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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
三十話「神の怒りは、人の恨みは」

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治療はそれぞれに

調査班の人間がある程度の調査を終え始めた頃、運搬班が一部の魔術師と敵対魔術師の回収のためにやってきていた。


彼らは飛行機ではなく、ヘリを使ってこの場にやってきていた。急襲のためではなく今度は回収のためであるため、その場に着陸しやすい機体の方が好まれるのが理由の一つだろう。


「ビー、帰るんでしょ?」


「・・・あぁ、支部に戻る。残りの調査は残った人員に任せよう」


「わかったわ。伝えてくる。トゥトゥ、帰る準備して、日本支部の人たちに私たちが抜けるってことを伝えるわ」


「了解。早退みたいでちょっと申し訳ないけどな」


本来戦闘班としての康太たちの仕事はまだ終わっていない。情報班の護衛がまだ残っているのだ。


だがあれだけの戦いを行った康太に対して、まだ仕事は終わっていないから残れなどといえるような魔術師はこの場にはいなかった。


康太があの魔術師を一人で引きつけていたからこそ、多くの魔術師は命を拾った。康太がいなかったらどうなっていただろうかと想像したものも多いだろう。


康太の考えや実状はどうあれ、康太はこの場の多くの魔術師の命を救ったのだ。そしてそれは文と倉敷も同じだ。


大量の敵に対して常に攻勢に出ながら相手をうまく牽制し続けた。徒党を組もうとする魔術師たちに連携を許さず、相手の動きを抑制していた。


これだけの敵が周囲にいる中で、ほぼ無傷で戦い続けた文と倉敷にも一定以上の感謝と尊敬の念が向けられている。


戦い慣れしている戦闘班の魔術師でも、あれだけの数の敵を一度に捌くことができるかと言われると微妙なところだったのだ。


康太たちは今までチームで戦うことが多く、なおかつ敵の方が多数であることが多かったためにそういった戦い方に慣れてしまったというのもある。


「でもベル、いいのか?俺らがいなくなった後にここが襲撃されるとか・・・」


「ほとんど奇襲で襲い掛かって、しかもこの場所は近場の協会の門からかなり距離があるのよ?相手がどんな移動手段を持っているのかはわからないけど、簡単に来られる場所じゃないのは事実よ」


「そりゃそうなんだけどさ・・・調べてる時も日によって場所が違っただろ?その程度には相手も動ける道具を持ってるってことじゃないか?」


倉敷が文と一緒に行動してこの場所を探っているとき、日によって全く別の場所に移動しているということも多々あった。


文自身索敵できる時間に限りがあったということで絶対ではないが、少なくとも一日あれば移動できる程度の移動手段を相手も有しているということになる。


少なくとも世界の反対側に半日程度で行けるレベルの移動手段を。


「ジェット機なのか、それともまた別の手段か・・・私としては、たぶんこの場所に門があると思ってるんだけどね」


「門?協会の門みたいな?」


「同じものかどうかはわからないけど、それに近しいものはあると思ってるわ」


「ならなおさらまずいだろ、いつ敵がやってきてもおかしくないじゃんか」


今回の敵がどのような移動手段を持っているか完全に不明だからこそ、文は悠長な態度をとっているのかと思っていたが、ある程度予想ができていたらしい。


とはいえその予想が正しいとは限らないし、これはあくまで文の考えだ。実際その通りかどうかはわからない。


「だからこそ早く移動するべきなのよ。混戦になったらあの魔術師を殺されかねないわ。早いところこの拠点から離れたいの」


「・・・他の魔術師は囮か?」


「言い方を悪くすればね・・・でもトゥトゥ、私たちは今回四か所同時に攻勢をかけたのよ?相手からすれば計画的なものだと気付く、戦力もそれなりに送られてるってわかるでしょ?私ならそんな拠点は即座に破棄するわ。たとえ向こうにビーレベルの戦闘能力を持ってる魔術師がいてもね」


