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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
二十九話「その手を伸ばす、奥底へと」

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体の中をめぐるもの

「この辺りの血管の位置は人によって微妙に位置が異なります。そこは索敵で補ってください」


「はい」


「集中してください。血管の位置を間違えると少々面倒なことになります。手で触り、索敵で見て、ゆっくりとで構いませんから自分の体の中にある血管を把握するんです。針を通せる程度に太い血管が見つかるはずです」


ここでは細かい血管を見る必要はない。注射用の針を通せるだけの太さがある血管を見つければいいのだ。


必然的に注射針よりは太い血管ということになる。


康太は自分の腕を触りながら、その場所を探していた。触覚と索敵を併用することで、康太は真理の想定よりもずっと早くそれを見つけていた。


「あった・・・これですね」


「では、それに向けて針を刺してみましょう。狙いを定めてください。そしてゆっくりと肌と肉を突き、血管を貫くのです。この時大事なのは、血管を貫通してはいけないということです。手に残る感触などと合わせてそれを感じ取ってください。索敵も切らさないように」


「わかりました・・・!」


場所を把握できても、それめがけて針を突き刺すというのはなかなか難しい。特に大きなものではなく小さなものに狙いを定めるというのは難しい。


康太は知らず知らずのうちに指先が震えていることに気が付いていた。


「おや、康太君も注射は嫌いですか?」


「いえ、プラモ以上に細かい作業なので手が震えるだけです。何より自分に針を刺すなんて初めてなので・・・!」


「まぁ自分をナイフで切るのとはわけが違いますからね。ただ痛いのとは違って精密さも求められますから」


誰かに注射をしてもらうのとは違う。自分で自分に注射をするなどと康太は今までやったことがないのだ。


だが人によっては日常的に自分で注射をしている人もいるのだから、康太にできないはずはないと、注射針を持ちながら康太は意識を研ぎ澄ませる。


要は慣れの問題だ。自分自身の血管に針を刺したことがないからこそ、このように手間取ってしまうのだ。


康太は意を決して針を自分の腕に突き刺す。


肌を、肉を、そして血管を貫いていく中、康太は自分の腕に走る痛みを冷静に判断しながら索敵によって自分の体のどのあたりに針が刺さっているのか、そして針によって体内の血液がどのような流れをしているのかを確認していた。


幸いにして康太は一回目できちんと針を狙った血管に刺すことができた。当然注射針からは血があふれてくる。


そんな中、真理が康太の注射針に魔術をかけ、血があふれ出てくるのを止めた。


「一回目にしてはお上手ですよ。あとはこれを何回もやって、うまく針を刺せるようにしましょう」


「一回だけじゃうまくいったとは言えないですね・・・っていうか毎回血が出てくるのはちょっと・・・」


「ですが、最初から針の穴をふさいだ状態では血管内に空気が入ってしまう可能性もあります。本来であれば中が空洞ではない、ただの針などで練習するべきでしょうが・・・目的を考えると通常の針では正しい練習にはならないでしょうし・・・」


