言う事ではないかもしれんが・・・少しお前の将来が心配になってきた・・・何かしらないのか?何をしてみたいとかどんなことをしたいとか」
「可能なら一生遊んで暮らしたいです」
「笑顔で言う事かバカ者が・・・その気持ちはわからんでもないが・・・何か仕事を見ていてあれがいいなとかないのか・・・」
今まで小百合が師匠らしいことをしている記憶などほとんどないが、今こうして話している小百合は非常に師匠らしいように見える。
いやどちらかというと教師のように見えると言ったほうがいいかもしれない。どちらも物を教えるという意味では似通っているだろうが康太からすれば違和感しかない姿だった。
だが小百合にここまで言われては何かしら案を出さなければならないだろう。今まで康太が見てきた職業の中で何が一番心を動かしたか。
思い返してみれば康太は基本的に仕事というものをあまり見てきていない。自分がいかに社会的な立場というものに興味がなかったかがよくわかる。
普段生活している中で表立って仕事をしている人間だけがこの社会ではないのだ。例えば企業を相手に仕事をしている者もいれば、国内相手ではなく海外相手に仕事をしている者たちもいるだろう。
自分が今まで見たことのない職を考えたうえで今どの職に就きたいかと言われても正直わからないの一言だが、少なくとも今感じているのは一つだ。
「とりあえず、公務員とかなりたいですね。警察官とかですか?」
「また厄介極まりない職業をあげたものだな・・・まぁ確かに魔術的な能力があれば警官としての仕事もある程度しやすくはなるかもしれんが・・・難易度は高いな・・・」
「まぁ少なくとも現時点ででしかないですからね。何より公務員になれるほど頭がいいとも思えませんし」
昔ならいざ知らず、現在における公務員の倍率の高さは一流企業のそれに勝るとも劣らない。
当然倍率が高ければ公務員になれる人間も限られてくるだろう。特に警察というのはただ勉強ができればいいというだけではなく人格面も考慮される。
当然と言えば当然だ、法を司る職業である以上、ある程度できた人物でなければ相手にもされないだろう。
そう言う意味では康太はまだまともな部類に入ると思いたい。決して普通ではないかもしれないが技術的には高いものを持っているのだ。
「師匠の周りに警察官の人っていないんですか?働いてるところとか実際見てみたいんですけど」
「いないわけじゃないが・・・警察官は基本的に人を相手にする。はっきり言って頭がいかれたような奴らとも接触するだろう。そう言うやつら相手に仕事をするというのはなかなかに苦行だぞ?まぁ体力的には問題ないだろうが」
「まぁそこまで真剣に考えてるわけじゃないですよ。公務員っていうのが一番の目標ってくらいでそれ以外は特に考えてないんです」
「のんきなことだな・・・まぁ私も高校の時はこんなものだったか・・・」
自分が高校の時のことを思い出しているのか、小百合は目を細めながら小さくため息をつく。
実際高校時代に自分の将来の事を真面目に考えている人間などあまりいない。小百合もそう言う部類だったのだろう。そして康太もそう言う部類だったというだけの話だ。何も変な話ではない。
いつの間にか就職面談のようになってしまった雑談を切り上げ、康太と小百合は久しぶりの本格的な魔術の修業を行っていた。
やはり本格的な訓練を行っていなかったこともあってか、体力が落ちているのもそうだがそれ以上に小百合の攻撃を受け切れなくなっていた。
やはり日々訓練をしなければ実力というものは落ちていくのだろう。特に康太のように修練時間の短いものはやらない時間が少しでもあるだけで実力を下げてしまうのだ。
付け焼刃の辛いところである。
「たった数日やっていなかっただけでこの様か・・・何とも情けない」
「ま・・・まぁその・・・体力も結構落ちてるかもしれないですし・・・」
「反応速度が明らかに落ちている。前までだったら簡単に対応できただろう。やはり少しでもいいから毎日やらないとダメなようだな」
毎日繰り返すからこそ康太は今の実力を付けた。勉強と同じで一日やらないだけで取り戻すのに三日かかってしまう。実際三日というのは少々言い過ぎかもしれないが槍の扱いの場合体が反応できるようになるまで少しかかってしまうのである。
テスト期間中ほとんど運動をしていなかったのも原因の一つかもしれない。槍を扱う事はおろか走ることさえしていなかったのだ。体力と技術が落ちるのも無理のない話だ。
反復練習は大事というがまさにその通りだ。康太の場合今までの人生で槍の扱いなどしたことがないのだから仕方がない。
槍を扱い始めてすでに数か月、まだまだ優秀とは言い難い。