康太と同レベルの魔術師がいたとしても、大群で押し寄せてきた魔術師に対してできることなどたかが知れている。


しかも仮に協会の門と同じ性能を持った移動手段がこの場にあったとしても、一度に通れるのはせいぜい数人程度。さらには常に索敵などで警戒されている状態では即座に気付かれる。


そんな状態である可能性が高いような場所にわざわざ人を送り込むだけのメリットは文には思いつかなかった。


無論この場に残された情報すべてを調査したわけではないために確実ではないが、少なくともこの大群に対抗できるだけの少数精鋭を送り込むだけの価値がこの拠点にあるようには思えなかったのである。


「まぁでも、これはあくまで私の・・・攻略側からの意見だから、向こうからすれば助けるために援軍を出そうってことにもなるかもしれないわね。ただ、ここの魔術師が救援要請を出せていたらの話だけど」


アリスの地形変化のせいで、相手はかなり混乱を強いられたはずだ。しかも地形が変化してから康太たちが襲い掛かるまで一分もかかっていない。


そのような状況下で悠長に救援要請を出すことができた魔術師がいたとは思えないのだ。


もっとも、他の場所でどのような攻略法をしているかわからないために、他の場所には救援が出ているかもしれないが。


だが少なくとも残りの二カ所ではそれぞれ小百合と春奈が動いている。この二人が動いている時点で勝敗はすでに決していると思っていい。


康太たちは迎えに来たヘリに乗り込み、倒した魔術師たちを床に転がして支部に向けて移動していた。


搬送されるヘリの中では集中的な治療が行われている。治療の対象は康太と康太が対峙していた魔術師だ。


仮面を外した状態の魔術師の顔は外国人なのか、日本人離れした顔をしている。何人なのかは不明だが。


康太の攻撃によって魔術師は決して浅くない傷を負っていた。康太の申請によって医療系の魔術師がヘリと一緒にやってきてくれたのはひとえに運がよかった。


だがその魔術師だけではなく、康太も少なからず負傷している。医療関係者の魔術師が康太に元にやってきて状態を確認して、即座に康太を横にさせたほどである。


今はゆっくりと呼吸をし、落ち着いている。痛がったり苦しんだりということをしなかったために康太の状態に気づけなかった文は自分の不手際を恨みながら康太に寄り添っていた。


「ビーはどんな状態ですか?大丈夫でしょうか?」


「命に別状はありません。ですが・・・どんな攻撃を受けたのかは知りませんが、臓器のいくつかが損傷しています。あと筋肉の損傷も見られますね。強化の魔術で半分近く治ってはいますが、それでも重傷に違いありません」


「あー・・・急いで動きすぎたからかな・・・さすがに限度を無視しすぎたか・・・」


今回康太は自分の限界を超えるレベルで動き続けた。自分の体の許容できるレベルの速度くらい康太は理解している。


そのためそれを超えてなお動こうとすればどうなるか、康太自身何となく察しはついていたのかあまり驚いてはいない。


「・・・あっちの魔術師は?」


「あっちの方は酷いですよ。全身のいたる所で骨折、場所によっては骨が臓器に突き刺さっているような箇所も見られます。応急処置はしたので死ぬことはないでしょうが、治るまでにどれくらいかかるか」


