報復
ゆっくりと目を開くと同時に、ぼやけていた視界が徐々に鮮明になっていく。そして視界がはっきりしていくにつれてその男の思考もゆっくりと覚醒しつつあった。
目に映る光景をその男は見たことがなかった。だが似たような構造のそれを見たことがある。
そこが協会のどこかの一室であると気付くのに時間は必要なかった。
そして自分がいったいどのような状態になったのかを思い出し、体を動かそうとするが、その体は指一本たりとも動くことはなかった。
体のどこを動かそうとしても拘束具のようなものが邪魔をして動くことを阻害する。顔を動かすこともわずかに身じろぎすることすらできない。
強烈な圧迫感がある中、眼球だけを動かして何とか状況の把握をしようとするが、何がどうなっているのかを理解することはできなかった。
まずは状況把握をしなければならないと、索敵の魔術を使って周囲の状況を把握しようとした瞬間、頭部が掴まれ、全身に強烈な違和感をもたらされた。
不快感といってもいいそれは、喉の奥から胃液を強引に排出させようとしているかのように強い吐き気をもたらした。
加えて頭痛、眩暈、手足のしびれ、節々の痛みなど、一斉に襲い掛かった不調に困惑し集中を乱し魔術は思うように発動しなかった。
だが頭を掴まれたことで理解できたことが一つある。この場に、おそらくこの部屋には誰かがいる。そして意図的にこの場所に拘束されているのだということを理解したところで、なぜ自分がこのようなことになっているのか、その原因となる記憶を思い出す。
戦闘時の記憶、蜂をモチーフにした仮面をつけ、輝く魔術師を相手にした記憶。そして自分が敗北したのだろうということを理解し、自分がどのようになったのかを悟ると同時に何とかこの場から脱出できないかと考えていた。
だが次の瞬間、その体に強い電撃が走る。思考すらも許されないとでもいうかのように、強い電撃によって体が痙攣しようとするが、そのたびに拘束具が体に食い込み全身に痛みを伝え続けた。
眼球の奥から光が放たれているかのように視界が明滅する中、目の前に誰かが立っていることに気付く。
一体だれか。
顔を動かすこともできないために、眼球を動かす事しかできないため全容を見ることはできなかった。
だが確かにそこにいる人物、いったいこれから何が起きるのか、それがわからないほど察しは悪くなかった。
何とかこの場から脱出しなければならない。攻撃をする隙が少しでもあればと考えた瞬間、目の前の人物は大きな釘を取り出すと、身をかがめて拘束されている男の足にそれを突き刺した。
打ち付けたといったほうが正しいだろう。足を貫通し、床部分に至るその釘が完全に足を固定させる中、自身の苦悶の声が聞こえる。
そしてこの段階で自分の口がほとんど拘束されていないことに気付く。
「なにが・・・目的だ・・・!なぜこんなことをする!」
必死に出したその言葉に、目の前の人物は反応した。
そしてその人物の顔が眼前に迫る。
その仮面を知っていた。蜂をモチーフにした仮面。先ほど戦っていた魔術師のものだった。
「お前の口からききたいことがある。俺はそれを聞くまで、同じことを続ける。正解が出るまで、せいぜい喚け」
抑揚のない声だった。無機質な声だった。
言語が違うというのにその言葉の意味を理解できたのは、いったいなぜだろうかと考える余地すらもなく、それが見えてしまう。
取り出されたのは、どこの家にもありそうな裁縫セットだった。縫い針と留め針などが大量にあるそれを見て、何をしようとしているのかを察してしまった魔術師は小さく待ってくれと何度もつぶやく。
「違う、それは俺の聞きたい言葉じゃない」
その言葉と同時に、持っていた針が男の爪と指の肉の間に突き刺される。
強烈な痛みに、悲鳴が部屋の中に響く。痛みに反応して体が動こうとするが、拘束具によって動きを止められている状態では全く意味をなさなかった。
「待て!話す!話すから!」
「違う、それは俺の聞きたい言葉じゃない」
こちらの反応などまったく関係ないとでもいうかのように、再び針が爪と肉の間をゆっくりと通っていく。
あまりの痛みに悲鳴を上げることを止められなかった。
痛みの中で相手が望む言葉を探そうと少しでも思考する。まず間違いなく相手が求めているのは情報だろう。
協会が求めている情報を伝えればおそらくこの手は止まるだろうと、指に走る強い痛みとそれと同時に感じる熱に耐えながら、男は話し出す。
組織の構成、自分の立ち位置、組織の目的、他の構成員、協会にいるスパイ等、今まで協会が求めてやまなかった情報を一つ一つ話していく。
だが、その情報一つ一つに、この言葉が返ってくる。
「違う、それは俺の聞きたい言葉じゃない」
この情報ではないのかと、この言葉が紡がれて針が突き刺されると同時に別の情報を話す。
「違う、それは俺の聞きたい言葉じゃない」
次の情報も、そのまた次の情報も、どのような情報を話しても、紡がれる言葉はこれだけだった。
「違う、それは俺の聞きたい言葉じゃない」
悲鳴を上げ、何とか助かろうと情報を吐き続ける魔術師に対して、その言葉は紡がれ続けた。




