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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
三十一話「その有様」
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そこに来た理由

「いい加減あんたが邪魔になってきたんだ。仕事のついでに片づけに来たのさ」


「人の質問を完全無視かい・・・仕事とは?うちの支部にいったい何の用かな?」


少なくとも支部長のもとに現れたのは何か別の目的のついでということらしいのだが、支部長はこのようなことをする人間がいったい何を目的としているのか理解できなかった。


支部への妨害か、あるいは得た情報を奪うためか。どちらにせよかなり厳重な防備を構築している支部の中でそういった荒事ができるとは思えなかった。


こうして拳銃を突きつけられている時点でそのようなこともあまり堂々といえなくなってしまっているわけなのだが。


「大したことはない、ちょっと口封じに来ただけだ。それに関してはもう終わっている。あとはあんたを殺せば今日の仕事は完了だ」


一体誰の口封じに来たのか、支部長からしても思い当たる人物が多すぎて判断ができなかった。


殺せば終了などと簡単に言ってくれるなと、支部長は頭を抱えてしまっていた。自分が死ねば多くの案件を引き継ぐためにかなりの時間が必要になってしまう。今まで支部内で抱えていた情報をすべて書面に起こしているとはいえ、それらすべてを読んでも完璧に理解できるわけではないのだ。


後任の選定なども全くできていない状態で自分が殺されたら支部がこの後どうなるのか、支部長としては容易に想像できてしまったためになおのこと頭が痛かった。


こういう鉄砲玉のような行動をとる人間が今までいなかったわけではない。


だが今までは接近される前に対処ができていた。だが今は処理するものが多すぎて気が抜けてしまっていたのかもしれない。


ここまで接近を許してしまったのはいったいいつぶりだろうかと、支部長は頭が痛くなるのを押さえられなかった。


「どうした?気分でも悪いか?」


「いいや、自分の情けなさに腹が立っているだけさ。ついでに言うと頭が痛いよ・・・こういう事態を想定していろいろと準備しておくべきだったのに、なんというか、詰めが甘いというか、想定が甘いというか・・・」


「なに、気にすることはないだろう?もうあんたは悩む必要も、困ることもないんだ。ゆっくり休める」


「あぁ、それも悪くないかもね。ぐっすり眠ることができるなんて一体いつぶりだろうかね・・・」


支部長がそう言いながら目を細めると、不意に支部長室の扉がノックされる。


一体誰だろうかと、魔術師は一瞬眉を顰める。そして支部長に向けた拳銃をそのままに、支部長に反応するように促す。


余計なことを喋ればどうなるかわかっているだろうなと、そういっているかのように。


「あー・・・すまない、今はちょっと」


「邪魔するぞ」


立て込んでいるんだよという言葉を言うよりも早く、部屋の主の言葉を完全に無視して部屋の中に入ってきたのはデブリス・クラリスこと小百合だった。


彼女の存在は目の前にいる鉄砲玉魔術師も知っていたのか、背後にいるその姿を確認するよりも早く緊張の色が走っていた。


「クラリス、ちゃんと返事を聞いてから入って来てくれないかな?」


「なんだ先客か」


小百合は支部長の前に立っている魔術師を見て目を細める。小百合の立ち位置からは魔術師が支部長に向けている拳銃は見えていない。魔術師が意図的に見えないようにしているのだが、小百合のような魔術師にそういった小細工は意味がない。


索敵が使えない小百合にとって、隠そうと隠すまいと同じことだ。


目の前にいる魔術師がさっさと後ろのやつを追い出せと言わんが如く、拳銃で支部長に合図をする。


多少なりとも日本語を理解しているであろうこの男の前では下手なことを言えば面倒なことになるのは目に見えているなと、支部長はため息をついてしまう。


「クラリス、すまないけど今ちょっと立て込んでるんだ。また後で来てくれるかな?」


「・・・ふむ・・・そうか。であれば仕方ない。出直そう」


支部長の言葉に小百合は素直に従い、支部長室から出ていく。それを確認して魔術師はゆっくりとため息をつきながら目の前にいる支部長に向かい合った。


「あれがデブリス・クラリス・・・恐ろしい奴だと聞いていたが・・・大したことないな。目の前で起きていることにも気づかない間抜けか」


そんなことを魔術師が言っている中、支部長は大きなため息をつきながらうなだれ、頭を抱えてしまっている。


「残念だったな、助けが来なくて」


「いやまったくね・・・なんでこのタイミングで彼女が来るかなぁ・・・本当に、本当に頭が痛いよ」


「気にする必要はないといっただろう?あんたはもう頭が痛いと感じる必要も、感じることもないんだから」


そう言いながら拳銃を突きつける魔術師に、支部長は首を小さく振りながら再度大きなため息をつく。

その目は、どこかあきらめたような、そんな目をしていた。


「いいや、頭が痛いよ。壁の修理代を捻出しなきゃいけなくなったからね」


支部長が言った言葉の意味を理解するよりも早く、それは起きた。


音もなく、唐突に魔術師は自分の足が言うことをきかなくなるのを感じていた。立っていたはずなのに、崩れ落ちた。そして次の瞬間、崩れた態勢の状態から拳銃を持っていた片手が宙を舞う。