いちいち練習で失血していては、何度も同じことをすることはできない。康太は身体能力強化の魔術をかけながら針を抜くと自分の腕を強く圧迫し、止血していた。


小さな傷であるために、強化の魔術と併用することで、一分とかからずに康太の腕の傷はふさがっていた。


とはいえ少量ながら血を失うという訓練はなるべくしたくない。康太は頭を悩ませていた。


「姉さん、うまいこと何度も練習できないもんですかね?いちいち出血と止血を繰り返してたら効率悪いですよ」


「ふむ・・・とはいえ私もこのようにやりましたし・・・あとは・・・あぁ、自分の血の流れをコントロールできれば」


「俺にそんな繊細な魔術は扱えないです。っていうか俺水属性の魔術は扱えないですよ」


康太はまだ水属性の魔術は一切扱えない。適性もほとんどないうえに今は風と火の魔術を覚え、今雷の魔術の練習をしている真っ最中だ。


体から電撃が出せるようになった今、術式を一つでも覚えておけば効率的になるだろうと学習しているが、いまいちうまくいっていない。


そんな状況で新しい属性の魔術が覚えられるとは思えなかった。


「あとはそうですね・・・誰か適当な敵を使って訓練するとかもいいかもしれませんが・・・そういう人は今はいないですよね?」


「残念ながら。いくらでも傷つけていいんだったらそれこそいくらでも失敗するんですけど・・・」


「ちょうどよくそういった人物がいないのは少々タイミングが悪かったですね・・・誰か都合の良い人がいればよいのですが」


さりげなく恐ろしい会話をしている兄弟弟子に、遠目でその会話を聞いているアリスは眉間にしわを寄せてしまっていた。


まともなふりをしながらどちらも頭のネジがどこか外れている。この店の中でまともなのは自分だけかと、まともではない人物筆頭のアリスは考えていた。


「そういえば姉さん、他人から血を吸い取るとき、血管じゃなくても普通に血は出ますよね?少量ならどこでもいいんですか?」


ナイフで傷つけても、肉をちぎっても血は出る。単純に毛細血管などから血が出ているわけだが、真理としてはそういった方法はあまりしたくないのか、難しい顔をしている。


「そういった手段を用いても構いません。ですが当然そういった手段を使えば不純物も一緒に巻き込むことになります」


「不純物・・・ですか」


「はい。傷を作るということは血を滴らせるということです。滴らせるということは肌や空気などと接触する時間が長いということでもあります。ご存知と思いますが人間の肌にはかなりの数の細菌の類がいますので、実験として用いる場合などはなるべくそういったものを排除したほうが良いかと」


「なるほど・・・もしやる場合は一度肌を焼いておいたほうがいいってことですかね」


「熱殺菌もできなくはないでしょうがお勧めはしません。身内にやるべきことでもありませんから」


真理の助言はもっともなものだった。無論針を使っても多少なりとも細菌や微生物の類が血の中に混じることはあるだろう。


だがそれらを可能な限り少なくすることで、実験そのものの精度も上げることができるのだ。


「ですが状況によっては逆にそういったものを含んだ実験をするというのもありです。そのあたりは文さんに確認してみるとよいでしょう」


「了解です。あとは何度も何度も試すしかないですね・・・血を止める時間がなぁ・・・」


康太が自分の腕に針を刺す練習をしていると、訓練を終えたのか神加が康太たちのもとに駆け寄ってくる。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、何してるの?」


「神加さん、今お注射の練習をしているんですよ」


「お注射?」


神加はまだ注射というものを知らないのか、それとも覚えていないだけか、康太の手の中にある針を見てもピンときていないようだった。


この歳の子供なら予防接種などを受ける関係で注射を受けていても不思議はないはずだが、神加の記憶に残っていないだけなのだろうと康太と真理は話を先に進めることにする。


「血がちょっとほしくてな。みんなに血を分けてもらうにしてもなるべく怪我をさせないようにしたいんだ」


「・・・痛くないの?」


「痛いけど、俺はもう痛いのには慣れちゃったからなぁ・・・」


小百合との訓練のせいなのか、康太は痛みに対して多少なりとも耐性を有していた。いや耐性というよりは我慢ができるようになったというだけの話だ。


「そうだ、今私がお手本をお見せしましょう。そのほうが康太君もわかりやすいでしょうし」


「お手本って・・・神加相手にですか?」


「はい。神加さん、唐突で申し訳ありませんが注射をしてもよろしいですか?」


「・・・痛くしない?」


「はい、大丈夫ですよ」


注射なのだから痛くしないというのは難しいのではないかと康太は考えながらも、真理は全く嘘を言っているようには見えなかった。


真理はアルコールで神加の腕を消毒し、神加の腕の一部に魔術をかける。そして注射針の一本を取り出すと、注射器に取り付ける。


採血用の注射なのか、中には奇妙な筒のようなものが入っていた。


「康太君、よく見ていてくださいね。索敵を怠らずに」


「はい、見てます」


真理が神加の腕を触り、その状態を確認すると素早く針を神加の腕に向け、突き刺す。


だが神加は全く痛みを感じていないようだった。痛そうな顔もしないし、痛いと泣きもしない。


針が神加の静脈に届くと、注射針の中を通って神加の血が注射の筒の中に入っていく。


素早かった。腕をつかんで状態を確認し、血管の位置がわかってからその場所に針を刺すまで五秒と経っていない。


そして真理はゆっくりと腕から針を引き抜くと針を刺した部分を強く抑えながら神加の腕に治癒を施していく。


「はい、これで終わりです。どうですか神加さん、痛かったですか?」


「ううん、痛くなかった」


「それは良かった。ちゃんと感覚を麻痺させられていたようですね」


どうやら真理は神加の腕の一部、注射を刺す部分の神経を麻痺させ、痛覚を感じないようにしていたようだった。


その辺りの気遣いはさすがというべきか、あの一瞬でそれだけのことをやりきったことを称賛するべきか。


どちらにせよ今の康太にはできないことばかりだ。


「この血は冷蔵庫の中に保管しておきましょうか。後で文さんに渡しておいてください。神加さん、一分くらいこうやって押さえておいてくれますか?」


「はい。これが私の中に入ってたの?」


「そうですよ。この血が、神加さんの全身をめぐっているんです」


血が流れている。大人ならば普通に感じられることだが、子供にとってこのような赤黒いものが体の中をめぐっているというのはイメージできないのだろうか。


容器の中に入った自分の血を眺めながら神加は不思議そうな表情をしていた。


日曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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