鏡
「とりあえず銃では戦ってやるが・・・あまり期待はするな。これの扱いと違い、あまり慣れてはいない」
小百合はそういいながら自分の腰にぶら下がっている刀に触れる。銃火器の扱いは小百合といえどもあまり慣れていないのだろう。
無論指導を受けたとはいえ、自らが愛用する刀剣の類ほどではない。
苦手意識というほどではないのかもしれないが、今までの彼女のそれと同じように加減ができることを期待してはいけないらしい。
「まぁ銃で戦ってくれるなら後のフォローはほかの魔術師がするでしょう。残弾がなくなるまで撃ちまくればいいんじゃないんですか?」
「適当なことを・・・撃つことと弾をばらまくことは違うぞ・・・まぁいい・・・お前はどうする?」
「俺ですか?とりあえず前に出て格闘戦で相手を捕縛していこうかと。こいつを使えば簡単に相手を弱らせることができますから」
そういって康太は体から黒い瘴気を噴出させる。その様子を見て小百合はため息をつく。何というか染まってきたなこいつもということを考えていそうな雰囲気だった。
「ならついでだ。お前には私の露払いを任せる」
「あぁ・・・またですか」
「まただ。余計な輩が出たら片づけろ」
余計な輩というのが魔術師の存在であることは理解できていた。今のところ中国支部のほうからの報告はないが、協会に所属していない魔術師が存在していても何ら不思議はない。
拠点調査段階では魔術師の存在は確認できていないが、何事もあらかじめの備えというものは必要だ。
「邪魔立てする奴は排除しろと・・・方法は問わずですか?」
「問わん。余計な気はほかの連中が回すだろう」
「出てきますかね?協会の魔術師はとっくに逃げてるんでしょう?」
「絶対とは言えんが・・・少しざわつく」
ざわつく。
これもまた小百合独特の表現だ。小百合の勘といえばそれだけの話なのだが、おそらく小百合はこの戦いの中で魔術師が出てくることを予想しているのだろう。魔術協会が動いて組織一つを潰そうとしていても、仮にも協会の人間が所属していた組織だ。魔術師の存在をほかにも用意していても不思議はない。
魔術の隠匿が聞いてあきれるなと康太は少しため息をついてしまうが、小百合の勘はよく当たる。気を引き締める必要があるなと自らの腰についている槍を意識した。
「わかりました。師匠の露払いは俺が担いましょう・・・その他はお任せしますよ?」
「任せた・・・いっそのこと建物全体をお前のそれで覆って吸い尽くしてからのほうが楽なんだがな」
「加減が難しいんですよ。魔術師相手だったら全力で吸えばいいですけど、一般人相手だとどうしても加減しないと殺しちゃいます」
「そういうものか・・・不便なものだな」
「俺が使えてはいますけど俺の魔術じゃないですからね・・・もうちょっと使えるようになりたいんですけど・・・どうも練習してうまくなるような類じゃないっぽいんですよ」
康太がデビットと出会ってそれなりの時間が過ぎている。何か月もかけてDの慟哭を使っているということもあり、発動方法や瘴気を広げる感覚などはわかってきたのだが、どうも魔力を吸う場合、その量に関してはうまく調整ができないのだ。
一人や二人程度ならば吸う量はある程度調整できるが、かなり広範囲に瘴気を広げ、多数の人間から吸う場合はその調整がほとんどできない。
もっとも、結局康太の体に入ってくる魔力の総量は変化しないため、数を多くすればその分一人から吸える魔力量は少なくなるのだが、個人によって調整ができないのもまた厄介だ。
魔力がない人間から魔力を吸おうとすると、生命力を代わりに吸い上げることになってしまう。
魔力もそうだが生命力も個人差があるため一括で吸い続けていれば当然誰かが死に至る。
無論数十秒間のみ吸い、生命力を枯渇、あるいは減退させた状態にすればあとの魔術師が戦いやすくなるためそれはそれでいいのだが、大量殺人に至る可能性があることを考えると康太としては腰が引けていた。
「なので局所局所でばらまいていく使い方になります。建物全体に散布も可能ですけどあんまり期待しないでください」
「・・・そいつとの付き合い方ももう少し考えたほうがいいと思うがな・・・もうあと少しでそれを体に入れて一年になるだろう?」
「そう・・・ですね・・・もうそんなになりますか」
「もう少しそいつの存在について考えるべきではないか?曲がりなりにもそいつは封印指定だったんだ。気をつけていて損はない」
「・・・まぁ気をつけておきますよ・・・って言っても最近は特に変なこともないですけど・・・小康状態ってやつですかね?」
「数百年単位で暴れまわった魔術が一年おとなしくしていたくらいでは油断はできん・・・まぁお前の体だ、好きにしろ」
全盛期のデビットの魔力の吸収能力は康太の魔力の供給量を上回る。しかもあれだけ大量の人間の魔力を吸い取ってもなお康太の供給量を上回っていたのだ。おそらく一人だけに限ればかなりの量を吸い取ることができるだろう。
それこそ康太なんて目ではないくらいに。
「心配ですか?師匠らしくもない」
「私のような師匠の鏡のような存在を前にして何という口の利き方だ」
「自分の姿を鏡で見てからそういう寝言は言ってください」
傍から見ていれば師匠と弟子の会話とは思えないこのやり取りを、周りの魔術師は若干冷や汗を作りながら確認していた。




