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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
三十話「神の怒りは、人の恨みは」

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希望と絶望はすぐに

「師匠、そういえば師匠は今回の作戦に参加されますか?」


文は奥の方でいつも通り仕事をしていた春奈に話しかける。春奈も決して今回の作戦に無関係とは言えない。


特に春奈はあの現場にいたのだ。何も思わないはずがないのである。

幸彦との付き合いは小百合と同じ程度には長いのだ。幸彦の死に春奈が何も感じていないはずがない。


「・・・確かあのバカも行くんだったか?」


「はい、私たちとは別行動で別の場所を攻略してもらうつもりです」


文たちがロシアに行く間、小百合には中国に行ってもらう。同時に二カ所を攻略するという形になるだろう。


「全部で四カ所だったな?」


「はい、私たちがロシア、小百合さんは中国。残りはアフリカと南アメリカです」


この時点で文はすでに春奈が何と答えるかはわかっていた。だが、だからこそ聞かなければならなかった。


「師匠はどちらに向かいますか?」


「・・・私が行くということが決まっているような言い草だな」


「すいません、師匠ならそうするかと」


自分の弟子に自分の考えを読まれるということが嬉しいのか悔しいのか、春奈は苦笑する。

そして一瞬視線を逸らし、小さくため息をついた。


「あいつは、なぜ今回の作戦に参加すると?」


「・・・体が鈍っているから・・・と」


「・・・あいつらしいといえばあいつらしいか・・・そうか・・・そうだな・・・その通りだ。知らず知らずのうちに私も鈍ったか」


春奈の言葉の意味を文は理解した。そしてどのように動くのかも。


「私は南アメリカの方に行こう。そのほうが戦力は分散できる」


「小百合さんとは一緒に行動しないんですか?」


「私とあいつが一緒に行動すると地形ごと変えてしまいかねない。それは避けたほうがいいだろう。何より一か所に過剰に戦力を集めるのは良くない。ついでに言うと、私はあいつと一緒に行動したくない」


いくつもの理由があるが、一番最後のものが本音なのではないかと文は考えていた。


小百合と春奈は仲が悪い。昔からずっと一緒にいたのになぜこうも仲が悪くなるのか不思議なくらいである。


いや、昔から一緒にいたからこそ嫌いになったのかも知れない。


「わかりました、支部長にはそのように伝えます。戦力は多いに越したことはありませんから」


「・・・そうだな・・・ところで・・・奏さんは何か言っていたか?」


おそらく、身近な存在の中で最も幸彦との付き合いが長かった奏の話題に触れたことで、文は少しだけ目を細めた。


「少なくとも・・・何も。この間康太が会いに行ったらしいんですけど、その時も普通にしていたようです」


「・・・やはりあの人は私たちよりは数段大人ということか・・・私は彼女ほど冷静に受け止められる気がしない」


康太と文は、幸彦の死に強く動揺し、大きく傷ついた。


小百合と春奈は幸彦の死に動揺こそしたものの、表層的には平静を保つことはできたが、内心は煮えたぎるものを押さえられずにいる。


奏は、幸彦の死に対しまるで何も感じていないかのように振る舞っている。実際がどうなのかは本人しかわからないことだが、少なくとも春奈から見ても、奏の対応や反応は大人のそれに見えたのだ。


「私たちからすれば、師匠たちも十分大人ですよ」


「そういってくれるのはいいがな・・・私たちもあの人たちからすればまだまだ子供の部類だ。あの人はいつまで経っても、私のことをるーちゃんなどと呼んで、あいつのことをさーちゃんなどと呼んだだろう?」


小百合と春奈のことを、幸彦はいつまでもかわいがった。当然小百合はそれを嫌がり、春奈もこそばゆかったが、嫌いではなかった。


いつまでも子ども扱いされるというのは、複雑な気分ではあったが、春奈は嫌いではなかったのだ。


「私が子供のころから、あの人は大人に見えて、今こうして、私が大人と呼ばれる歳になってもまだ、大人に見える。いつまでも追いつける気がしないのは、私がまだまだ未熟だからなのだろうな」


