あったかもしれない世界の分岐点
「お、あったぞ。たぶんこれだろうな」
「どれどれ?随分分厚いな」
「規模が規模なら概要でもこのようなものではないのか?ええと発生場所は・・・ふむ、ドイツか・・・いろいろと不安定だった時期かの?」
「当時の状況には詳しくないからそのあたりは省略してくれ。何が起きたんだ?」
康太は日本史も世界史もそこまで詳しいというわけではない。学校の教育などである程度習ってはいるが、年代を言われてどのような状況だったのかなどわかるはずもないのだ。
アリスもそのあたりに深く突っ込むつもりはないのか、概要を説明し始めていた。
「魔術協会の内部派閥闘争のようなものだな。魔術協会の中で三つの派閥に分かれて大きく争ったようだ。本部長や副本部長、所謂協会の中心人物を擁する協会派閥と各幹部を擁する幹部派閥、そして本部や支部を含めた一般の魔術師たちによって構成された烏合の衆派閥といったところか」
「なんか一つだけすごく残念な感じがするんだけど、大丈夫なのかこれ」
それぞれの派閥で随分と格差が広がっているような気がして康太はこの闘争がいったいどのような結果をもたらしたのか想像もできなかった。
本部長と副本部長などが争ったのであればまだ納得できるのだが、本部長や副本部長は手を取り、それぞれの幹部は結託、そしてその他の魔術師たちで構成された三すくみの構成。
確かに大規模だとは思うが完全に内部の仲間割れのようなものだ。
反乱や事件とはいいがたいのではないかと康太は首をかしげてしまう。
「そもそもなんでこんなことが起きてるんだ?理由は?」
「うむ、背景として工業や事業の発展が原因らしいな。単純に、魔術師としての在り方について争ったようだ。道具や材料などを一般人などに作らせるということを考えたようだの」
「・・・それってダメだろ?一般人に魔術関係の道具を作らせるなんて」
「もちろんそうだ。当然協会派閥は反対しただろう。各幹部を擁する派閥は一部ならばよいのではないかという意見、一般の魔術師たちは良いのではないかという意見でまとまっていたようだ」
「・・・内輪もめじゃなくて事件で資料が作られてるってことは、誰か焚きつけた人間がいるってことか?」
康太の言葉にアリスは一瞬目を丸くしてから仮面の下で笑みを作る。まさか康太が正解をいい当てるとは思わなかったのである。
「その通りだ。焚きつけたのはドイツの中にある協会に所属していない魔術師組織のようだな。一般の魔術師に対する扇動と、一部幹部連に対するアピール・・・どちらも意図的に作り出されたものよの」
「それをやろうとした理由は?」
「当時の協会はすでに世界的にも魔術師の組織としては最大のものだった。当然人も多く、多くの価値観が含まれるものだった。さらに言えば当時は工業もかなり盛んになり、その分争いも増えていた時代・・・工業や争いに魔術を巻き込むそのきっかけを作ろうとしたのだよ」
「・・・魔術を一般に引き入れる作戦だったってことか」
魔術は一般人に知られてはいけない。これは単純に魔術が危険なものであるが故だ。
銃などの武器は規制すれば入手することを難しくすることはできる。金属探知や持ち物検査などをすればそれらを探し出すことも可能だ。
だが魔術に関しては探し出すというのが非常に困難だ。索敵を用いてもその人物が魔力を有している程度の情報しか得られない。
多くの人間が魔術を知ることはそれだけ世間への危険を増やすことになりかねない。だからこそ自粛しているというのが理由の一つ。
そしてもう一つは一般人そのものを守るためである。
魔術の訓練は命がけだ。康太も一歩間違えば死ぬこともあったであろう訓練を行ってきた。そしてそれは小百合という師匠のせいでもあるのだが、一般人が魔術の存在を知り、指導者もなく勝手に魔術の訓練をすれば死ぬ可能性は増大する。
現代において情報の流通速度はかなり早くなっている。そんな中得られない情報などない、そんな風に考えている人間も多いだろう。
情報の上澄みしか知らない人間が魔術に挑み、むざむざ死んでいくのを防ぐために魔術協会は魔術の存在を隠匿しているのだ。
だがこの組織は工業の観点から魔術の存在を徐々に一般人へと広めていくことを画策したのだ。
魔術師が使う道具、薬品などを一般の企業などに作らせ、各所にその情報を少しずつ広めていき魔術の存在を世界的に『常識』にする。
ただそれだけかと思われるかもしれないが、これが成功していれば世界の常識がひっくり返っていたかもしれないほどの凶悪な事件だ。
これほどの事件が過去起きていたのかと康太はわずかに戦慄する。
「結果は・・・まぁ言うまでもないか」
「うむ、協会派閥の勝利で終わったな。だがこの余波はドイツだけにはとどまらなかったようだ。各支部、各国で同様の組織が動き出し、結果的には世界的にこの動きが広まった。もちろんそれらは各支部の長たちの協力もあって鎮圧されたが」
「確かに道具とかを今の科学力で一気に作れたら楽だなって思うけどな・・・俺の装備とかももっと良くなるかもしれないし」
「基本的にそういうものは魔術師が直接作るからこそ役立つものなのだ。一般人に作らせても結局役に立たないということはままあること・・・とはいえ気持ちはわからないでもない。この組織は上手くやったほうだ。内部をたきつけるということで協会の機能を著しく減退させた」
協会の恐ろしさはその構成人数と組織力だ。逆に言えばそれを弱くしてしまえばかなり有利に話を進めることができる。
今回の事件も似たようなものかもしれないなと協会の中にいる内通者の存在を意識しながら康太は資料を読み上げるアリスの言葉に耳を傾けていた。