「だが、とりあえず件の魔術は問題なく使えるようになってきたみたいだな」
「はい・・・だいぶ時間かかりましたけど」
「まぁ仕方がない、あれは今までの魔術のどれよりも難易度が高いからな。だがお前の様子を見る限りもう実戦投入しても問題ないだろう」
「ほんとですか!?」
二人が話しているのは以前から康太がものにしようとしていた魔術の事だ。難易度の問題から今まで発動はできても確実な使用ができていなかったために小百合から実戦投入は禁止されていたのだが、どうやらようやくその禁が解かれるらしい。
もっとも康太の場合、いくつかの魔術に関しては禁が解かれる前に使用していたこともあった。肉体強化などはまさにそれである。
「あれが使えればお前の戦いもだいぶ選択肢が増えるだろう。まぁ同時にできることが多くなりすぎて手をこまねくこともあるだろうが、そのあたりは自分で何とかしろ」
「了解です!まぁ実戦なんてないに越したことはないんですけど・・・」
「そう言うな。たぶんこの夏休み中に二回か三回くらいは実戦を経験することになる」
「・・・ちなみにその根拠は?」
「勘だ。不服か?」
「・・・いいえ、師匠の勘は当たりますから・・・」
夏休み中に二回から三回。一ヶ月の間に複数の面倒事がやってくる可能性が高いとなると康太からすれば笑いごとではない。
せっかく夏休みはいろいろと満喫しようと画策していたのにすべて無駄になりかねない。せめて遊びの時間だけは明確に取っておいてほしいなと思いながら康太はゆっくりと横になって大きく息を吐く。
「ていうか師匠って夏休みとかないでしょ?ほぼ毎日お休みみたいな感じなのに。面倒事とかと夏休みとか全く関係ないんじゃないですか?」
「間違ってはいないがお前の口から言われると非常に腹立たしいな。面倒事は私が起こしたくて起こしているわけじゃない。むしろ向こうの都合で起こしていることばかりだ。だから向こうの都合がいい時、特に夏休みとかは面倒事がダブルブッキングしたりする」
「面倒事のダブルブッキングって・・・今までそんなことあったんですか?」
面倒事のダブルブッキングというと嫌なイメージしかない。今までの経験からすると小百合を狙っている魔術師が二人同時に現れるとかそんな感じだろうかとイメージを膨らませているが、小百合は大きくため息をついてその後に舌打ちをする。
「思い出すだけでも腹立たしい・・・アポを取れとまでは言わんからもう少し他の連中と都合を付けようとは思わんのか・・・」
「襲撃にアポもくそもないと思いますけど・・・」
これから襲いに行きますよなんて馬鹿正直に言う人間はいない。それで仮に目的を同じくする者がいたのであれば協調なりなんなりすればいいだけの話だ。
「ひょっとして複数人同時に襲い掛かってきたんですか?」
「いや・・・まぁ接触自体はほぼ同時だったんだが・・・どうにも私に対する目的は微妙に違ったらしくてな。私の目の前で私を差し置いて言い合いを始めてな」
「なんですかその状況、二人とも途中まででもいいから協力すればよかったのに・・・それで結局どうなったんです?」
「面倒だから話し合ってる時に潰した。そんな面倒なことに付き合っていられるか、バカらしい」
戦いを前提に小百合の前に出ているのにもかかわらずいきなり口論を始めればさすがの小百合も多少は驚いたようだが、その状態を数十秒と眺めていられなかったのだという。
実際康太でも一分もつかわからない。その状況からすぐに逃げるか、あるいは不意打ちするかの二択だろう。
相手の都合で面倒事を持ちかけられているのにこれ以上相手の都合に付き合ってやる必要もない。そう言う事なのだろうが話し合っている最中に唐突に潰されたその魔術師たちも哀れだ。
若干自業自得のような感じがあるのは恐らく気のせいではないだろう。康太もその場にいたら恐らくそう思ったことだろう。
「でも夏とはいえそんなに立て込みますかね?普通魔術師だって夏は休みたいですよ?俺は休みたいですし」
「お前を一般的な魔術師というかについてはやや議論が必要だろうが・・・まぁ確かに普通の人間なら休むことを優先するだろうな。だが魔術師は普通の人間ではない。休みよりも優先することがあるという事を覚えておけ」
「・・・休みよりも優先することがこの世にあるんですか?」
「・・・お前案外ダメ人間の発想をしているな・・・」
康太にとって休みとは何よりも尊いものだ。のんびり何も考えずにダラダラするという行為。至高の贅沢というべきだろう。
最近は日々何かしらの予定があって休めていないが、たまにダラダラするからこそその時間に至福の喜びを感じるのだ。
