そのきっかけ
「でもそんなに気にすることでしょうか?活躍したくらいならむしろいいことなんじゃ・・・」
奏の言葉を受けても真理はまだ納得しかねていた。確かに康太には若干危なっかしい一面がある。それは日常的な生活よりも非日常においてよく見られるものだった。
だがだからこそ真理は理解しかねていたのだ。日常的に危険な思考をするならまだしも非日常において危険な思考をすることの何がおかしいのだろうかと。
真理自身、日常においては普通の考えしかしないが非日常、つまりは魔術師として行動している際は物騒な考えの一つや二つするものだ。なのに同じようにそうした考えをしている康太を危険視するのは理解できなかった。
「そうだな、確かに活躍するのはいいことだ。私としても助かるしそれを否定するつもりはない。だがな、一般人として十何年も生きてきた人間がそうそう簡単にそこまで危険な思考ができるとは思えないんだよ」
私達のような魔術師とはあいつは根本からずれているんだと奏が言うと、真理は奏が何故康太のことをここまで気にかけているのかという事をようやく理解できた。
普通人間の価値観というのは長い時間をかけて培われる。何かの転機でもない限りそれは日常的なものばかりだ。
康太の価値観は基本的に中学三年の二月までの平穏な日常によって培われてきた。今までの人生のほとんどを費やして作られてきた価値観というのはそう易々と覆るものではない。
それこそ奏が先程言っていたように魔術との邂逅が康太にとってその価値観をひっくり返すに足りるほどに衝撃的だったのかもしれない。
だが康太の日常の様子を見ている真理からすれば、今まで抱いていた価値観がすべてひっくり返ったとは思えなかった。
むしろ康太の価値観は基本的に一般人のそれだ。魔術師的な考えがまだ及ばないところが時々ある。
だが非日常における康太が時折見せる危険な一面。危なっかしいだけではなく時折非常に攻撃的に、そして狡猾になる一面。奏はそれを警戒しているのだ。
それは康太がもつ二面性とでもいえばいいだろうか、普段の表情からは想像もできないような残酷で的確な判断をいともたやすくするときがある。それこそ一般人なら本来躊躇して然るべきである内容のものを悩むことすらせずに。
「康太君が今後、何かしらの過ちを犯すかもしれない・・・奏さんはそう考えているんですか?」
「もちろん私だって何から何まで否定しているつもりはない。あれだけの判断力と決断力ができる人間はなかなかいない。そう言う意味ではあれは貴重だ。伸ばすべき長所と取るものもいるだろう」
「・・・ただ奏さんは危険と判断した・・・と、そう言う事ですか」
「判断力と決断力に関していえばあれはそのままにしておいた方がいい。だがあまりにも危険な方向に偏っている。そう言う意味ではあれを正しく導けるものが必要だ。恐らく小百合では無理だろう」
あれは破壊に特化しているという事もあってだいぶ荒っぽいからなと告げる奏に、それは貴女もなのではといいかけてすぐにその言葉を口の中に留める。
奏のいうように小百合は正直言ってまともな性格をしていない。いやより正確に言うのであれば攻撃的な性格をし過ぎていると言ったほうがいいだろう。
康太が攻撃的な一面を見せ始めている中、近くにいるのが攻撃的な小百合ではあまりにも危険であると判断したのだ。
奏も人のことをとやかく言えるだけの性格はしていないが、今この場においてはその意見は正しいものであると認めざるを得ない。
とはいえ康太の師匠は小百合だ。師匠から離れるなど修業中の身でできるはずもない。
だからこそ奏は真理を康太の監督役に指名しているのだ。そしてその理由を理解できた真理は目を細めて康太のいる部屋の方に視線を向ける。
「もし康太君が、今後もっと危険な性格になったら・・・その時はどうするつもりです?」
「どうするも何もない。その時は諦めるしかないだろう。本来ならば他人の人格にまでとやかく言うつもりはない。康太が小百合のようになるのはあまりに惜しいと思ったから口出しをしているだけだ、あまり重く受け止めてくれるな」
もし康太が危険な存在になったら始末する。などと言い出さないあたり奏もある程度は干渉するつもりのようだが、それはあくまでもある程度でしかないようだった。
確かに他人の性格について口出しするなどあまり褒められた行為ではない。奏がそれを理解しながらもそうしているのは偏に康太のことを思っているからこそなのだろう。
兄弟弟子の教え子。まだ彼女と康太を結び付ける関係はそれだけだ。だが奏は康太のことを放っておけなかった。
それがなぜなのか、奏自身理解できていない。
「私だけで何とかなるでしょうか・・・?私の都合が会わない時だって・・・」
「そう言う時は幸彦に相手をさせる。あいつもなんだかんだ康太のことを気に入っているようだ、ある程度面倒を見てくれるだろう」
頼むまでもないかもしれないがなと奏は小さく息を吐きながら真理に背を向ける。元の部屋に戻り、真理を一人にしてシャワーを浴びさせてやろうという気づかいなのだろうが、扉の前に立ったと同時に彼女は動きを止めた。
「真理、小百合は最近どんな様子だ?」
「え?いつも通りですけど・・・たまに康太君に八つ当たりしてるくらいですかね?」
「・・・そうか・・・それならいい・・・あいつの動向にも注意しろ。もし康太が変わるとすればあいつがきっかけになる」
八つ当たりをするのはいいのかと思いながらも真理は奏の言葉に対してある程度思うところがあった。
康太の変化は小百合の存在が鍵になっている。それは真理も理解できることだ。師匠の動向に注意しろと言われるのは正直微妙な心持だったがこれも可愛い弟弟子の為と割り切り、真理はゆっくりとうなずいた。




