口は災いのもと
「にしてもあれですね、なんだか今回は凄く簡単に事が片付いたような感じがします。今まではもっと苦戦してたのに・・・」
隣の部屋でそんな会話がされているとはつゆ知らず、康太は軽くストレッチをしながら幸彦と話をしていた。
内容は今日の魔術師としての活動についてだ。急襲、というより拠点攻略についての話だが幸彦は思いのほかその話題に食いついてくれていた。
「そりゃそうさ、奏姉さんがいる時点で勝敗は明らかだからね。基本的にあの人百%勝てる戦いしかしないし」
「・・・それってそれ以外の戦いは避けるってことですか?」
「いや、なんていえばいいかな?戦うと決めた時点で確実に勝てるように準備するんだよ。どんなことがあっても負けないように。だから奏姉さんが動くって時点で勝つのは確定してるわけ」
百%勝てる戦いを。確かに理想としてはそれが一番いいだろう。戦う以上敗北はしたくないし何より確実な勝利があるのであればそれに越したことはない。だがそれは言葉にするよりもずっと難易度が高い。
物事に絶対はない。必ず例外が存在し、必ず何かしらの不和が生じるものだ。不確定要素が多ければ多い程、想定と現実は大きく異なっていく。この時点で絶対とは程遠い状態になってしまうのは言うまでもない。
例えば魔術師の戦闘で言えば、あらかじめ想定しておいた戦いといえど不確定要素は数知れない。
それは自らが覚えている魔術であり、相手が覚えている魔術であり、戦いの場所であり、天候であり、第三者の干渉である
それら全てをコントロールし、なおかつ勝率を百%にするのは容易なことではない。偶然などというものをすべて排除し、運やその場の流れに任せることなく淡々と作業をこなすような勝利。それこそ奏が目指しているものだった。
「でもそれって普通に考えて無理じゃないですか?サイコロでずっと六を出し続けるようなものですよ。絶対どっかしらでミスしますって」
「もちろんあの人だって常に百%勝てる戦いのままでいられるわけじゃないさ。今の康太君のたとえで言えばあの人はサイコロを振る段階でサイコロ自体に細工するかなぁ」
「・・・それってどういうことです?」
「あの人が戦うのはそれなりの準備をしてからってことさ。今回のだってそうだっただろうね」
奏が行っているのは事前の準備が肝だ。その言葉に康太は奏のいる部屋の方に視線を向けて考えを巡らせていた。
先程康太がした例えで言えば、サイコロを振り続けて延々と六の目を出し続けることは物理的に不可能なことではない。
六分の一を常に引き続ければ確率的には可能な話だ。だが現実は机上の理論だけで成り立っているわけではない。サイコロを転がすその一挙一動から、周囲の環境などそれこそあらゆる要素によって成り立ち一つの結果が成り立っている。単純な六分の一などという確率で収まるものではない。
いや、単純な確率でさえ百回サイコロを振って百回とも同じ目が出る確率は相当低い。それこそ現実ではほぼあり得ないと言えるほどだ。
奏はこういった状況に際してサイコロを振ることはするが、サイコロ自体に仕掛けをしておくのだ。
例えば同じ目しか存在しないサイコロを作るとか、サイコロが落ちる場所を常に一定にするとか、サイコロの動きに魔術的な干渉をするとかそう言う事だ。
運に身を任せるというのはそれはそれで聞こえのいい言葉かもしれないが、実際は何もしていないのと同じだ。
奏は自分で考えて常に最善を尽くそうとしている。それがどのような手段であれ勝てばいいという絶対的な理論の下に行動している。
「なんかそれだけ聞くとすごいのかせこいのかよくわかりませんね」
「あはは。まぁ確かにそれだけ聞けばね。でもそれをするのが大変だってことは康太君もよくわかるでしょ?」
「そりゃ・・・まぁそうです。確実に勝つって言うのは簡単ですけど実際するのは大変ですから」
「そう言う事をあの人はやるってことさ。昔はゲームとかやっても一度も勝てなかったよ。あの人負けず嫌いだから」
「へぇ・・・そうなんですか?」
「そうなんだよ、もう昔なんて負けたくないからっていろいろと酷い手を使って来たりね・・・いやぁ懐かしいなぁ」
「それでお前がよく泣いていたことも教えておけ。私だけ悪い印象を与えられるのは非常に不愉快だ」
康太と幸彦が話している時唐突に背後から奏の声がする。いつの間に部屋に入ってきたのだろうか、奏は満面の笑みを浮かべながら二人の後ろに立っている。
その笑顔とは対照的に瞳は全く笑っていないということに気付くのに時間は必要なかった。
「あ・・・や、やぁ、もう真理ちゃんはシャワー浴びてるのかい?」
「あぁ、ゆっくり体を洗うだろうさ。なぁ幸彦、私としては旧交を深めるためにも昔の再現をしてやってもいいと思っているんだが、お前はどう思う?」
「え・・・えっと、昔の再現っていうと、どんなことかなー・・・?」
「魔術の練習台にしてやっただろう?今から思い出させてやろう、何遠慮するな。私も昔を思い出したくなっただけの話だ」
奏に完全にロックオンされてしまった幸彦はその後奏によって私的な制裁が加えられることになる。間違いなくこの人は小百合の兄弟子だなと確信しながら、康太はその様子を眺める事しかできなかった。




