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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
番外編「祝福された少女が望むもの」
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相談をする相手

文のもとを訪れた後、夕方ごろに神加は小百合の店に戻ってきていた。


三人の大人に相談しても、神加の頭の中はもやもやしていた。誰に聞いても明確な答えが出たわけでもない。


だが、三人ともいうことが違うのだ。信頼できる大人三人だというのに、三人ともまったく違う答えをだし、三人ともまったく違うことを神加に告げた。


そのどの答えが間違っているとも思えない。どの答えも正しいのだ。だからこそ迷う。だからこそ悩んでしまう。


神加が店の中に入り、今に倒れ込むと同時にウィルが神加の体を受け止める。


「帰ったか。疲れているようだな」


「はい・・・考えすぎて頭痛くなってきました」


「無駄なことを考えるからだ。考えても答えが出ないこともある。そんなことを考えても時間の無駄だ」


全く神加に気を使うつもりがない小百合の言葉は、暴言だというのに不思議と腑に落ちる。腹の中にすとんと入ってくるような、妙な説得力と納得できるだけの背景が含まれているように感じられる。


反論する気も起きないほどにはっきりとした、それでいて完結した考え方に、神加はウィルに顔をうずめながらため息をついていた。


顔をウィルから小百合の声のする方を見ると、彼女はいつも通りちゃぶ台にあるノートパソコンに向かいながら煎餅をかじっている。こんな時間に煎餅など食べたら夕食が入らなくなるのではないかと思いながら、神加は再度大きくため息をつく。


「師匠はそういうことで悩まないんですか?考えないと先に進めないとか、考えなきゃいけないようなこととか、そういうことないんですか?」


「ない」


悩む素振りも考える素振りもなく即答した小百合に、神加は不満そうに顔をしかめる。せめて反応としてもう少し最低でも考える素振りくらいはしてほしいもので、その不満を顔で前面に押し出していた。


その不満顔に気付いたのか、小百合は舌打ちをしてから茶をすすり、大きくため息をつく。


「私はお前と違って、悩めるだけの選択肢がなかったというだけの話だ。私に与えられた選択肢は常に一つだ」


「一つって・・・他にもたくさんあったでしょう?」


「ひょっとしたらあったのかもしれないな。私が気づいていないだけで。だが私がその中で選べるものは、選んで自分のためになるものは、いつも一つだった」


小百合は目を細め、今まで選んできた事柄を思い出しているようだった。


「魔術師としての活動も、一般人としての生活も、自分の生き死にも、常に一つしかない選択肢だけを選んできた。悩めるだけの余裕は私にはなかった。それだけだ」


「・・・なんかそれだとあたしがすごく余裕があるように聞こえるんですけど」


「実際余裕があるからこそ悩んでいるんだろう。悩むことができるのはつまり、自分にできることが多いということだ。自分が行えることが多いということだ。お前や真理にはそれだけの素質と才能がある」


素質と才能があるといわれたのに、神加は全く褒められている気がしなかった。お前らは優秀なんだから精々悩めと遠回しに言われているような気分だった。


少なくとも自分が才能に恵まれていると思ったことはあっても、その才能が素晴らしいと思ったことはない。


他者から見れば素晴らしいものなのかもしれないが、実際になればその苦労がわかる。常に精霊の目があるというのは実際かなりストレスになるのだ。


そこまで考えて神加は先ほどの小百合の言葉を思い出す。


「あの・・・あたしと姉さんはともかく・・・兄貴は・・・?」


「あいつは私と同じで与えられた選択肢が少ないタイプだ。もっともそれでも私よりは多いことに変わりはないし・・・あいつもお前と同じように、どうしようもないことをどうにかしようと悩んでいた。だいぶ前の話だがな」


「兄貴が・・・そんなことを?」


「あぁ。お前と同じか、それ以上に考えても無駄なことを考えて時間を無駄にしていた。まったくバカな弟子だ」


神加の記憶にある康太は無駄なことをする性格ではなかった。必要なことをして、必要なことを考える。


少なくとも無駄なことを延々と考えたり悩んだりするようなタイプではない。部隊を率いているからか、隊長として常に早い判断を求められるからか、康太の決断は迷いがなく、何より簡単に何かを切り捨てる。


自分にはそれはできないと、自分には不可能であると考えれば即座に別の方法に切り替える。


そんな決断力のある人物だ。そんな人物が、今の自分のようにいつまでもグダグダ悩んでいたことがあるとは神加には想像もできなかった。


「あいつが悩んでいたのも、ちょうどお前と同じ高校生の頃だった。そういうことを悩む年ごろなんだろうな」


「あたしと同じ・・・同じころに・・・」


「あいつはお前とは違う意味でだがな。お前は自分のことで、あいつはどうしようもない誰かのことで悩んだ。あいつはどうしようもなく、抱えきれないことを抱える癖があった。それは今でもあまり変わっていない」