「なるべく急いで治してほしいです。俺もあいつも」


康太が自分を早く治してほしいというのであれば理解できるのだが、この魔術師も治してほしいという言葉に治療のできる魔術師は目を白黒させていた。


「それは・・・全力を尽くしますが・・・」


「あと、協会についてからも治療を続けてほしいんです。医療機関には入らないつもりですから」


「えぇ!?いやいや、これだけの重傷をきちんとした設備のないところでは難しいです。危険ですよ」


「アリス、どうなんだ?」


アリスに話を振ったことに文は驚いていた。可能な限りアリスの力は借りたくないというのが康太の考えだった。


それを覆してでもやらなければならないことがあるということなのだろう。文は康太が何を考えているのか、何となくわかっていた。


「造作もない。その程度の治療ならば今すぐにでもやってやるぞ?」


「今はまだいい。俺も治ってないから・・・協会について、いつもの部屋についたら頼む。こいつが絶対に死なないように」


「・・・あぁ、わかった。私の協力は高いぞ?」


「ハーゲンダッツで手を打とうじゃないか」


「安い給料だの」


康太的には別にアリスでなくてもよいのだろうが、医療系魔術師ならば協会にも何人かいる。


そういった人員で総がかりになれば治療も不可能ではないだろう。とはいえ治療をするうえで重要なのは清潔さだ。完全な滅菌をあのような汚れた部屋で行えるかと言われると微妙なところである。


その辺りは腕の見せ所というべきか。


「おいビー、何するつもりだ?」


「トゥトゥも手伝ってくれるか?今回はちょっと長丁場になるかもしれないからな」


「それは構わないけどよ・・・何するんだよ」


何をするのか。もう何をするのかなどわかりきっているが、それでも倉敷は問わずにはいられなかった。

康太が何を考えているのか、康太が何をしようとしているのか。


「大したことじゃない。こいつから聞きたいことがあるだけだ」


聞きたいこと。それを聞いた医療系の魔術師は康太が尋問を行うつもりなのだと素直に感じ取ったが、文と倉敷は違った。


康太がそんなことをするはずがないと、そういう確信があった。


幸彦を殺した相手にただ聞きたいことがあるなどとあり得ない。拷問に次ぐ拷問をするつもりなのだろうが、いったい何をするつもりなのだろうかと、何を聞きたいのだろうかと内心首をかしげる。


「それまでに何とかして体を治してください。万全でなくても構わないので、普通に動ける程度には」


今の康太は普通に動くこともできないのかと、文と倉敷は康太の体を見ながら目を細める。


それだけ無茶をしたのだということはわかるが、康太自身魔術師の攻撃を受けたからダメージを抱えているというのもある。


「それ、ほとんど自滅なの?」


「いや、何発か当たった」


康太が攻撃を当てられたという事実に文は驚く。だがあの魔術師ならそれくらいはできても不思議はないかと納得もしてしまう。


「師匠たち以外に当てられたのは・・・久しぶりだったな」


康太は自分の未熟さを顧みながら、ゆっくりと目を閉じる。ここから協会に移動するまでの間、康太は自分の体を治すことに専念していた。


康太たちが協会の日本支部に戻ってくると門のあるエントランスには支部長が待ち構えていた。


康太の姿を見つけると、支部長は大きく安堵の息を吐いて康太が引きずっている魔術師の方に視線を向ける。


まだ生きているのだということを知ると、支部長は少しだけ目を細めて康太の方に視線を戻す。


「てっきり、君は有言実行すると思っていたのだけれどね・・・何か思うところでもあったのかい?」


「止められましてね、思うところがあったのも事実ですが・・・いつもの部屋を使います。そこに医療系の魔術師を向かわせてくれますか?」


「わかった。危険な状態なのかい?」


康太が引きずっているその状態を見る限りではそこまで大事に至っているようには見えないが、医療系の魔術師を要請するということは少なくとも治療が必要だということだろう。


