審議開始
「来たか、ブライトビー」
本部にたどり着いたとき、門の前で待っていたのは副本部長だった。
「副本部長直々のお出迎えとは・・・本部も人手不足ですか?」
「似たようなものだ・・・アリシア・メリノスはともかく・・・その二人は」
「俺の連れですよ。何か問題でも?」
「・・・いや、その意味も理解している。なるべくそのようなことにならないようにしたいものだ」
康太が仲間を連れてやってきているというその意味を理解しているのだろう。副本部長はため息をついて康太たちについてくるように示唆する。
「にしてもなぜ副本部長がわざわざ?こういうのはもっと下の人間がやるべきでしょうに」
「封印指定候補を下手に他の魔術師に接触させるよりはましだという判断だ。何をするかわからんからな」
それは康太がということか、それとも接触する魔術師がということか、それはわからなかったが妥当な判断だと思うべきだろう。
どこに敵のスパイが潜んでいるかもわからない状況では、この対応は慎重であるようにも思えるが過剰ではない。
本部も内部に敵を抱えているという状況を重く見ているということだろう。
「ところで副本部長よ、幹部連中はもう集まっておるのか?」
「すでに待っている。監査用のチームもすでに集まっている。あとはブライトビーが到着すれば話は進む」
「良い方向に進めばよいのだがの」
「それに関しては私もわからん。どの方向に話が進むのか・・・あるいは別の方向に向かってうやむやになるのか・・・どちらにせよ楽しい話にはならんだろう」
副本部長の言葉に確かにそうかもしれないなと康太たちは苦笑してしまう。康太が封印指定になるならないの話はもとより、内部にいるスパイの動向を調べるという意味でもあまり楽しい話にはならないのは間違いない。
裏切者を捕まえるというなかなか面倒な話になる以上、緊迫した空気が続き、危険な状態になるのも致し方のない話だろう。
「ブライトビー、今回の話し合いの結果によっては、君は本部から追われる立場になる。それは構わないな?」
「問題ありません。いえ、問題はありますけど・・・まぁ気にしません」
「そうか・・・わかった。本部の他の連中が賢明な判断をしてくれることを期待しよう」
副本部長はおそらく本部の中で一、二を争うほどに康太の危険性を理解している人間だ。
だがほかの幹部の人間や、先ほど話に出た監査のチームが同じように康太の危険性を正確に把握しているかは不明である。
いくら副本部長がその危険性について言及しても、周りがそれを理解していなければ多勢に無勢、民主主義的な考えで康太を敵に回すような行動をとりかねない。
かつてアリスを殺そうとしたときのように。
「ちなみに副本部長、万が一の時の話になりますが、どの程度までなら壊しても支障はないでしょうか」
「壊す前提で話をするのはあまり好きではないな。君を倒すという選択肢はないのか?」
「俺一人ならそれもできたでしょうけど、これだけ人数がいてできると思います?」
康太だけがこの場にやってきているのであれば数の利を前面に押し出して圧殺することもできただろう。
だがこの場にはアリスに加え文や倉敷もいる。この状態でいくら本部の人間とは言え逃がさずに捕らえることができるとは思えなかった。
「・・・難しいな。それで、壊して逃げるか」
「そうなります。人的にも物的にも。どの程度なら許してくれます?」
「再起可能レベルにしてくれると助かる。そうでないと本部の人員不足がさらに深刻になる」
裏切者が出たらそれを始末する。そうなると本部の人間が減ることになる。当然人員不足に見舞われることになるだろう。
そうなった場合のことを考えて、最低限再起可能レベルにしてもらわないと副本部長としては困るという理屈だ。
「可能ならばそうしましょう。アリス的にはどうだ?逃げられそうか?」
「問題ない。本部の連中の質も落ちた。以前のままであるというのなら逃げること自体はそこまで問題にはならん」
「だそうです」
「耳が痛い話だ。なるべく選りすぐりの人間を集めているのだがな」
「こやつらがいまだに支部所属なのがその証拠だ。本部への不信感を昔から支部の人間も抱えていたのかもしれんが、質の良い魔術師が何人も支部に残っている。本部の人間の慢心などもあるかもしれんが、一度組織体制を見直したほうが良いと思うぞ?」
「さすが創設者は言うことが違うな」
「無論だ。私は誰よりも協会のことを想っておるのだぞ?」
これほど嘘らしい言葉もないなと康太は笑う。
本当に協会のことを想っているのであれば昔から協会の存続に力を注いでいただろう。
協会に歯向かわれたというのが離脱の切っ掛けではあったかもしれないが、アリスが協会のことをそこまで深く考えているとはどうしても思えなかった。
「創設者・・・か・・・まぁ確かに今の本部の状態は良いとは言えん。根本的な見直しが必要になっているのも事実か」
アリスの言葉を真に受けているのか、それとももともとそう考えていたのか不明だが、副本部長としては本部の改革を考えているようだった。
それがどのような結果になるのかは、康太たちには分らない話である。
康太たちが案内された場所は今まで足を運んだことのないような場所だった。