斬られたのだと気付いたのは、自分の腕と足から血があふれ、壁が切り崩された音を聞いた瞬間だった。


斬撃の軌跡は魔術師の腕と足を正確に斬り落とし、支部長室の机を分割しながら支部長の前髪をわずかに斬り落としていた。


「しまったな、あと十センチ踏み込めばよかった」


すでに瓦礫となった壁を踏み越えながらやってきたのは先ほど退室した小百合だった。


その手には刀を携え、特に変わった様子もなく先ほどと同じように「邪魔するぞ」と告げてから部屋の中へと入ってくる。


唯一違うのはすでに壁も扉も壊されてしまっているという点だろうか。


「クラリス、助けてくれたのはうれしいけどさぁ・・・もうちょっとやり方何とかならなかったの?」


「助ける?誰がお前なんぞ助けるか。きちんと出直しただろう。私らしく入ってやっただけの話だ」


「・・・そういうことにしておくよ」


小百合は意地でも支部長を助けたなどとは言わないだろう。部屋に入って状況を一瞬で判断し、相手を油断させる必要があると感じて部屋を出てから即座に攻撃態勢に入った。


殺気も何も感じさせずに、壁越しに相手を切り伏せるその実力はさすがというほかない。康太ではこうはいかなかっただろう。


「・・・ぐぅ・・・!くそぉ・・・!」


英語でうめく魔術師を見て小百合はため息をつく。小百合もそれなりに英語をしゃべることができるが、日本語の方がしゃべりやすいことに違いはないのだ。


「なんだこいつは。日本語は喋れんのか・・・面倒くさい。少し黙っていろ」


近くにあった拳銃を分解しながら、小百合は刀を倒れ伏した魔術師の頬に突き刺す。


頬と頬を貫通した刀は、歯が噛み合うのを阻害し相手をしゃべることすらできなくしていた。


「で、お前にしてはつまらない状態になっていたな。とうとう老いが来たか?」


「いや本当に情けないよ・・・僕としたことが完全に油断していた。まさかこんなに近づかれないと気づけないなんてね・・・長い事実戦から離れてたつけがきたかなぁ・・・ちょっとは訓練して感覚を取り戻したほうがよさそうだ・・・」


「ずいぶんと殊勝なことだ。せいぜい訓練に精を出すことだな」


「そうするよ・・・ところでクラリスはいったい何の用で僕のところに?」


支部長の言葉に小百合は思案を始める。何をしに来たのかを忘れしてしまったのか「あー」とか「うー」とか唸りながら額に手を当てている。


「お前が妙なことになっていたせいで忘れたじゃないか。どうしてくれる。私の貴重な時間を無駄にさせて」


「ひどい言いがかりだなぁ。助けてもらっておいていうことじゃないけど」


そんなことを話していると異常に気が付いた支部の魔術師たちが支部長室に駆け込んでくる。


支部長の無事を確認し、同時に斬り崩された壁や扉と、四肢を失い血を流している魔術師、そしてその魔術師を斬り伏せたであろう小百合の存在を確認すると、すでに状況が終了していることを知って安堵するものが多かった。


「さて・・・これは問題が山積みになるなぁ・・・クラリス、用件を思い出したらまた来てくれるかい?僕はこの後片付けをしなきゃ」


「そうだな。忘れるということは大したことではないだろうから、たぶん来ないだろうな。あとはお前に任せる」


そう言って小百合は刀を魔術師から引き抜き、汚れを落としてから納刀する。


「そうそうクラリス、一つだけ」


「なんだ」


「ありがとうね。本当に助かったよ」


「そうか」


小百合はやってきた支部の魔術師たちを押しのけてその場から去っていく。本当に何のために来たのだと、多くの魔術師は気にしていたが支部長は何となくわかっていた。


小百合が康太に言いかけて止めていた言葉だが、支部長は何となく予想がついたのだ。


小百合の勘。


今回、春奈や真理も一緒に行動するほどに高い戦力を求めた康太の行動に小百合が同行しなかったわけ。単純に春奈がいたから一緒に行きたくないというのも理由の一つかもしれないが、小百合は何となくいかないほうがいいと感じていた。


それは康太に誘われたときに、面倒以外の理由を言い淀んだ時にすでに感じていたことだ。


おそらく、こうなることを何となく把握していたのだろう。


先ほどの小百合の来訪も、何か用があったからではなく、支部で何かが起きる、あるいは支部長に何かが起きると感じたから少し立ち寄っただけなのだろう。


もし何もなければ悪態をつくだけついて帰ってしまったかもしれない。


「支部長、支部内がかなり荒らされてしまっているようです。なぜか大勢の魔術師が持ち場から離れるような行動を・・・」


「やられたね、洗脳かそれに属する魔術だ。前にも似たようなことをやられたけれども・・・そうか、彼がその首謀者かな?」


血だらけで倒れている魔術師を見て支部長は薄く笑みを浮かべる。ようやく自分の支部をかき回した犯人を捕まえることができたのだと理解し、ゆっくりとうなずいていた。


そして同時に、先ほどこの魔術師が言っていた言葉を思い出す。


「口封じ・・・」


「え?どうかしましたか?」


「支部内の異常をすぐに報告してくれ!何がどうなっているのか確認したい!」


「は、はい!すぐに!」


支部長は内心焦りを押さえられなかった。


もし自分の予想が当たっていた場合、最悪の事態が起きかねない。それだけはどうにか外れていてほしいと支部長は願っていた。


だがその願いは儚くも打ち砕かれることになる。


誤字報告を五件分受けたので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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