「長丁場になりそうですから、複数人いてくれると助かります」


「手術でもするのかい?まぁ了解したよ。ライリーベル、ちょっと」


支部長は康太が進んでいくのを見送りながら、文を手招きして呼び寄せる。


「どうなんだい彼は?一見いつも通りのように見えなくもないけど」


「・・・だいぶ不安定な状態です。いろいろとありまして」


「んー・・・どうしたものかな・・・なんだかちょっと本部の方でも動きがあったみたいなんだよね・・・相手をいぶりだすチャンスなのかもしれないけど」


「ビーには私たちがついていますから、支部長は本部への警戒とビーのやることの邪魔をしないようにしてください」


「うん、わかったよ。やることはわかってるけど、あまりやりすぎないようにね?」


「・・・それは難しいかと」


康太が何をしようとしているのか何となくわかっている文は苦笑しながら支部長との会話を切り上げて康太の横に並ぶ。


「ビー、必要な道具は?」


「たいていはある。あとはそうだな・・・いくつか持ってきてくれるか?初めて使うものもあるからうまくいくかわからないけど」


「いいわ持ってきてあげる。リストでも作って」


「あぁ、俺はその間に準備してる。アリス、トゥトゥ」


「なんだ?」


「なんだよ」


康太に呼ばれたアリスと倉敷は康太の方を向く。アリスは出番が来たのだろうかと自信満々な表情をしているが仮面に隠れてそれらは見えず、倉敷はものすごく嫌そうな顔をしているが同じように仮面に隠れてみることはできなかった。


「今回、さっきも言ったけど長丁場になるかもしれないから、体調管理の方を頼むな。こいつだけじゃなくて俺の方も」


「ふむ・・・ではビーの体調管理は私が引き受けよう。この男の体調管理はトゥトゥに任せてよいかの?」


「体調管理って・・・具体的には」


「死なせないようにしてくれればいい。医療系の魔術師の人たちも来るから、その人らと協力して絶対に死なせるな」


体調管理と言われて一体何をさせられるのかと思えばそういうことかと倉敷は安心してため息をつく。


「体液の管理なら任せろ。それ以外のバイタルとかは俺じゃどうしようもないからそのあたりは他の人にやってもらう」


「そこの調整はそれぞれ頼む。俺もそこまで気が回らないかもしれないからな。あとベル、いつも通り情報記入の人を」


「もう頼んであるわ。その人も複数人手配しておいたから、ある程度替えはきくわよ?」


さすがの手際に康太は満足そうにうなずく。これから康太がやることを理解し、ほとんどの手配を文が終わらせている状態だ。


何回も同じようなことをやっていたのだからもう手慣れたものなのだろう。


「一応聞いておくけどさ、こいつを殺すつもりはないんだな?」


「あぁ、こいつは殺さない。ウィルに止められたら俺じゃどうしようもない」


そういいながら康太は自分の外套になっているウィルを軽く叩く。康太と協力体制をとってきたウィルだが、あそこまで頑なにウィルに止められては康太ではもはやどうしようもない。


いや、ウィルを離れた場所に行かせたり、ウィル自体を装備しなければ殺すこともできるだろう。

だが、できるからといってそれをしようとは思えなかったのだ。


「そこのあたり、あとでしっかり聞かせてよね?私も疑問なんだから」


「俺もだ、きちんと説明しろよ?」


「わかってるよ。って言っても俺もちゃんと説明できるか微妙なところなんだけどな」


康太自身まだ今回のことをきちんと整理することができていないため第三者にわかりやすいように説明することができるか怪しかった。


頭の中でも心の中でも、理屈でも理性でも感情論でも全く消化しきれていないのだ。


だが康太としても説明してやりたいという気持ちはあった。幸彦の敵を討つためにここまで協力してくれた二人にはきちんと説明をしておきたかった。


康太がどう考えているのかも含め、二人からの意見も聞きたかったのである。


もっとも、その意見を聞いたところで何が変わるというわけでもない。だがそれでも、康太は伝えておくべきだと思ったのだ。


小百合に話すべきかは少し迷うところではある。完全に自身の主観的な判断であるために、鼻で笑われるか、小百合の逆鱗に触れるかの二択だろうと康太は考えていた。


いつもの部屋にたどり着き、血生臭い匂いの残る部屋の扉を開けると康太たちはいつものように準備に取り掛かった。


誤字報告を十件分受けたので三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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