その部屋の中を見た印象としては裁判所という単語が浮かぶ。中央部分に誰かが立つと思われる、いわゆる証言台のようなものがあり、そこを囲むようにしていくつもの席が設けられていた。
すでに多くの魔術師が証言台を取り囲むように席についている。空いている席もあるが、そこには康太たちの関係者が座るべきだろうと意図的に空けられているのかもわからない。
この空間で何が行われるのか、その意味が分からないほど康太は鈍くはなかった。
「ブライトビーはあの場所に。連れの者はその後ろに座っていてもらおう」
「・・・別に悪いことしたわけでもないんだけどなぁ」
存在そのものが封印指定になる原因になっているために、何が悪いというわけでもない。強いて言えば運が悪かったというほかない。
康太が指定された証言台に立つと、副本部長も指定の席に着いた。
康太が姿を現したことでざわついていた室内がゆっくりと静寂を取り戻していく。
「それでは、これより審議を始めようと思う。まず今回の議題、原因ともいえるものだが・・・そこにいる日本支部所属のブライトビーを封印指定にするか否か、これを決定したいと思う」
すでに聞いていた内容だとしても、本当に康太を封印指定にするのかと多くの魔術師が動揺を隠せないのか、それともどうなるのかという期待か不安か、室内が大きくざわついていく。
「ブライトビー、君のこの姿、これは君の新しい魔術ではないのだろう?」
そういって室内に用意されたプロジェクターに映し出されたのは、神化した康太の姿だった。
空中で吠えるその姿は確かに康太の姿である。頭部と背中から生えた羽のようなものが朧ながら見えている。解像度が悪いのはその場で見ていた人間の記憶から読み取り、画像にしたものだからだろう。
実際には康太から生えている羽は頭部の二枚だけで、背中から生えている二枚の羽根のようなものは双剣笹船なのだが、遠目から見ている状態では判断できなかったのだろう。
足の形も大きく変形していることから、四枚の羽根を生やした光り輝く人ならざる者のようにしか見えなかった。
「副本部長には報告させてもらった通り、これは魔術ではありません。件の組織を追っている際に不手際をしまして」
そういって康太は自らの体を変化させる。頭部から羽が生え、電撃と同化し、その姿を変えたことでその場にいたほとんどの者が動揺の声を上げた。
そしてその姿を全員が見たことを確認すると康太は即座に元の姿に戻る。この姿に自在になれることをアピールしたかったが、周りの人間がどのように受け取ったのかはわからない。
「御覧のように、人と人ならざる者の混ざりものになりました。副本部長には詳しく話してありますが」
副本部長には伝えているという事実を強調することで、これから出される副本部長の意見の重要性を高めようとする中、その場にいたほとんどの者の視線が康太と副本部長を行き来する。
「君が不手際をしたというのは、どのような術式だった?」
監査の人間の言葉に康太は首を横に振ってわからないと答えた。
「何分切迫した状況だったので壊すのが精一杯でした。それでも俺の実力では完全に破壊すること叶わず、このような形になっています」
「切迫した状況とは?」
「俺の兄弟弟子が攫われ、その術式に晒されていました。もう発動寸前というところで破壊したために術式の暴発まで起こしてしまったという次第です」
康太は何も嘘を言っていない。監査の人間も康太が嘘を言っていないということを感じ取っているのか、本部長や幹部連の方に視線を向けて首を横に振る。
「ではブライトビー、重ねて問う。君はその状態になり、どのように行動するつもりか?」
本部の動向はさておき、とりあえず本部としては康太がこれからどうするのかが知りたいようだった。
その辺りは副本部長にも話している通りの内容にしたほうがいいだろうと、康太は特に考えることはせず、思ったことをそのまま伝えることにした。
「特にどうとも。今まで通り生活するつもりです」
「生活できると思っているのか?」
「すでにこの状態になって少し経ちましたが、日常生活に支障はありません。少なくとも現状、人としての生活が阻害されるようなこともありませんでした」
本部がどのような回答を求めていたのかはさておき、少なくとも現段階において康太は問題なく活動、および生活ができている。
この状態でそんなことができるのかと聞かれてもすでにできているのだからと答えるしかない。
本部からしたらそういった康太の様子に驚き、また不思議に思っているのかざわめきが広がりつつある。
「人ではなくなったということは事実、それは間違いないな?」
「間違いないかと。少なくとも俺の自覚はありませんが、こんなことが魔術抜きでできるようになっているのに加え、ここにいるアリシア・メリノスはそのように判断しています。彼女の診断を疑うのであれば、また結果は変わってくるかもしれませんが」
自分のやや後ろの席に座っているアリスの方を見て康太は堂々と言う。アリスを信頼しているから疑わないという意志を示しながら、自分が人ではなくなったということを証言する康太に、多くの者が康太に対して疑いと忌避の視線を向けていた。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