堂々と休みを取れる時間があるにもかかわらずその時間を休まないで行動するという考えは康太にとっては不思議でならなかった。
「優先順位の問題だ。休みのような時間に融通を聞かせられる時じゃないとできないことも多いからな。何より平日から行動できるというのはなかなかないことだ」
「でも家族とかいる人もいるでしょうに、家族サービスしないで師匠への復讐を優先する人なんていますかね?」
「なにも面倒は私への復讐だけじゃない。自分で魔術的な実験をしたり、魔術の試運転をしたりとやることできることはたくさんある。それが巡り巡って面倒事になるというだけの話だ」
「・・・師匠って面倒事に好かれてるってよりは面倒事を引き寄せるタイプなんですね。普通そんな風になりませんよ?」
「最近は私だけではなくお前も割と面倒を引き寄せている感はあるがな。私の体質が移ったか?」
「うぇ!?それは嫌だなぁ・・・変なもの移さないでくださいよ・・・」
体質が移るという事は正直考えにくいが、小百合のいうように最近康太も面倒事を引き寄せる体質になりつつあるような気がしてならない。
ただ単に小百合の体質から派生したものだと信じたいが、もし康太が面倒事を吸い寄せる体質になってしまったら相当面倒なことになる。
小百合のように確固たる実力があるのならまだいいが、康太はまだまだ未熟者。そんな康太が面倒事に一人で立ち会うようなことがあれば生死に関わる事態となるだろう。
「まぁ冗談はさておき、私の弟子である以上面倒事からは逃れられん。それが嫌なら早く一人前になることだ。真理なんかは割とのらりくらりと立ち回っているぞ?」
「それですよね、姉さんだって師匠の弟子なのに・・・っていうか一番弟子で一番ヘイト高そうな逸材なのにそうならないってすごいことですよ・・・一体どうやってるんだか・・・」
一番弟子というのは良くも悪くも注目が集まる。なにせ今まで本人しかいなかったところに付属してその魔術を継承する人物が現れるのだから。
小百合の場合破壊に特化している魔術師という事もあってその弟子である真理も破壊に特化し、攻撃的かつ敵を作りやすい存在になるかと思われたが、実際はまるで小市民のような平穏な性格をしていた。
恐らく小百合を敵と認識している者たちからも同情の目で見られていたのだろう。否、小百合を敵として認識している人物だからこそ同情の目で見ていたのかもしれない。
なにせ小百合の傍若無人っぷりや乱雑さや攻撃的な姿を直視して、もっともその近くに居なければいけない存在となってしまったのだから。
もっとも真理はそんな待遇にも負けず、敵を作らずに実力をつけ、味方を増やしながらいつの間にか立派に小百合の弟子として一人前になっている。
この前ゴールデンウィーク中に見た姿を見ればよくわかるだろう。真理は間違いなく小百合の弟子にふさわしい人間であると。
彼女の場合は本性を隠すのが異常に上手いのだ。いや異常に上手いというよりは本人自身その異常性に気付いていないという方が正確かもわからない。
そもそも周囲との協調を図ろうとする彼女にとって敵を作るという行為そのものが愚の骨頂だ。だからこそ小百合と意見の対立するときがあるのだ。もっとも対立と言っても小百合にとっては微風のごとく気に留めるまでもないような事なのだが。
「あいつは世渡りが上手いからな・・・将来出世するタイプだよ。私と違ってな」
「職歴だけ見れば師匠って普通に社会不適合者ですもんね。姉さんはこれからえらくなりそうな感じはしそうですけど・・・普通に結婚しそうな雰囲気もあるし・・・」
「・・・お前は本当にさりげなく私を罵倒していくな・・・もう少し師匠として敬ったらどうだ?」
「これでもちゃんと敬ってますって。でも実際に銀行の仕事はすぐに辞めちゃったんでしょ?」
「・・・まぁそれはそうだが・・・」
銀行というある意味安定した仕事を見つけ、その職に就いていながらも彼女はその職を短い間でやめてしまっている。
人間関係からくるものかそれとも仕事内容に関係することなのか、どちらかはわからないが彼女としては辞めるだけの理由があったという事だ。
いや、彼女的に言えば続けることに意義を見出せなかったというべきだろうか。実際仕事を辞めてからの方が小百合は大きな稼ぎを持っている。
安定しているとはいいがたいかもしれないがこれはこれで一つの社会貢献の形と言えるだろう。
もっともどのように社会に貢献しているかと聞かれると康太としても返答に困ってしまうわけなのだが。
土曜日なので二回分、誤字報告を五件分受けたので合計三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




