過程の皮肉
「どんな術式が使われたかはわかってるんですか?」
「拠点にいた魔術師が知っていたよ。というか発動者本人だった。今情報を収集しているところさ。口封じされないようにかなり厳重にね・・・他にもいろいろ情報があったから、今それを洗い出しているところさ」
拠点を攻略するにあたって手に入れた情報の中に、かなり重要なものがあった。話をするならそれだけだ。
だが支部長の視線がアリスの方に向かった段階で、康太はまだ話が終わっていない、終われないということに気付いて小さく息をつく。
「アリス、この石がどういう状況なのかわかるか?」
本来ならば支部長が口にするべき言葉を、康太はあえて自分で口にした。支部長の立場を使えばアリスに命令をすることだってできただろうが、あくまで康太が自分で知りたいという状況を作ったことで、アリスに対して支部長が干渉したという事実をなくそうとしたのである。
実際康太もこの石の状態が知りたかった。なぜこのような状況になっているのか。そもそもこれはいったい何なのか。
「・・・私も同じような状況になったものを何度かしか見たことがないから確実なことは言えんが、おそらく存在としての位相がずれているな」
「位相がずれる・・・?」
「先ほど、ビーがナイフをもってこの石に触れようとしたが触れることはできなかった。だというのにこうして机の上に置くことはできている。つまり何者かの意思によって生じる物理的な干渉ができない状態になっている」
「・・・???」
アリスがなるべく丁寧に教えようとしているが、康太はアリスが何を話しているのか全く理解できていないようだった。
そもそもだからなんだという話なのだが、この話こそ康太が知りたかったこの石の状況に他ならないのである。
何と説明しがいのない奴だとアリスはあきれながら、わずかにため息をついた後説明の切り口を変えることにした。
「要するにこの石は何者かの手によって存在そのものが書き換えられた、あるいは変質させられたということだ。今のところそこまで大きな変化ではない。物体としての性質、そして重量も持ち合わせている。概念化もしていないし、ただ意思による物理的干渉ができなくなっているだけだ。一般人に対しては脅威かもしれんが、我々魔術師に対しては何の脅威でもない」
「・・・つまり、この石はどうなったんだ?書き換え・・・変質っていうと形を変えるとかじゃなくて・・・その・・・根本を変えられたってことか?」
「ビーにしては的を射た発言だ。そう、形や見た目ではなく、その物体そのもの、存在そのものを書き換えたというべきだろう。こんなに危なっかしい魔術を使う輩がまだいたとは思わんかったが」
「失礼、アリシア・メリノス、つまりこの術式は昔誰かが使ったことがあるということかい?」
話を聞くことに徹していた支部長がつい口を挟む。アリスの話を聞く限り、誰かが以前これに似た現象を起こそうとしたということになる。
一応日本支部の長としてはこの情報は知っておきたいものだった。
「もう二百年以上前の話だ。永遠の命を求めたものがいてな・・・自らの肉体を変質させ、物理的・・・物体的な生物から現象的、概念的な生物に変わろうとした大バカ者がいた。そいつが使った魔術に似ている、ただそれだけのことよ」
「それって・・・精霊とかそういうのになろうとしたってこと?」
「まぁそういうことだ・・・結局そいつがどのような結果になったのかは私にもわからん・・・あれ以降一度も姿を見かけんかったしな」
永遠の命。アリスの使っているそれがそれに近いかもしれないが、実際は永遠などではない。
人間としての肉体を捨てなければ永遠の命はありえないと考えた魔術師が、肉体そのものを変質させる魔術を使おうとした。
そしてその魔術によって、どのような結果をもたらしたのかは知らないが、アリスの目の前からは消えた。
存在そのものが消失したのか、それとも本当に概念的な生物へと変貌を遂げ、違う存在へとなったのか。
それはアリスにもわからないことだった。
「不完全ではあるし不安定ではある。何よりまだ我々のような存在が魔術という手段を使えば干渉できることから位相のずれもそこまで大きくはないようだ。術式としては今だ未完成、おそらく試行段階といったところか」
「・・・完成したらどのようなことになるのか、予想できるかい?」
「・・・さぁな・・・どの方向を目指すのかにもよる。成長を始めた少年の未来がわからないように、この術式もまだ分岐点が多々あるように思う・・・こればかりは完成品を見てみないことにはな」
ありとあらゆる技術において、特定の通過点というのはいくつか存在する。技術の節目とでもいうべきだろうか、ある一定の技術はある一定の法則の上に成り立つ。
その中でもこの石を作り出した術式の未来、完成形はアリスでもまだ確実なことを言うことはできないようだった。
無理もない、選択肢が多すぎるものを前に確実にこうなるということはできないのだ。アリスがあえて少年の未来を例えにしたのはそういうことなのだろう。
どのようなものにもなれるし、どのようなものにすることもできる。アリスなりの皮肉なのだろうかと康太は受け取っていた。




