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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十九話「その手を伸ばす、奥底へと」

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願わくば

康太の手によって強制的に意識を覚醒させられた魔術師は、強制的に開かれ続ける目に違和感を覚えながら今の状況を把握しようと眼球を動かした。


首の向きを変えることもできない、手も足も、指さえも動かすことができず、瞬きすらできない状況にされていた。


眼球が乾燥してくる、そして目の前にいる魔術師の仮面が目に入る。


オレンジ色の仮面だ。蜂をモチーフにしたと思われるその仮面はまっすぐにこちらを見ていた。


まるで捕食するための餌を観察しているかのようだった。魔術師は根本的な、根源的な恐怖を抱く。


死に対する恐怖。そして、これからいったい何をされるのかを、魔術師はこの部屋の光景と、この部屋の中に用意された道具を見て理解してしまった。


魔術を発動して逃げなければ。


そう考え体の中の魔力を活性化させ集中しようとした瞬間、自分の額に誰かの手が添えられる。

いったい誰が。それを考えるよりも先に魔術師の体に強力な電撃が流し込まれる。


体が痙攣する。だが全身を拘束されているせいで満足に痙攣することもできない。拘束されていない部分が前後に、上下に動こうとする。そして体を拘束しているベルトなどがそれを阻止しようと食い込むほどの勢いで締め付けられていく。


痛みと全身に走る痙攣のせいで、魔術師は集中することができなくされてしまっていた。


逃がさないつもりだと、魔術師は悟った。この場にいるのはおそらく拷問のプロ。魔術を発動するほどの余裕を与えてはくれないだろうと。


恐怖に体が震え、奥歯が噛み合わずにカチカチと音を鳴らす。可能ならばこの場から逃げ出したい。これからいったい何をされるのだろうかと、魔術師は想像を巡らせてしまっていた。


部屋のところどころには、おそらく血の跡と思われる赤黒い染みや汚れのようなものが目立つ。


道具の一つ一つは綺麗にされているように見えるが、ぬぐい切れなかったであろう血さびが目についてしまう。


自分がこれから、どのような末路を迎えるのか、どのような結末を迎えるのか、それを想像してしまい、体の震えが止まらなかった。


だがその震えさえも、拘束具によって一部でしかできない。


口が拘束されていないからこそ、歯のかみ合わせができずに乾いた音を鳴らしているのだ。


そしてこの時点でようやく、魔術師は口が拘束されていないという事実に気付く。


せめて、せめて何か情報を得て、あるいは情報を話せば自分は助かるかもしれないという一抹の希望を抱いて口を開こうとする。


自分の言葉が、目の前のものたちに通じると願って。


「ま、待ってくれ・・・な、何が知りたい?」


拷問は本来、情報を得ようとして行うものだ。相手の精神を弱め、必要な情報を得る。そのための手段の一つだと、この魔術師は考えていた。


第一声でこの言葉を出したのは、そういった背景がある。


相手が何を求めているのかを知り、自分が知り得るすべてのことを伝えればよいのではないか、あるいは相手には分からないような嘘をつき、煙に巻いてこの場を乗り切るということまで考えた。


だが目の前の蜂の魔術師は何も言わなかった。こちらの言葉が理解できていないのだろうかとも考えた。

眼前にあるその仮面は、こちらをじっと観察している。仮面を外された状態では自分の素顔は丸見えだ。


何を見ているのか、何を観察しているのか。


何故か瞬きもできないため、眼球が乾燥していき、それを防ぐためなのか、あるいは恐怖によるものか、涙があふれてきていた。


「わた、私が知っていることは教える。だ、だから、助けてほしい」


いったい何を聞かれるのかはわからなかった。どのようなことを知りたいのかもわからなかった。


だがそれでも、少しでも助かる可能性があるなら、少しでも苦痛のない方法があるのであればそうしたい。


そう考えたのは無理のない話だろう。


もちろんこの場所も、目の前にある道具もすべてがブラフであるという可能性もないわけではない。


だが、目の前にいるこの魔術師が、じっとこちらを観察しているこの蜂の魔術師が放つこの威圧感が、そのような甘えた考えを許さなかった。


「一つ、勘違いしていることがある」


その声は男のものだった。熱を帯びていないその声に、魔術師の背筋がわずかに凍り付く。


こちらを何とも思っていないような声だった。無機質で、機械的な声だった。


「俺がやることは変わらない。お前が喋るのは好きにしろ。興味があることであるならまだしも、興味がないことであれば、俺がやることは変わらない」


それは暗に、興味があることを喋れば拷問を止めてやるという意志表示だった。


魔術師は自らの運命にわずかな光明が差したと思い込んだだろう。


だが実際は違う。


手を止めるつもりなど毛頭なかった。


情報を吐きだした際、記録する係として協会の魔術師の一人が部屋の隅に待機している。そのため、別に情報に耳を傾ける必要などなかったのだ。


この魔術師は根本から誤解している。拷問とは、情報を得るためだけの手段ではなく、報復という意味の行動も含まれるのだ。


康太の内心は、この男が何も話してくれないことを望んでいる。生贄として、人柱として、さらし者にするために。


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