そういいながら春奈は目を細めてゆっくりと息を吐く。


頭の中では幸彦との思い出が巡っているのだろう。子供のころから大人になるまでの間、幸彦とかかわった回数は数えられないほどになる。


それほどの人を亡くして、何も思わないはずがないのだ。


そして、だからこそ不安なこともある。


「あいつはたぶん、中国で派手に暴れるだろう」


「・・・そうでしょうね」


「あいつがそのあたりのことを予想できないはずはない。おそらく中国支部に主力を送り込む可能性が高い」


「小百合さんに仕事をさせないため、ですか」


支部長が考えそうなことでもある。小百合を行動させるよりも早く攻略を済ませてしまえば確かに被害は最小限に抑えられる。


問題は小百合に匹敵する戦力がいないということだ。質を求められないのであれば量をそろえるしかない。


「私やお前たちが行くところには、おそらく他支部の人間を主軸にした作戦になるだろう。そのあたりを考慮して行動しなさい」


「・・・わかりました。覚えておきます」


小百合を行動させるということがどのような意味を持つのか、春奈はよく理解して先を読んでいる。

支部長の考えを予想しての判断に、文は素直に従うことにした。


















「そうか・・・エアリスも参加してくれるんだね・・・これでクラリスを止める手が増えるよ、助かったぁ・・・」


春奈が参戦するという事実を、文はさっそく支部長に伝えていた。


支部長は小百合と春奈が一緒に行動してくれれば多少は楽になると考えているのだろう。だが実際は別行動をしてしまう。


勘違いが深まるよりも先に早めに報告したほうがいいなと事実を口にした。


「師匠はクラリスさんとは別行動するとのことです。南アメリカの方に行きたいようなことを言っていました」


「・・・えぇ・・・そん・・・あの・・・えぇぇえ・・・?」


希望の光が見えたかと思った瞬間に叩き込まれた絶望の事実に、支部長は顔を突っ伏して机を力なく叩く。


そんなにショックだったのかと、文は少しだけ申し訳なくなってしまう。


「すいません、師匠は可能な限りクラリスさんと一緒に行動したくないらしくて」


「そんなのさぁ、昔からそうじゃないのさ。いつも二人一緒にいると喧嘩して暴れて、そうやって何度となくいろいろと解決してきたじゃないのさ・・・!なんで今回に限って一緒に行動してくれないのさぁ・・・!」


「それは・・・二人の仲が悪いからとしか・・・」


昔から二人は一緒に行動していた。師匠同士が仲が良かったということもあり、一緒に修業し一緒に行動し、一緒に活動してきた。


その結果仲が悪くなったのかどうかはさておき、今回に限ってはストッパーとしての春奈の力量に期待していたのか、支部長の落胆っぷりは今までの比ではない。


「あのね、クラリスが単独行動してまともな結果をもたらしたことってないんだよ。君達弟子クラスが一緒にいてようやく被害が少なくなる。彼女の兄弟子がいればさらに被害は減って、彼女の師匠がいれば・・・被害がゼロか倍かのギャンブルになる」


「・・・クラリスさんの師匠ですか」


「そう、もう引退してしまったから無理に呼ぶことはできないけどね・・・あの人はすごかったよ。本部で活動してた時が一番すごかったんじゃないかな?僕も話でしか聞かないけど、破壊壊滅殲滅撲滅何でもやったって聞いてるよ」


「全部物々しいんですけど。確かサリーさんと一緒に本部に出向に行ってたんでしたっけ?」


「そう。あの頃は本部もいろいろバタバタしててね。勢力争いって言っちゃ良くないけど、各幹部クラスの中で結構バチバチやってたんだよ」


本部にいる幹部クラスの人間の覇権争いとでもいえばいいだろうか、組織である以上ある程度のいさかいがあるのは仕方がないが、一時期本部ではそういった動きが活発になったことがあるらしい。


その時にちょうど本部に行っていたのが小百合の師匠の智代と兄弟子の奏だったのだとか。当然本部でもいろいろとやらかしていたらしい。それが良い意味なのかは分からないが。


「本部だといろいろとすごそうですね・・・そういえばうちの支部はそういう権力争いとかがあんまりないように思えますけど・・・」


「なんでだと思う?みんなそういう役職をやりたがらないんだよ!役職を奪い合うんじゃなくて役職を押し付けあうのさ!どっかの誰かさんのおかげでね!おかげで万年人手不足だよ!」


どっかの誰かさん。それが誰のことを指しているのか文は即座に理解してしまった。


支部の中での役職を背負うということは、その分支部の管轄内で起こった面倒ごとを片づける役職に就くことになる。


人事、物資、専属魔術師の統括、どのような役職に就くにしろ、面倒ごとが付きまとうのであれば必然的にその魔術師とかかわることになる。


そう、面倒ごとの中心人物。問題発生器といっても過言ではない最悪の魔術師デブリス・クラリスと。


「そういえばその・・・うちの支部って副支部長とかいないんですか?」


「副支部長?あぁ、いたら僕の仕事も楽になるんだけどね・・・ハハハハハハハハ!」


乾いた笑いに加え、もはや同情するしかない支部長の姿に文はため息をついてしまう。この状態のままではいずれ支部長が潰れてしまうなと、文はいくつか思案を重ねる。


「支部長、今回の件が片付いたら、私とビー、トゥトゥの三人で支部長の補助をしましょうか?」


「・・・えっ!!?」


「いえ、今回の組織の一件は私たちも無関係ではないですし、これが片付けばひとまず私たちの魔術師としての活動も一つの目標をなくすことになります。トゥトゥも精霊術師のまとめ役として動くので、私たちが支部長の補佐をすれば、多少動きやすくなるのかなと」


まだビーにも相談してないことですけどといいながら、文はこの件が片付いた後の康太のことを考えていた。


康太はおそらく今回の敵組織を壊滅させるまで活動をし続けるだろう。だがそれが終わった後はどうするのか。


康太は魔術師としての明確な目的を持たない。小百合のもとで慢性的に修業を行っているが、修業をするうえでの明確な目標を持っていない。


とりあえず小百合より強くなることが目標なのだろうが、それが何年後になるのかはわかったものではない。


「操りにくい暴れん坊要員としてビーを、御しやすい要員として私をそばにおいておけば、仮に支部長が立場的に通しにくい案件でも比較的容易に可能になると思ったんです」


それはこの間康太がやった精霊術師への記憶の読み取りなどがあげられる。康太は支部長にも御しきれない。そういう印象をあの場で与えたことで支部長の立場的に叶えることのできないような案件でも、康太が勝手にやったことということにすればかなえやすくなる。


幸いにして康太は自分の悪評が増えることに関してあまり頓着がない。とはいえあまりやりすぎるのも問題だが。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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