支部長は慌てない
「というわけで支部長、お疲れさまでした。こいつは連れて行きますね」
「うぉっと随分と急だね・・・正直彼女にはもう少しいてほしいんだけども・・・現地の人たちの言葉が急にわからなくなるのはちょっと・・・」
「そのあたりは魔術で何とかしてください。こいつはそろそろお疲れのようです。これ以上の活動は事務所NGです。うちのアイドルを過労死させるわけにはいきませんから」
「私はいつからアイドルになった。過労死という意味では確かに嫌だがな」
支部長としてはアリスを連れていかれるのは正直嬉しくないようだったが、このままアリスを放置して機嫌をこれ以上損ねられるのは得策ではない。多少申し訳なさは残ってしまうが、ここは自分の身の安全を優先するべきだと康太は考えていた。
「それに、もう後処理くらいでしょう?それなら連携も何も中国支部に丸投げしてしまったほうがましでしょう?」
「まぁその通りなんだけどさ・・・さすがにお礼の一言も言えないっていうのは・・・」
「それこそ後程書面とかで出せばいいんじゃないですか?お偉いさんたちの考えはよくわかりませんけど、ひとまず引き上げます。後々の処理はお任せします」
「・・・なんだか君本当にクラリスに似てきたよね、面倒なことは放置していくところとかまさに」
「・・・って言っても俺がここにいてできることとかありますか?残党がいるなら請け負いますけど・・・いないでしょう?」
「うん、君らが全員倒しちゃったからね」
本当にこの場にまだ敵がいたのであれば康太としても残って戦うこともやぶさかではなかったのだが、実際には敵などいない。もう全員倒してしまったのだ。
そして康太は良くも悪くも戦い以外の能力はあまり高くない。つまりこの場にいてもやることがないのである。
そんな状態ならだらだら残っているよりも早く帰ったほうが個人的にもうれしいところなのである。
「というわけで支部長、お疲れさまでした。俺らは帰りますね」
「もう何を言っても聞かなそうだね・・・はぁ・・・」
「すいません支部長、それでは失礼します」
こういう時にたいてい康太の行動をいさめてくれる文でさえも帰る気満々というのが支部長としてはつらいところだった。
何とか二対一の構図にすれば康太を説得することもできたのかもしれないが、文までも康太寄りとなるともう無理だ。
無駄に戦闘能力があるせいで力づくの行為にも出れない。小百合の弟子らしくなってきたなぁと支部長は面倒くさそうにしながらも少しだけ感慨深かった。
あの時、支部長と康太が初めて出会った時はまだただの一般人程度にしか見えなかった康太だが、今はすっかり風格を身にまとっている。
一年の訓練と実戦が康太に大きな自信と実力を身につけさせているのだろうと支部長は考えていた。
もっとも康太本人からすればそんなものは微塵もないに等しかった。周りに自分よりも強く優れた人間が多いのだから、そんな考えを抱く隙もないというのが正直なところである。
「いいんですか支部長・・・ブライトビーやライリーベルはともかく、アリシア・メリノスの力は貴重ですよ?この場からいなくなったら・・・」
「構わないさ・・・君たちも覚えておくといいよ。彼は普段温厚だし、こちらの指示には従ってくれるけどね・・・あぁいうタイプは一度決めたことは絶対に曲げないんだよ・・・賭けてもいいね」
「随分と自信ありげですね」
「まぁね・・・そんな人間ともう十年以上もかかわってきてるからね・・・いやでもわかるって話だよ・・・」
一体どこの誰の話をしているのか、支部長のそばに控えていた魔術師は一瞬目を丸くするが、知っている人間からすれば支部長が言っているのが小百合その人であることは容易に想像できただろう。
堂々と去っていくその姿と、かつての小百合の姿が重なって見える。本当に似てきたなと思いながら支部長はため息を一つついて頭をかきむしる。
「さて、これから忙しいよ。まだまだやることはたくさんあるんだ・・・彼らが抜けた穴を埋めるくらいはしないと」
「それなら問題ないでしょう。彼らの本領は戦闘で発揮されるものですから、埋め合わせは容易です」
「人員的にもまだ余裕はありますよ。時間も夜明けまではまだまだあります」
穴を埋めるというのはなにも戦力的な意味だけではない。支部長からすれば信頼できる魔術師がいなくなるということでもあるのだ。
指示をする側の人間からすれば、信頼できる人間が一人でもいたほうがありがたいのである。
そういう意味では康太や文が抜けた穴というのは想像以上に大きいものだった。始まりから関わっていたとはいえ、康太は支部長の中でもかなり上位に位置するほどに信頼できる魔術師だ。
仮に何かがあった時、最終手段である小百合に指令を出すよりも前に話を通しておきたい人物でもある。
そんな康太がいなくなったというのは、いわば保険がなくなったようなものだ。万が一の時に対応できる身近な戦力がいないというのは精神衛生上よろしくないものだった。
とはいえ、そんなことを付き従ってくれている魔術師に言うわけにもいかない。支部長は再度ため息をついて自分で動くしかないのだなと歩き出した。
伊達に面倒ごとを起こす魔術師ばかりを見てきたわけではないのだと言わんばかりに、彼は事後処理を進めていった。