抱え込む。それが康太の癖であり特性でもあった。昔から変わっていないというその特性に、神加は思い当たる節がいくつかある。


部隊として活動しているところを何度か見たことがある。その時康太は余計に魔術師を助けたりもしていたのだ。


必要のないことも何とかしようとする。それで恐れられても、それが康太の生き方なのだと、神加は知っていた。


「師匠は、そういうどうしようもないことで悩むのは、無駄だって思いますか?」


「無駄だな。そんなことをしている間に別なことをしていたほうがよほど有意義だ」


相変わらず歯に衣着せぬ物言いだなと、神加は眉をひそめてしまう。


悩めるだけの余裕がないと小百合は言った。だがそれは今の小百合だからこそなのではと神加は考えていた。


先ほど康太も悩めるだけの余裕がないといっておきながら、康太も高校の頃悩んだことがあるといっていた。


ならば小百合も悩んでいた時期があるのではないかと考えたのである。とはいえそれを指摘したところで、おそらく小百合は素直にそうだとは言わないだろう。


すでに小百合は完全に悩みを振り切っている。いや、悩むことをあきらめているようにも見えた。


「でもそういう、どうしようもないことでも・・・考えることは無駄なんですか?考えて、どうにかしようって思うことって、いつかは必要なように思えるんです」


パソコンを動かしていた小百合の手が止まり、一瞬視線を落としてから再び神加の方へと向く。


「同じようなことを康太にも言われた」


「兄貴が?」


「無駄なこと、私がそういった時にな、無駄じゃないと。助けてと叫んでいるものを助けようとして、何が悪いのだと・・・あいつは言っていた」


「・・・」


神加はその時のことを知らない。いったいどういう状況で康太がそのようなことを言ったのか、どういう状況に康太が陥っていたのかも知らない。


そのため康太がその時どのような感情を抱き、どのような想いを抱いていたのかわからない。


だが、康太が誰かを救おうとして、誰かを助けようとしたということは間違いないだろう。

それが、小百合の言うところの無駄な行為だったとしても。


「あいつは昔から変わらん。余計なことを抱え込んで、余計なことをして・・・それで大事なものを取りこぼすと教えても、いつまで経ってもそれをやめようとしない」


「昔から・・・なんですか?」


「あぁ。私があいつを弟子にしたのは、あいつが高校に入る少し前だったが・・・その癖が出たのが今のお前と同じくらいの時だ。おそらくあいつのもともとの性格なんだろう。何度言っても変わらん」


康太が高校に入る少し前に小百合に弟子入りしたというのは神加も知っていた。自分とほぼ同い年くらいの時に初めて魔術を習い、そして鍛え続けてきたということも知っている。


魔術師としての経験年数は今の神加とほぼ同じくらいだ。


だがその戦闘能力は大きく離れている。それだけの経験と努力をしてきたのだということがわかる。


だが、努力をしても、強くなっても、助けられなかった人がいるのだろうと、神加は想像していた。


それがいったい誰の事なのか、神加は知らない。


康太が誰を助けたかったのか、神加は知らない。


だからこそ、知りたかった。康太がどのようなことで悩んでいたのか、どのようなことで苦悩したのか。


「兄貴が・・・兄貴が助けたかった人って?」


「・・・私も詳しくは知らん。あいつの中に入り込んだ・・・悪霊・・・いや、残滓のようなものとあいつは言っていた」


「悪霊・・・精霊みたいなものですか?」


「いや・・・そういうものとは違うらしい。詳しく知りたいのなら本人に聞け。あいつなら教えてくれるだろうよ」


悪霊、残滓のようなものと言われても神加はイメージできなかった。


昔から大量の精霊が見えていた神加からすれば、世間一般的な幽霊などという存在が精霊のことなのではないかと考えていたために、康太の中に癖の強い精霊が入り込んだ程度の事なのではないかと思ったが、どうやらそういうことでもないらしい。


小百合がもう少し弟子に気を使う人種だったのであれば、康太の悩みを聞いたりしてもう少し情報を知っていたのだろうが、あいにく彼女はそういうことを全くしない。


彼女がするのはあくまで弟子を鍛えるだけだ。その悩みや苦悩は弟子本人が乗り越えるのを待つというスタイルで、ほとんどは自分のためにしか動かない。


「師匠はもう少し私たちに興味を持つべきだと思うんですよね・・・そんなふわっとした理解でいいんですか?」


「問題ない。お前の言うそのふわっとした理解でもうすでに弟子二人をここまで育ててきた。関わりすぎたところでろくなことはない」


「それは・・・そうかもしれませんけど・・・」


結局小百合ができることは弟子に指導をするまでなのだ。悩みを聞いたり、相談されたり、そういったことは圧倒的に不向きである。


性格的にも、心情的にも。


「現にお前も、悩みを抱いて私以外に相談しに行っているだろう?ならそれで問題はない。人間には向き不向きがあるんだ。私に不向きなことをやらせるな」


「自分で言っちゃうのはどうかと思うんですよね・・・師匠は本当に何というか・・・」


神加はため息をつきながらちゃぶ台のパソコンに向かったままの小百合を見る。自分の育ての親。そんな人物がこんな人格破綻者でなぜ自分はここまで真っ当に育ったのだろうかと今でも不思議でしょうがなかった。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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